第121話 幸せへと続く道

「では、詳しい話はまたメールで。青野さん、オンライン会議とかできますか。今後は、時間を作っていただくのも大変だと思うので、できればそちらで行う予定にしましょう。メールのほうで、サイトへの入り口と導入方法の説明送りますから」

 編集さんは、楽しそうにそう言ってくれる。


「わかりました。今後ともよろしくお願いします」

 次の打ち合わせの予定は、そのメールで調整することになった。なんだか、急に大人の世界に入り込んだような錯覚を覚える。


 編集さんと別れた後、一条さんにメッセージを送る。

 駅前のアイス屋さんにいるらしい。


 ここから1分くらいの場所。すぐに、たどり着くことができた。


「先輩!!」

 中にいた彼女は、こちらに気づいて手を振ってくれる。

 一度、席に向かって、荷物を置いた。


「俺もアイス食べようかな」


「あれ、打ち合わせで、何か飲んだんじゃないですか?」


「飲んだけど、緊張で味がしなかったから。アイス食べてクールダウンしたいし」

 そういうと彼女はクスクス笑う。一条さんは、オレンジシャーベットとイチゴのアイスを食べていた。


 俺は、王道のバニラとラムレーズンのダブルを頼む。

 一口、食べて、甘さと冷たさで生き返る。


 前の席の一条さんは、楽しそうに笑った。


「先輩、アイス好きなんですね」


「アイス嫌いな人いるの?」


「たしかに」

 何気ない会話なのに、楽しくなってしまう。本当に心地よい空気感。


「ねぇ、先輩、一つ憧れを叶えてもいいですか?」

 少しだけ照れたように笑って甘い声が俺に届いた。


「うん?」


「実はこういうときに、アイスのシェアとかしてみたかったんですよね。それに、私、ラムレーズン食べたことないし。一口もらってもいいですか? 私のオレンジシャーベットと交換しましょう」

 とてもかわいらしい提案で、思わず笑ってしまう。たしかに、深窓の令嬢みたいに育ってきたから、こういう何気ないコミュニケーションに憧れているんだろうな。


「もしかして、子供っぽいとかバカにしてます?」

 少しだけ、ほほを膨らませて、彼女は小悪魔的に笑う。ほとんどの高校生男子が、勘違いしてしまうだろうその仕草に、思わずどきりとしてしまう。いや、警戒心が強い彼女のことだから、こんなスキを見ることができるのは奇跡に近いんだろう。


「はい、どうぞ」

 俺は自分のスプーンで、彼女のカップにラムレーズンを一口のせる。


「これって、間接キスじゃ……」

 小さな声でうぶな反応を示す一条さん。

 いや、自分が誘ってきたのにと、心の中でツッコミながら、俺はありがたくオレンジシャーベットをいただく。


「待って、心の準備が」

 ここまで来て往生際が悪いななんて意地悪しつつ、アイスを口に入れる。


 キンキンに冷えたシャーベットとオレンジの酸味が、まだ暑い9月の残暑を吹っ飛ばしてくれた。


「もう、先輩のバカ」と恥じらいながら、彼女はラムレーズンと俺を交互に見ながら、意を決してアイスをほうばった。


「おいしい」

 思わず目が開いて、その味に感動する彼女の反応に、俺は内心ほくそえみながら、ラムレーズンアイスを口に入れた。


 甘いのに、どこかラム酒という大人の香りに包まれた不思議なアイスが、俺たちの距離をさらに縮めてくれた。


 ※


―部長視点―


 失意の中、スマホを開く。部活の後輩からメッセージが届いてた。


「部長、大丈夫なんですよね。サッカー部たち大変になってますけど」


 そんなこと自分で考えてよ。それどころじゃないわよ。

 イライラしながら、彼女の続くメッセージを見る。


「とりあえず、部員にはしっかり口止めしておきます。私たちが、話さなければ、絶対にばれないですもんね!!」


 そのメッセージを見て、思わず街中で叫んでしまった。


「だから、こっちはそれどころじゃないって言ってるでしょ!!」

 近くの通行人たちは、ぎょっとしてこちらを振り返った。それすらも、屈辱に感じながら、私は家へと逃げていく。

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