第227話 美雪の後悔
―美雪視点―
私は謹慎中で、学校にも行けずに、ただ一人で家にこもることしかできなかった。
このまま、どうなるかは、自分でもわかっている。学校は退学になるだろう。もし退学処分にならなくても、もうあそこには自分がいる場所はない。そして、教師たちにすがるような権利すら、自分にはもうない。
そもそも、あんなに優しくしてくれた英治たちを裏切った。彼を自殺寸前まで追い込んだ。それも、その理由は自分の評判が下がることを恐れて、彼にえん罪を着せるためだけにやった。
冷静に考えれば、とんでもないことになってしまったと思う。
インターホンが鳴った。
たぶん、先生たちだ。
「高柳だ、天田、大丈夫か?」
高柳先生がそう聞いてきた。後ろには、三井先生もいる。
この前の屋上の一件もあり、母親が入院中なこともあって、ふたりは毎日、仕事終わりに、私の家に来てくれた。こんな私でも心配してくれているのだ。もしかしたら、担任としての最低限の義務を果たそうとしているだけなのかもしれないけど。
「もう来なくてもいいですよ、先生。忙しいのは分かっていますし、毎日来るのは……私、もう死ぬ気もありませんから」
せっかく来てくれているのに、どうしても尖った言い方になってしまう。
そんな自分が堕ちるところまで堕ちていくのがよくわかる。
「それはよかった。少しは安心したよ」
私の酷い言葉にも、先生は軽く受け流してくれた。
それでいて、優しい言葉を返してくれた。そんな優しい言葉をかけてもらう資格は、私にはないのに。
「そう言って……同情しているつもりですか。良い教師を演じているつもりですか」
これは完全に八つ当たりだ。でも、一度言葉にしてしまったら、もう止めることはできない。自分の不安定な精神状態が理性を抑え込んでしまう。私はこういうクズだからダメなんだ。全部、感情を優先して、堕ちるところまで堕ちたほうがいい。私と関わるとみんなが不幸になるのだから。
「……」
「ちょっと、天田さん。言い過ぎよ」
担任の先生は無言でこちらを見て、後ろの三井先生はたしなめてきた。わかっている、最低のことをしているのは……
「いや、三井先生。そう思われても仕方がないとわかっていますから」
ここまで酷い言葉をぶつけても、まだ教師でいようとする彼に、自分との器の違いのようなものを見せつけられて、苦しくなる。
「でもな、天田。お前がやってしまったことは、どうやったって消えないんだよ。今回の件、たとえば、親が有力者で、教師がその圧力に負けてしまったら、もみ消されていたかもしれない。天田が、こんなに苦しい思いをしなくてもよかったかもしれない」
「……」
彼はとても苦しそうな顔をしていた。まるで泣きそうなくらいに。
「だが、そうなってしまったら、永遠に心に今以上の苦しみをもって過ごさなくちゃいけなくなっていた。そうだろう?」
「……っ」
英治が今回の件で死んでしまっていたら、本当にどうしようもなかった。一気に現実の怖さに戻されて、汗が止まらなくなった。
先生に、私はすがるように助けを求めてしまう。
「何人もの人生を狂わせました。自分も今まで積み上げたものを全部、失おうとしています。それでも、足りないんですか。どうすればいいんですか、教えてください」
でも……
「やってしまったことはもう変えることはできない。これからどうするかは、自分で考えなくてはいけないんだ。教師の俺たちですらどうすればいいのかわからないし、答えもないだろうな。他人から答えをもらおうなんて、安易に考えてもいけない問題だ。そんな難しい問題に直面しなくていけないほどのことを、お前たちはしでかしてしまったんだよ。少しずつでいい。現実を受け入れてくれよ。そうすることでしか前には絶対に進めない」
本当に冷徹で、それでいて、私の正確な立ち位置を理解してくれている人の言葉だった。
すべての感情が流れ出て、玄関で崩れ落ちた。
目の前が真っ暗になるように感じた。
「前に進むのが怖いんですよ、どうしようもないくらい」
そう言い返すのが精いっぱいだった。
※
―宇垣視点―
近藤元市議に確認したいことがあり、警察署を訪れた。この留置場に、あの愚かな男がいる。正直に言えば、もう二度と会いたくないがな。
「宇垣さん、申し訳ございません。少し、準備に時間がかかるようで。あっ、初めまして、私は堂本と申します。それで重ね重ね申し訳ございません。実は、部下があなたに確認したいことがありまして」
事件を担当しているベテラン警察官の後ろに、痩せ型で鷹のように、目が鋭い40歳くらいの男が立っていた。
「すまない。そうであれば、ひとりで待たせてもらうよ。大事な仕事の確認があるのでな。申し訳ないが、今日は一人に……」
そう断ろうとすると、眼光が鋭い男はこちらに近づき、耳元でささやく
「宇垣幹事長、古田と申します。近藤元市議の息子が犯したいじめ事件などの調査を担当しているのですが……いじめ加害者の黒幕である文芸部の部長なども取り調べも行っておりまして……娘さんやあなたの真意についてもお話があります」
「ほう」
こういう鋭い男は、なるべく近寄るべきではないのだが。
そこまで調べがついているのであれば、話は聞かなくてはいけないだろう。
「わかった」と短く答えると、相手は不敵な笑みを浮かべた。
―――――
(作者あいさつ)
今年最後の更新となります。
今年もお世話になりましたm(__)m
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この作品は読者の方々と一緒に作った作品だと思います。本当に今年もありがとうございました。
実は活動報告に甘々クリスマス特別SSを投稿しているので、未読の方はぜひ読んもらえると嬉しいです。
もし書籍版をまだ未読の方は、お正月休みのお供にしてもらえると作者としては最高です。web版以上に糖分増加しております(笑)
それでは、よいお年をお迎えください!
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