第119話 黒幕に近づく一条愛
―一条愛視点―
遠藤さんたちと別れて、私は先輩の打ち合わせが終わるのを待つために駅前のショッピングセンターにやってきた。軽くウインドウショッピングでもしながら時間をつぶそうと思うが、やはり、心ここにあらず。さっきまでのゲームセンターが楽しすぎた。袋に入れてもらったぬいぐるみを見ながらニヤニヤしてしまう。
初めてのプレゼントだよね。
男の人に何かもらったのは、これが初めて。告白の時に花束とかを渡そうとしてくれる人は何人かいたけど、丁重に断った。発信機とかGPSが仕組まれているかもしれないから。
「そんなことを考えなくてもいい人に会えちゃったんだな」
そんな関係を作れるなんて思いもしなかった。
たぶん、初恋だと思う。自分が自分じゃないみたいに浮かれている。
本当の自分がわからなくなっている。
1週間前の精神的に不安定だった自分。
先輩や彼のお母さんと一緒に過ごすときの優しい気持ちに満たされている自分。
そして、近藤市議に向けた冷たく計算高い自分。
英治先輩は、いつも本当に自然体だ。私もそれに影響されて、今まで着飾っていた重いものを脱いでいるような気がする。たぶん、最後に残ったのが本当の自分。もう少しで、それがわかると思う。
「だめだ。頭に入ってこない。少しお散歩しよ」
あまりひとりで歩いたことがない。常に送迎は、家の車だったし、たぶん、今も誰かが護衛についているはず。見えないところで。
それは、とても窮屈。
でも、こういうときはありがたい。仮に、逆恨みしたサッカー部たちが先輩を襲撃してきたとしても、守ることができるから。
ショッピングセンターを出た。先輩の待ち合わせ場所を横目で見ると、窓際の席で真剣な顔をしている彼が見えた。かっこいいな。思わずそんな感想が漏れそうになる。ぎりぎりで踏みとどまったけど。
暑いからどこかでアイスでも食べようかな。
そう思って、周囲をきょろきょろ確認する。
その際に、打ち合わせをしているカフェから一人の女性が出ていくのが見えた。
真っ青になって走っていく。その顔は、私が知っている学校の先輩だった。いや、こちらが一方的に知っているだけで、相手との面識はない。そして、私は彼女を軽蔑している。
「文芸部の立花部長……」
なんで、ここにいるのだろうか。ただの偶然? いや、それにしてはできすぎている。
そもそも、彼女はいままでどういう風に動いていたの。私は、あくまで噂に踊らされて、英治先輩の私物や原稿を捨てた彼の部活の先輩という認識だった。学校側の調査が進めば、処罰されるはず。だから、そこまで注意を払っていなかった。
首謀者の近藤やサッカー部員たちと比べたら、実害はないと思っていたけど。
まだ、彼を邪魔するつもりなの?
そんなことは絶対に許さない。
思い返せば、天田さんはどうやって近藤と最初に接触したのだろうか。誰かに紹介された? なら、どういう思惑があって、あんな女癖が悪い男に、彼氏がいる女を紹介したのだろうか。
いやな予感がする。まだ、あのいじめ問題は終わっていないのかもしれない。先輩に少しでも危害が加わる可能性があるのなら……
私は、その可能性を排除する。
親譲りの冷徹で計算高い黒い部分の自分。いつもは嫌っているけど、こういう時は感謝する。
私はスマホを取り出して、電話をかける。
「黒井、調べてほしい人がいるんだけど……」
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