第50話 映画デート&すべてを失う元カノ

「チケット買ってもらったんだから、ドリンク代とポップコーンは私が払います。いや、払わせてください!!」と一条さんに言われて、俺はお言葉に甘える。


 一条さんはやせているのに、結構食べっぷりがいい。カキフライ定食もランチプレートも完食してたし。さすがに、ご飯のお代わりはしてなかってけど。キッチン青野は、ライスのお代わりは1回無料なので、体育会系の男子や社会人は、それが楽しみで来ているところもある。


 映画にはやっぱりポップコーンだよな。俺はコーラを注文し、一条さんはアールグレイのアイスティーにしていた。モーニングを食べていなかったら、ホットドッグやフライドポテトも食べたいところではある。


「人生は、チョコレートの箱のようなもの。何が起きるかわからないのって、この映画では言いますけど、本当ですよね。だって、夏休みが終わる前は、先輩とこういう風に一緒に映画を見に来るなんて、思いもしませんでしたからね」

 この映画の一番の名言がすらっと出てくるところに、俺は共感してしまう。


「そうだな。俺も、この偶然の出会いに感謝しているよ。だって、一条さんと出会わなければ、俺はずっと不幸になっていたと思うし」


「もうそうやって無意識に、女の子を喜ばせる。でも、先輩は周囲の人に恵まれていると思いますよ。お母さんやお兄さん、学校の先生、今井先輩。どんなに苦しくても、味方になってくれる人たくさんいますし」


「でも、俺に最初に手を差し伸べてくれたのは、一条さんだから。特別なことに変わりはない」

 だって、あの屋上で俺たちが出会わなければ、数分でも時間がずれていたら。たぶん、悲劇は俺たちに降り注いでいた。


 上映が始まった。


 今日見る映画は、「フォレスト・ガンプ」。

 アメリカの傑作ヒューマンドラマ映画だ。


 知能指数が他の人よりも劣る主人公が、理解ある周囲の人たちに認められて幸せになり、そして、周囲の人たちも幸せにしていく物語。コメディタッチの作風ながら、アメリカ現代史を舞台として、しっかりとした人間ドラマになっている。


 ある意味、俺の今の状況は、この映画の主人公にとても感情移入できてしまう。苦しい時こそ、やはり助けてくれる周囲の人たちの存在がありがたいし、俺も恩を返していかないといけない。


 俺のことを思ってくれる人たちを大事にしていこうと思う。今回の騒動で、俺はたくさんのものを失った。でも、それとは別にとても大事なものが周囲にたくさんあることを教えられたんだ。


 本当に一条さんのおかげだ。

 ポップコーンを食べようと、容器に手を伸ばすと、思いがけなく彼女の手を触ってしまう。一条さんは「あっ」と小さく声を出して、慌てて手を引っ込めてしまう。


 その反応が、いつもの彼女のものとは思えず、微笑ましかった。

 この時間が永遠に続けばいいのに。そう思いながら、俺は映画に没頭していく。


 ※


―病室(美雪視点)―


「この度は、うちのバカ息子が申し訳ございませんでした。今回の入院費などは私の方で持たせてもらいますので」

 先輩のお父さんは、誠意ある態度で頭を下げる。でも、お母さんは見向きもしなかった。


「バカにしないでください。このくらいのお金は自分でも払えます。あなたの顔なんて見たくもないから、早くお帰り下さい」

 お母さんは冷たくそう言い放った。それはまるで自分にも向けられている気がして、心がきしむ。


「では、ここに私の名刺を置いておくので、何かあったらご連絡ください」

 お父さんは、お母さんに見えないようにお金の入った封筒を置いて行った。


 ※


「ねぇ、美雪。私は、あなたのことがわからない。あの近藤って人たちは、恋人がいるって知っていて、あなたに近づいてきたんでしょ。どうして、そんな男の人に……あなたは、本当にあの男の人が好きなの?」


「……」

 何も答えることができなかった。


「そうなのね。答えてくれないんだ。あなたのしたことは、人間として間違っている。私は、親としてそんな大切なことも、娘に教えることができなかったのね。本当に最低の親だわ」

 女手ひとつで育ててくれたお母さんに、残酷なことを言わせてしまっている。その絶望感で、私は震えて、涙を流す。


「ごめんなさい」


「あなたが、謝るべき人は、私じゃないでしょ。今日は家に帰りなさい。ひとりにさせてちょうだい」

 その冷たい言葉の刃が、胸に突き刺さった。


 ※


 自宅の前に、戻ると会いたくはなかったもう一人の幼馴染がいた。

 今井智司。英治の親友であり、私の小学校時代からの幼馴染。


「サトシ君……」

 何を言われるかよくわかっている。ついに、この時が、来てしまった。すべてを失うこの日が。


「なんか、久しぶりだな。美雪。俺がどうしてここにいるかわかるだろ」


「うん」

 お母さんからも拒絶されて、私はすべてを失う運命にある。


「だよな。俺はもう美雪のことを友達だとは思えない。それだけはちゃんと言っておきたかったんだ。今までありがとうな」

 律儀に絶縁宣言して、彼は立ち去っていく。


 私は玄関に駆け込んで、崩れ落ちながら、泣き叫んだ。

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