第169話 英治と部員A

 俺はすぐにサトシと遠藤に連絡して、協力の依頼を取り付ける。

「あのふたりなら絶対に力になってくれる。この学校で一番信用できる友達だ」

 自分にそう言い聞かせて、林さんにもメッセージを送った。


 後から気づいたけど、彼女だけは、俺をブロックしなかった。

 俺のいじめに加わろうともしなかった。


 それがどんなにすごいことか、いじめられた俺にはわかる。

 いじめに加わらないという決意が、どれだけ難しいものかも。それが彼女の今後の学校生活にどれだけリスクになるかも。


 彼女は、俺に誠意を見せてくれたのに、ずっと苦しんでいたこともわかっている。正直で誠実な林さんが、こんなに苦しむなんて、絶対に許せない。


 授業の時間が終わる。

 俺はすぐに一条さんと林さんと待ち合わせている場所へと向かう。


 その途中で、ひとりの女生徒とばったり出会ってしまう。

 向こうが最初に俺に気づいた。


「青野英治……」

 松田美月。文芸部の同級生で、立花部長と特に仲が良い生徒だ。

 そして、保健室の目の前で、俺を部長と一緒に侮蔑していた張本人。


「松田さん」

 お互いに会いたくはなかったはずだが、俺はここで彼女に出会えたのは良かったと思っている。


「なによ。何か言いたいことはあるの」

 彼女はかなり警戒している。俺がいじめられた恨みでも晴らすのかと怖がっているように見えた。


「ああ、いっぱいあるよ。言いたいことなら……」

 こちらも怒気を込めて伝える。部活に所属している時、彼女とも比較的に仲が良かったと思っていた。好きな作家の話を良くしていたし、おすすめの本も教えてくれた。友達だと思っていた。


 雰囲気に流されて、俺をいじめたんだと思う。もしかしたら、尊敬している部長の何かしらの指示があったのかもしれない。


 でも、今回のように保身のために、林さんを傷つけて、いじめようとしているなら話は別だ。同情の余地はない。だから、はっきりと伝える。それが、元・友達としての誠意だと思うから。


「文芸部の時にお世話になったことは感謝しているよ。でも、これ以上、俺たちの領域に土足で入ってくるな。俺の大事な人や友達に危害を加えようとするなら、俺は絶対にあんたたちのことを許さない。そう、部長にも伝えてくれ」

 自分でも、ここまでの怒りを他人にぶつけたことは初めてだと思った。

 自分が被害者の時は、絶望感だけに包まれていたから。


「何を言っているの、林さんのこと?」

 こちらの気迫にのまれたのか、松田さんは完全に失言した。


「林さんがどうかしたのか?」

 そう冷たく聞くと、彼女は瞳孔を開いて、自分のミスに気づいたようだ。

 俺は一言も林さんのことなんて言っていないのだから。

 普通に考えれば、友達や家族に危害を加えるなと警告していたはずの言葉なのに、俺との距離が比較的に遠いはずの林さんの名前が出てきた。


 普通なら、噂になっているはずの一条さんや親友のサトシや遠藤の名前が出てくるはずなのに。


 どうして、ピンポイントで林さんの名前が出てくるんだ?


 それはつまり、彼女が匿名メッセージの送り主もしくは協力者である可能性が高いということだ。


「知らない、私は何も知らない」

 そう言って彼女は逃亡した。


「逃げるなよ、そこで、逃げちゃダメだろ」

 ずっと、仲間だと思っていた人たちの本性を直視し、彼女たちの行く末を考えて、思わずため息をついた。


 すぐに、高柳先生に情報を共有するために、電話を掛けた。

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