第29話 クズ男の遠吠え&告白

―近藤視点―


 くそ、何だあの男。ムカつく、ムカつく、ムカつく!!

 あいつと監督は、俺がベンチにいることも気づかずに、裏で話を続けていた。


「そもそも、才能はあるかもしれないけど、練習嫌いなのがよくわかる。あれじゃあ、伸びない。才能だけにかまけて、他者へのリスペクトもないからチームワークは悪くなるし、警告や退場で人数不利になるリスクがかなり高いっす。チームにいい影響を与えるようには見えないっすね」

 思った以上に冷静な分析に、声を荒げそうになる。

 くしゃりと床に転がっていたペットボトルを足で潰していた。

 残っていた中身が、ふたから飛び出して地面を汚していく。


「わからんでもないが、才能は確かにあるんだ。二軍のメンバー相手にかなりできていた。入ってから教育する形でどうにかならんか。才能の原石ということで」


「まぁ、監督がそういうなら、こっちもやれることはやってみますけど……ああいうタイプってすぐに反発するし、練習サボるしで、伸び悩むのが落ちですって」


「その場合は自己責任だ。2軍か3軍において、飼殺かいごろそう」

 屈辱、屈辱、屈辱。この2文字が頭の中に永遠にループする。俺の自尊心が、ドロドロになったごみのように靴の裏で踏みつぶされているように感じた。


 俺はスマホを取り出して、都合のいい女2号である美雪にメッセージを飛ばす。

 あいつは、今日は一緒に帰れないから寂しがっていた。呼び出せば、どこにでも来るだろう。そもそも、あの女は完全にメンタルが壊れ始めている。


 あとは男にでもすがるしかないわけだ。俺の作戦で、自己嫌悪と自己保身の圧力に押しつぶされているはず。そこを都合よく利用する。しょせんは、あいつは俺のトロフィーワイフだ。世間的に美少女で、優等生。それが、俺にぞっこんでどんなことでもする。あの情けない彼氏を簡単に裏切って、「捨てないでください」とすがりつかせることに喜びを感じている。


「おい、美雪。こっちに出て来れるか? 東京でデートしないか」

 そのメッセージにすぐに既読がつく。

 ちょろっ。


「はい、すぐに行きます!!」

 やっぱりな。予想通り。あいつの身体を堪能できる歓楽街に近い駅前で待ち合わせの予約を済ませる。


 こんな大学、こっちからごめんだぜ。大丈夫だ、俺なら引く手あまたのはず。

 とりあえず、ここからのお誘いをキープして、すぐにスタメンになれる大学からのオファーも待つ。そして、俺が中心となったチームで、郷田をボコボコにして、復讐してやる。


 俺を怒らせたことを後悔させてやるからな!!

 覚悟しておけよ。


 ※


―エイジ視点―


 帰宅するための扉の前で、俺は数分立ち止まっていた。

 話すならこの時間がチャンスだ。そろそろ、夜の仕込みが終わりそうな時間のはず。仕事の邪魔は最小限になるはず。だから、早く入らないと。そう思っても身体が重い。


 ※


「お前はいつも俺のことを助けてくれたのに……一番助けが必要な時にそばにいることができなかった。本当にすまないっ!!」


『怖いかもしれないけど、俺たち大人を頼ってくれ。この問題は、俺が責任をもって絶対に解決する。だから、少しでもいい。信じてくれ』


「「母に『ごめんね』と言ったら、どうして相談してくれなかったの。一生後悔するところだったのよと怒られたわ。子供が辛い時に、相談してくれないって、親にしても辛いのよ。一生後悔するくらいなら、迷惑くらいいくらでもかけてよって何度も言われちゃった」


 ※


 こんな俺のことを信じてくれる人たちの顔を思い出す。そして、最後に思い浮かんだのは、「苦しかったら、私も一緒です」と言ってくれた後輩の笑顔だった。


 俺はいつの間にかドアノブに力を込めていた。


「ただいま」

 そう言うと、店のテーブルで売り上げの計算をしている母さんの姿が目に入った。


「兄さんは?」


「おかえり。今、足りなくなった調味料補充にでちゃったわ」

 帳簿をまとめて、「何か飲む?」と聞きながら笑顔を見せる母さんに少しだけ、安心して、俺は勇気をもって、口を開いた。


「母さん、ごめん。聞いて欲しいことがあるんだ?」


「どうしたの、改まっちゃって……」

 いつもは見せない俺の真剣な表情に、彼女は少しだけ驚いたようにこちらを見つめる。


「実は、俺さ……」

 呼吸が早くなり、なぜか時間がゆっくりになったかのように錯覚する。言葉がうまく出てこない。震える声でしぼりだすように、真実を届けようとする。


「俺さ……夏休み明けからさ」


「うん」

 ただならぬこちらの表情に母さんは明らかに心配している。


「ごめん。実は、俺、学校で嫌がらせを受けているんだ。たぶん、クラスメイトとかから……」

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