第28話 後輩の配慮&クズ男の屈辱
パンケーキを食べながら、お互いの話をする。まだ知り合って1日しか経っていないことを忘れるほど、俺たちの距離は近くなっていた。でも、これまでのことはほとんど知らない。ちょっとだけ、ちぐはぐの関係。
家族関係に関しては、一条さんはなにかしらの問題みたいなものを抱えているのはなんとなくわかったので、そこには触れないようにして、少しずつ自己紹介のようなものをしていった。
お互いの好きなものや中学校の話。一条さんは、都内の私立中学に通っていたみたいだ。附属高校に進学しないなにかしらの理由があるように見えた。言いたくなさそうにしているところを見ると、家族がらみの話だろう。
そこは聞かないようにする。まぁ、優秀な彼女のことだから、成績不振とか非行とかそういう問題を起こしたわけではなさそうだ。
「附属に進学なかったのは、家庭の事情です」
そう苦笑して、困っていた一条さんの姿を見るとこれ以上は踏み込めなかった。
逆に俺の話は結構盛り上がった。地元で育ち、地元の高校に進学したから、変なエピソードはたくさんある。
近所の神社の
「先輩?」
アップルティーを一口飲んで、後輩は聖母のような笑顔をこちらに向ける。
「ん?」
「大丈夫ですよ。つらい時は、つらいって言っていいんですよ。私はよくはわかってないけど、なにがあったかはなんとなくわかってますから。普通の人だったら、立ち直ることなんてできないくらい苦しい状況なんですよ。あなたは強いから……でも、強すぎても人間はいつか折れちゃいますからね。折れる前に、相談してくださいね」
俺に左手の甲を、彼女は慈愛をこめて少しだけさする。
「どうして、一条さんは、俺を信用してくれるんだ?」
「昨日は、よくわからない噂に流されるのは良くないっていう理由でしたけどね。でも、今は違います。まだ、1日だけですが、あなたと一緒にいて、噂みたいな行為を絶対にする人じゃないと分かりました。たぶん、あなたは自分よりも他人を大事にする人。いえ、他人のために自分を犠牲にしてしまう人だから。そういうところは素晴らしいけど、悪意によって潰されるのは許せない。だから、苦しかったら、私も一緒です」
彼女の優しさに、俺は甘えることにする。
「いつもありがとうな」
そう思わず言ってしまった。
「いつもって、まだ2日目ですよ、私達」
そう言って、俺たちは優しく笑いあった。
「そして、先輩。今日はおやつを食べ過ぎてしまったので、とても残念ですが、カキフライは後日にさせてください。お母様には、私の方からお伝えてしておくので」
「えっ、いつの間に連絡先を交換しているのっていうツッコミは置いておいて……いいのか?」
「はい! だって、あなたの覚悟を邪魔するわけにはいきませんからね」
本当にどこまで俺のことをわかっているんだよって、驚きながら、俺は彼女の配慮に感謝して、頷いた。
※
―愛視点―
彼と別れた後、迎えの車に乗り込みながら、幸せな時間を振り返った。
校門で待ち合わせた時、彼は吹っ切れたような表情に変わっていた。そこですぐにわかった。お母様たちに相談する決意を決めたんだなって。
私のそれとは違って、センパイのご家族ならきっと一緒に戦ってくれる。普通なら言い出しにくいことでも、すぐに覚悟を決めることができるくらい家族間の信頼関係の強さにうらやましさすら感じた。
そして、さっきの言葉は、自分自身に向けたものでもある。
先輩が偶然、あの屋上にいなければ、折れていたのは、私の方だったのだから。
「いつもありがとう」と彼は言ってくれた。でも、お礼を言わなければいけないのは、私の方だ。
「折れそうな、ダメになりそうだった私を見つけてくれて、本当にありがとう」って。
※
―近藤視点―
ふん、大学生と言ってもこんなレベルか。一応、2軍の練習に混ぜてもらっているけど、正直相手になる人はいない。今日も絶好調だぜ。
つまらないな。俺の華麗なパスは面白いほど、決まっていく。まぁ、才能がないフォワードのせいで外してばかりだけどな。
「おい、お前ら高校生にコテンパンにされてるんじゃねぇぞ」
2軍のコーチが激怒していた。
「くそっ!!」と2軍のキャプテンが悔しそうに地面に崩れ落ちようとしていた。これが気持ちいいんだよ。圧倒的な才能を前に、自信を無くすゴミたちの姿を見るのがな。これなら、入学して早々に1軍入りも楽勝だわ。
「くそ、さすがにここで調子にのせるわけはいかないな。おい、郷田。こっちに来てくれ。あの高校生をマークしてくれ」
呼ばれたのは俺よりも少し身長が低い1軍の守備的ミッドフィルダーだった。
へぇ、少しはましな相手が出て来たじゃねぇか。あれに勝てれば、俺は余裕で大学サッカー界でも上位になれるはず。おもしれぇ。
すぐに、俺にパスが回って来た。郷田とかいう先輩も俺をマークする。
こんな奴すぐに抜いてやる。そう思って、足元から仕掛けようとした瞬間、俺の身体は何か固いものにぶつかって弾き飛ばされた。
「はぁ」
思わず変な声が出て、身体がグランドに叩き落される。口の中に芝生が入ってくる。
「おい、大丈夫か?」
郷田の声だった。俺が少しぶつかっただけで弾き飛ばされた
まだだ、さっきのはただの偶然。こんなに遠いわけがない。だって、俺は将来、この国のサッカーの王様になる運命なんだからなァ!!
※
―1時間後―
全然相手にならなかった。この俺がこんなに負けるなんて。
ドリブル突破を仕掛けても。簡単に弾き飛ばされる。
パスをしようとしても、コースを読まれてすぐにロス。
さっきまで、二軍相手に無双して、ヒーロー状態だった俺は、すぐに笑いものに変わった。
少し頭を冷やすために、ベンチに戻ってスポドリを飲み干す。
大丈夫だ、今日は少し調子が悪いだけで。本気を出せば、あんな奴すぐに……
『ねぇ、監督。あの高校生本気で獲るんですか?』
近くで郷田と監督の声が聞こえた。ベンチの裏で話しているみたいだ。
『ああ、そのつもりだが? どうだった?』
『やめたほうがいいですね。あいつ、しょせん高校生レベルの王様です。フィジカル弱いし、運動量ないし、ボール奪われたらすぐにあきらめるし。時代遅れの産物って感じで。あれじゃ、単なる勘違いエース様になって、うちじゃ二軍で王様気取る感じになりますよ。すげぇ、ダサいやつ。全然、ダメ。才能ない』
さっきまで、つかんでいたペットボトルがいつの間にか地面に転がっていくのを、俺は見つめることしかできなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます