第3話 再会

 ジゲンから刀をもらって一年が過ぎた。

 あれから屋敷内で変わったことと言えばジンが露骨に嫌われるようになったこととそれに応じて次男であるゾールが構ってくるようになったことくらいだ。

 まず屋敷内のことについてはあれ以降、ゲイツが露骨にジンを嫌い始めたのがきっかけだ。

 今までは会ってもシカトだったが、あれ以降、ジンに会うたびに嫌味を言ってくるようになり使用人達もジンに対して何を言っても良いのだと認識して日頃の鬱憤をジンで晴らすようになった。

 だがそれについてはジンは特には気にしていないそれよりも次男のゾールの方が問題だった。

 ある日久しぶりに顔を合わせたと思ったらジンに勝負を挑んできたのが半年前、久しぶりに普通に剣の模擬戦ができると思ったジンは、勝負に乗ったのだが結果はジンがゾールをボコボコにしてしまった。

 その後にゲイツに呼び出され罵詈雑言の叱責を受けた。

 それ以降はジンがゾールに負けてあげるように接待試合となった。

 その後ゾールは面白いように調子に乗り勝負の度に、忌み子や侯爵家の面汚しというような幼稚な悪口を言うようになり、また色々な命令をしてくるようになった。

 いっときゾールがジンの刀を欲しがったが、流石にジンも強くそれを拒否し一触即発の空気になったが、ゲイツがジンの刀など欲しがるなと言って、ゾールに別の刀を買い与えてからは何も言わなくなった、それだけはホッとしていた。

 だがずっとジンは疑問だった、なぜこんなにも嫌われているのかが分からなかった。

 気になったジンは図書室でその事について調べたところ以前から黒目は災いを呼ぶと言われていたという史実を目にする。

 だが、ディノケイドが王に即位してからは黒目への差別を無くす運動が行われた、なので表向きには黒目は特に問題はないとされているが、この黒目への差別は以外と根強いらしく、裏では今も差別はあるらしい。

 まさにそれがジン自身に降りかかっている事だった。

 はっきり言ってジンにはこの家は住みずらい、悪感情が全てジンへと集められる。

 ジンがそれに耐えられたのは、ジゲンから貰った刀での修行に明け暮れていたからというのもが大きい。

 この一年朝から晩まで刀を振っていた。

 永遠とやってきたのはジゲンが見せてくれた、居合術だ。

 まだまだ、初歩の初歩だが一度しか見ていない居合をなんとか思い出しながらずっと刀を振り続けてきた。

 今日もいつもと同じように、ひたすらに居合いに継ぐ居合いだ。

 そして今日もまたジンは刀を振り続ける。

 あの日覚醒してからは子供的な考えや行動の一切をすることがなくなったジンはもはや刀振り続ける機械と化していた。

 そんな今日この頃、刀を振り続けていたら結構な時間が経ってしまったらしい、さっきまで空はまだ早朝で暗かったが、いつのまにかすっかり日が登っている、ジンは少し休憩しようと思い、もう一年以上もジンの特等席である庭の木の下に腰掛ける。


「やっぱ、おじさんみてーなんは無理だな。まぁでも、俺は今六歳だし当たり前だけど、もうちょいどうにか近づけたいな」


 ジンが思考の海に身を投げて、どうすればあの居合いに近づけるかを考えていると、珍しくジンを呼ぶ声がした。


「ジン様」


「なんだ」


「ご主人様がお呼びです」


 使用人の言葉にジンは驚いた、まさかゲイツから呼び出されるとは。

 もしかしたら、また罵詈雑言の叱責か?

 いやだなぁ、と思いながら素直に使用人の後についていく。


  ジンが使用人に連れられて、ゲイツの書斎室に入ると正面の机にゲイツが座りその前に立っている人物が自然と目に入る。

 そこには予想外の人物がいた。


「おじさん?」


「おう!小僧元気にしてたか?」


「なんだ、おまえさん鯉みたいにして」


 状況が飲み込めないジンは口をパクパクさせる。ジゲンはジンの反応に不思議そうな顔をして口を開きかけるが、ここで書斎の主人であるゲイツが口を挟む。


「オオトリ男爵、まだ話の途中であるぞ」


「ああ、すまないな侯爵殿よ、例のものなら3日以内に届く故しばし待たれよ」


「承った、どこへなりとも持って行け」


 チラリとジンを見て冷たく言い放つゲイツだが、まだ困惑の中のジンはその視線に気づかなかった。

 全くもって蚊帳の外だったジンは、ゲイツとジゲンの話が終わるとジゲンと廊下に出た。

 まだ状況を飲み込めていないジンはジゲンに詰め寄る。


「なんでおじさんがここにいるの!?」


「お前さん侯爵殿から何も聞いてないのか?」


「なにってなにを?」


 ジンはゲイツから話など聞いていない。最近会話した覚えもなかった。


「......そうか」


 ジゲンは少し考えて、チラリとジンを見て言った。


「今から侯爵殿に聞いてこいわしは一年前の木の下で待っておる、話が終わったら来い」


 そう言ってジゲンは有無も言わさず歩き去った。

 ジンは訳がわからないが、言われた通りもう一度書斎の前に立ち、今からゲイツと話さなければならないという憂鬱とした気持ちを振り払うために深呼吸してから書斎のドアをノックする。


「誰だ」


「俺です、父上入室してもよろしいでしょうか」


「......入れ」


 ジンはもう一度深呼吸してから部屋に入室する。


「なんだ?」


 鬱陶しそうに言うゲイツに少し少し気圧されながらジンは先程のことを話す。


「先程の件で、オオトリ殿は父上に直接話を聞けと言われたのですが、お聞かせいただけませんか?」


 ジンは、出来るだけ丁寧な口調で言う。


「貴様は、オオトリの家に養子に出すことになった」


 ゲイツの発言にジンは思考する。

 ジンは一年前のあの日会ったジゲンのことが気になり自分なりに調べた結果ジゲンは最近の戦争で平民から成り上がった男爵だ。普通平民から成り上がる場合最初の貴族位は騎士爵だ、だがジゲンはそれを飛ばして領地を持たぬ男爵となった、これは異例の出来事だ救国の英雄でもない限りありえないはずだったが、だがディノケイド王の完璧な根回しの結果これが起こった。

 とどのつまり、ジゲンは現国王ディノケイドのお気に入りというわけだ。

 ならば、侯爵家としてジゲンと縁を結ぶのは悪い話ではない。ジゲンに貸しが有ればディノケイドとの関係に何かしらいい作用が生まれるかもしれないという打算もあるのかもしれない。

 ならば自分がジゲンの養子に出されることは侯爵家としての使命みたいなものだ、それにジンからすればどんな場所でもこの家よりはいいという気持ちもあったので特に拒否する必要はないと結論に至る。


「わかりました」


 ジンは一言、言って振り向き退室しようとしがゲイツがそれを呼び止める。


「待て、ジン」


 久しぶりに名前を呼ばれて、ジンは捨てたと思っていた感情が心に広がるのを感じる。

 

「なんでしょう?父上」


「今日限りで貴様は、オオトリ男爵の養子となるわけだが、今後一切、我が侯爵家の名前を口にするな」


「ど、どういうことでしょうか?」


 ジンはゲイツの言葉に先程の感情が霧散していくのを感じる。

 そんなジンの心内など知ろうともしないゲイツはなをも捲し立てる。


「あの成り上がり男爵などと我が侯爵家が縁を結んだなどと思われても困る貴様は金で売ったのだ。そのことを忘れるなこれは貴様との縁も切れ金も入る取り引きにすぎない、貴様は今日この日を持って我が侯爵家の人間ではない。そのことを肝に銘じ出て行け」


 ジンは絶句した、実の息子にここまでのことが言えるのかと心の隅で思うのと同時に心の中心では悲しみという感情が支配していた。


(俺はこの人達に何を期待していたんだ、期待なんてとっくの昔に諦めたはずだろう)


 頭ではわかっていた。この家の人間が自分を忌み嫌っていることをだが最後の最後の部分ではどこか期待していたのだ、自分は侯爵家の人間として使命を全うする、だから最後だけでも親と子としての会話ができると。

 だがそんなことにはならかった。


「わかりました。長い間お世話になりました」


 ジンは涙を堪えて頭を下げると、足早に部屋を出た。

 ジンはたしかに前世の記憶の断片を持っているため、他の五歳児よりも精神は成熟し思考力などもあるが、やはりどこまで行っても子供は親の愛を求める小さな存在でしかないのだ。

 ジンとゲイツにあったのは血の繋がり以外はなかった。

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