第141話 エドワードの言葉

 ジンがアーサーを殴り飛ばしたことで教室は鎮まり返る。

 最初に正気に戻ったのは教師だ。


「アーサー君!?」


 教師が倒れているアーサーに駆け寄ると身体を起こしてジンの方を向く。


「いきなり、人を殴るとは何事ですか!?」


 ジンは教師を無視してアーサーに近づく。

 アーサーは少し苦しそうな声と共に目を開ける。


「おい、聞かせろ。なんでノアの頬が赤い?目が赤い?お前、なにした?」


 ジンは尚も教師を押し除けてアーサーに掴みかかろうとしてノアに服を掴まれ、止められる。


「ジン様!私は大丈夫です!」


「.......」


 ジンはノアの必死の声に少しだけ冷静になり。アーサーに掴みかかろうとする手を引っ込める。


「すまん。熱くなった」


「いえ、あの、ありがとうございます」


 二人の会話を聞いていた教師がハッと正気に戻ると立ち上がる。


「ジン君、君はこの後職員室に!アーサー君は保健室に行ったあと職員室に来なさい。皆は私が帰ってくるまで自習!さぁ行きますよ!」


 ジンは教師に腕を掴まれて扉に先導される。服を掴んだノアがそのままついて来ようとするのに教師が気付いて、ジン腰に覗き込む。


「ノアさん?」


「あ!えっと、私も当事者なので」


「......そうですか、わかりました。では行きますよ。誰か!アーサー君の介抱をお願いします」


 教師の言葉にアーサーの取り巻きである女子達が我先にと立ち上がりアーサーに駆け寄る。

 ジンはそれを尻目に教室を出るのだった。

 ジンは職員室の横にある生徒指導室にノアと共に座らされると教師はそこで待てと言って出て行ってしまう。

 ジンは教師が部屋から出て行くとすぐにノアの方を向いてなにがあったか聞くのだった。


「屋上でなにがあった?」


「.......申し訳ありません」


「ノアが謝ることじゃないよ。俺も君たちになにも聞かないで先走り過ぎた。あれを殴っといてなんだけど、なにがあったか教えてくれるか?」


「はい」


 ノアの語ったことは概ねジンが予想した通りだった。

 ジンはノアの話を聞く前はなにがあったか聞かないでアーサーを殴り飛ばした事を反省したが、聞き終えると殴っておいて良かったとすら思った。


「そうか」


 ジンはゆっくりともうほとんど赤みが引いたノアの頬を撫でる。

 ノアはそれに反応して少しビクっとするが嫌がることは無く受け入れる。


「やはり一緒に行くべきだった」


「そんな、ジン様のせいでは」


「その話は後にしてもらおうか」


 ジンとノアの話にドアを開けると同時に入ってきたエドワードはそう言い、ため息を吐きながらノアとジンの対面に座る。


「はぁ、全く、俺も暇じゃないんだぞ?」


 エドワードはどうしようも無く面倒そうに頬杖をつく。


「すみません」


 ジンが素直に謝るとエドワードはジンをチラッと見たあとノアに視線を移してもう一度ため息をついて喋り出す。


「お前たちも、学生で子供だ。青春の中の喧嘩、ある程度の過ち、大いに結構。俺はそういうのはありだと思ってる。後始末は面倒だけどな、それも大人の役目だ。確かにお前たちは卒業すれば貴族で、笑顔の仮面で本心を隠す、そんな社会で生きて行くだろう。それで?なにやったんだ?」


「聞いていないんですか?」


「ああ、なにも聞いていない」


「そうですか......」


 ジンは少しだけエドワードという人間を誤解していたなと思い経緯を話した。


「なるほどな」


 エドワードはジンの話を聞き終えるとノアの方を見る。


「怪我はなさそうだな。ジン、アーサーに謝罪する気は」


「ありません」


 ジンはキッパリと言い切るとエドワードの目を真っ直ぐ見つめる。


「そうか、わかった」


 そう言うとエドワードが立ち上がる。


「え?」


「どうした?」


「いえ、いいんですか?」


「ふふふ」


 エドワードはジンの目を見てクツクツと笑う。ジンはなぜエドワードが笑ってるいるか分からず首を傾げてしまう。


「お前が言ったんじゃないか、謝る気は無いと」


「そうですが、えっと本当にいいのですか?」


「じゃあ、謝るか?」


「いえ、それはできません」


「くはは」


「先生!」


「いやすまんな、お前は何というか、前から思っていたが貴族らしくないな」


「......そうでしょうか?」


「あまりに正直すぎる。と言うよりも頑固か、これから先、生きづらいだろうな」


「うっ」


 ジンは少し痛いところを突かれて押し黙る。


「お前の生き方に付いてきてくれる者など少数だろう」


 エドワードは笑う事をやめて真剣にジンを見つめる。


「人間が正義や信念を語れるのは何故かわかるか?」


 急に話が変わり、ジンが言葉を返す。


「え?質問の意味が」


「いいから答えてみろ」


「......正義はわかりませんし、語る気もありません。ですが、信念は亡き戦友に誓いました。どうして語れるかというのはわかりませんが」


「ほう」


「俺は俺が死ぬまで信念に忠実にあります。でなければあいつらに顔向けできませんから」


「なるほどな。まぁいい、答えを教えてやる」


 エドワードはゆっくりと少し体を前に倒して、ジンに顔を近づける。


「余裕だ」


「.......余裕?」


「そうだ、正義も信念も誰だって語ろうと思えば語れるし、誓える。なぜならそれができる余裕があるからだ。戦場、それも最前線でその信念や正義を語れる奴はそうはいない。強者であろうと余裕が無くなれば、上っ面が剥がれ、残るのは醜い自分だけだ。けど俺も知ってる。お前が戦場の、それも最前線で信念を誓ったことはな。つまりお前の上っ面が剥がれ落ちて残った物それが本当の心って事だ。その中で信念という物を突き通せたのなら俺がなにを言おうと無駄だろう」


「それは.......」


 確かにジンも譲る気は無かったが、まさかここまで話がスムーズだとは思わなかった。


「だが、ジン、覚えておけ。信念を通すには強さがいる。それは単純な武力だけじゃ無い。知力、財力、権力どれも欠かせないだろう、そしてそれがお前よりも上の人間に否定されれば、お前の命より信念が重ければ死ぬだけだ。死は全てを無にするだから忘れるな。命の上に信念があるんじゃない。信念の上に命があるんだ。それだけは覚えておけ」


 そう言うとエドワードは指導室から出て行く。

 残されたジンとノア、ノアはエドワードが言っている事を二割も理解できなかったが、ジンは神妙な顔でエドワードの座っていた席を暫く見つめるのだった。

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