第4話 断ち斬れ

 ジンは書斎を出ると溢れる涙にどうしていいのか分からず数分立ち尽くした、とういのもジンは生まれてから四歳まではほとんど一人で過ごして、幼児用の玩具が与えられ一人でそれを遊ぶ毎日、誕生日には家族で揃うが会話はなく四歳からは一人で修行と読書に明け暮れる日々。

 寂しいという感情はあったが、なまじ前世の記憶があったためにジンは一人という状況に慣れてしまった。だが、ジンはれっきとした五歳児だ、はじめて、気持ちの濁流に晒され、これを堰き止める方法がわからなかった。

 止めどなく流れる涙にどうすればいいか分からず、歯を食いしばることしかできない。そこに低く渋い声がジンを呼ぶ。


「よお、小僧遅いから迎えに来たぞ」


 それはジゲンだった、ジゲンはジンの涙を見て何があったか大体察した。

 ジゲンはジンを養子として貰い受けるために金という手段を用いた、この一年どうにかしてジンを養子にと言っていたがゲイツはなかなか首を縦に降らなかった、これはジンが大切というわけではもちろんなく、ジゲンが成り上がりの貴族だからだ。

 それを養子に出すことになったのはディノケイドの言葉と金銭的支援によるところが大きい。

 そんなジゲンは泣いている子供をどう励ませばいいかわからなかった、ジゲンは生まれてからほとんど戦場しか知らない無骨な男だ、それに自分は気持ち的には違うが事実は金でジンを買ったというふうにも映る、そんな自分がどう言っても気休めにもならないと思ったからだ。

 だが、泣いている子供を、それでも何かしなければ収まりがつかなかった。


「......小僧ついてこい」


 ジゲンが踵を返して歩いていくのをジンは泣きながらついて行った。

 二人は庭まで来るとジゲンがジンへと振り返る。


「小僧、わしがやった刀は持っているか」


 ジンは涙を拭きながら、刀を見せる。


「いいか、人間生きてりゃ辛いことも悲しいことも腐るほどある、誰だってある、お前の気持ちはわかる.......なんてな、それは他人が言っていい言葉じゃねえ、人の気持ちがわかるやつなんていやしねーのさ、てめえの気持ちはてめえしかわからないからな」


 そこで話を切るジゲンは自分の腰に刺した刀に手を這わせる。


「だが、剣士っつーのは誰かを守んなきゃなんねえ、だから一刀で断ち切れ」


 そう言うとジゲンは刀を鞘から一瞬で引き抜くと空気を両断した。


「悲しいことも辛いことも、全部纏わせて、この一刀で断ち切れ」


 ジンはジゲンが言ったように腰に刀を持っていき一年間やり続けた居合いの構えを取り、今自分の胸の内にある全ての感情を刀に纏わせ、刀を引き抜く。

 刀が空気を切る感覚と共に胸の内が先程より透く気がいた。


「ありがとう、おじさんだいぶ楽になったよ」


「そうか、それならお前さんも剣士ってことだ」


 ジゲンはニカっと笑って刀を鞘にしまい、ジンの頭をガシガシと撫でた。


「お前さんは今日からわしの息子だ、これからはわしがお前さんを一人前の騎士にしてやるそれまでは泣いてもこーやって頭を撫でてやるさ」


 カッカッカと笑うジゲンに、ジンも自然と笑みが溢れた、先程の感情とは違う感情を含んだ一筋の涙と共に。

 それからは早かった、ほとんど私物のないジンは必要最低限の物を持って、ジゲンと共に馬車に乗り、ジゲンの家がある王都へと向かった。

 ジンは馬車の窓で流れていく景色を見ながらジゲンに喋りかける。


「おじさん、王都って俺行ったことないんだけど、どんなところなんですか?」


「だから、そのおじさんてのはやめろ、今日からは父親になるんだそれ相応の呼び方があるだろ」


「ち、父上?」


「馬鹿タレ!父上なんて悪寒が走るわもっと簡単なのでいい」


「じゃあ、父さん?」


「もっと、くだけい」


「父さん」


「もっと」


「おやじ」


「それでいい、これから先遠慮もするでない、敬語もいらんわしとお前さんは親子になるんだ遠慮のある親子なぞわしはごめんだ」


「わかりまし......わかった」


「それでいい、これから慣れて行け、ジン」


 初めてジゲンに名前を呼ばれ、照れ臭くなったジンは視線を窓へと戻すことで誤魔化した。

 それから他愛無い話をして、ジンは時間を忘れてジゲンと話した。

 ジゲンの初陣のことや刀のこと、ジゲンの奥さんや娘のことそのほかにもたくさん話したが、生まれてはじめての普通の会話にジンは景色を見ることなどすっかり忘れて楽しんだ。

 そうしていたら、ジンはいつのまにか寝てしまったらしい。

 寝ているジンを見るジゲンの顔は優しく微笑んでいた。




 ジンが起きると知らない天井だった。前まで使っていたベッドより幾分か柔らかいベッドから体を起こすと、これまた知らない部屋だった。

 ジンは少し考えて数時間前のことを思い出す。


(そっか、ここはおじさんの家か)


 ジンはベッドから体を出して立ち上がろうとした、ちょうどその時部屋のドアが開く。

 部屋に入ってきたのは、茶色の髪をした美しい女性だった。

 

「あら、起きちゃったの?」


「は、はい」


 ジンははじめてバスター家に住む人たち以外の女性を見て少し戸惑う。

 それもここまで綺麗なら男なら誰だって緊張するだろう。それがたとえ五歳であってもだ。


「あらあら、そんなに緊張しなくていいのよ?今日から私の子供になるんですから」


 ふふふと笑いながら言う美女にジンの思考が止まる。


(子供?この人の?ってことは)


 かろうじて動かした脳で結論に至りジンは驚愕する。

 たしかにジンは馬車の中でジゲンに美しい奥さんがいると聞かれたが、正直ジンはジゲンが大袈裟に言っているだけの身内贔屓だと思った。しかし実際は事実だった。


「どうだ、ジンこいつはわしの嫁さんだ、綺麗だろ?」


 ジンが絶句していると美女の後ろからジゲンが顔をだす。


「月とスッポン」


 ジンはボソっと本音が漏れてしまった。


「おい、その言葉の意味はわからないが、どうもわしを馬鹿にしていないか?」


 ジゲンは目を細めてジンを見るとジンは慌てて首を横に振る。


「コラ!あなたジンちゃんが怖がってるでしょ!」


(ジンちゃん!?)


 ジンは心の中で呼ばれ慣れていない呼称で呼ばれて困惑する。


「むう、だがな」


「もう!あなたは出てってちょうだい!私とこの子でお話しするから」


「そ、そうか?ならわしは下でオウカと持っておる」


 そう言ってちらっとジンを見てジゲンは部屋を出て行った。

 部屋に残ったのはジンとジゲンの奥さんだけとなった。

 部屋のドアが閉まると少しして、ジゲンの奥さんが口を開く。


「はじめまして、ルイ・オオトリよ。これからジンちゃんのお母さんになるわね。よろしく」

 

ニコリと微笑むルイはもはや母親ではなく聖母なんじゃ無いかとジンは思った。

 これがジンとルイの初対面だった。

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