第5話 家族

「よ、よろしくお願いします」


 ジンはルイの自己紹介に返事を返したが、ルイは不満そうに目を細める。


「ジンちゃん、これから私たちは何になるのかしら?」


「ーー家族、でしょうか?」


「そうよ、家族の間には敬語なんていらないと私は思うの。まあそういう家庭があってもいいとは思うけど我が家では敬語はなしという決まりなの」


 ジゲンが先程馬車で言っていたことだな、と思うジンは素直に肯定する。


「わかりました」


「ん?どこがわかったのかしら」


「わ、わかったよ」


 ルイは美人なだけに凄まれると、迫力がある。

 ジンの返答に満足したのか綺麗な笑顔を見せてくれるルイ、その笑顔にジンは心に暖かい何かが広がる気がした。

 その感情がなんなのかジンにはまだわからなかった。


「さ!私の自己紹介は済んだし、ジンちゃんの自己紹介は、知ってるからいいかしら?」


「あ、えっと、うん」


 ジンは敬語以外で誰かと話すことがなかったためにまだタメ語になれない。そんなジンをルイはゆっくりと抱きしめて優しく囁く。


「これから、慣れていきましょ?私もちょっと急ぎすぎたかもしれないわ、ゆっくりでいいの、家族になっていけば」


「あ、う、はい」


 ジンはここにきてからはじめてのことばかりで、最早頭と心がパンクしそうだった。


「それじゃ、下にいきましょか?まだ紹介してない家族もいることだしね?」


 ルイはジンから体を離すと嬉しそうに微笑み、ジンの手を取ってベッドから立たせる。

 ジンはなされるがままにルイに手を引かれて部屋を出るのだった。


 ルイに手を引かれて階段を降りて、廊下を歩いてすぐの部屋に入るとそこは一家で団欒する場所なのだろうと思う落ち着いた部屋だった。

 部屋には四人の人影があり、一人はジゲンである。ジゲンは暖炉前の椅子に座り一人の少女を膝の上に乗せてジンの方へと視線をやっていた。

 ジンがジゲンの膝の上の少女を見ると、少女はジンを不思議そうに見ていたが、目が合うとジゲンの胸に顔を埋めてしまう。

 次にジンはジゲンの後ろの二人に視線をやると姿勢を正した年配の執事とこれまた年配のメイドが頭を下げていた。

 ジンが一通り、誰がいるかを確認し終えるとそのタイミング見計らったようにジゲンが席を立ってこちらに歩み寄る。

 少女はジゲンの胸に顔を埋めたままジゲンに抱きかかえられていた。


「終わったか、ルイ」


「はい」


短い会話の後、ジゲンはジンの名前を呼ぶ。


「ジン、わしとルイの紹介は終わったな、なら次はこの子だ」


ジゲンは視線を胸にぎゅーと顔を埋めている少女に向けると、優しく耳元で何かを囁いた後にそっと地面に下ろす。

 少女はジンと視線をが会うとすぐに下を向いてしまうが、聞こえるギリギリの声で、「はじめまして」とつぶやいた。

 ジンも戸惑いながら、はじめましてと返すとすぐに少女はジゲンの足にしがみついて、また顔を埋めてしまう。

 ジゲンは少し困ったように笑いながら少女の頭を撫でる。


「すまんな。この子は人見知りのきらいがあってな、わしとルイの娘でこれからはお前さんの妹になるな」


 ジンの隣にいたルイが少女を抱き上げる。


「コラ、オウカこれから家族になるのよ?しっかりと挨拶なさい」


 ルイがオウカと呼ばれた少女を叱るとゆっくりとこちらを向いた少女は小さな声で自己紹介をする。


「オウカ・オオトリです、よろしくです」


 少女の自己紹介に胸が暖かくなるのを感じて優しく微笑みながら「ジンです、よろしく」と返答する。

 それを見た少女は顔を赤くして今度はルイの胸に顔を埋めるのであった。


 なんとか、オウカの自己紹介が終わるとジゲンは満足そうに切り出す。


「さて、後ろに控えとるのはこの家の使用人をしてくれている、ジャスとジョゼだ」


 ジゲンが紹介すると、男性の方が「ジャスです」とお辞儀をしてその後に女性の方が「ジョゼでございます」とお辞儀をするのだった。

 ジンも、ジンです。とお辞儀をして対応する。


 これがジンの新しい“家族”だった。


 ジンがオオトリの人間になってから三日がたっていた。


「ジン、そろそろ慣れてきたか?」


 朝食の時間、三日たったジンにジゲンはここの生活は慣れたかと尋ねる。


「だいぶ」


 ジンはそっけなく答えるが、これはジンが人と話す経験が今まで極端に少なかったため無愛想になってしまう。そのことをジゲンもなんとなく察していたため何も言わずうなずくだけにとどめた。

 だが朝食は静かということもなくルイが時折話を振ったり、オウカが口の周りを食べ物で汚してルイに笑いながら叱られてたりと和やかにすぎていく。

 ジンももっと新しい家族と喋りたいとは思っていたがこればっかりは時間が必要だった。


 朝食が終わりジゲンは刀の手入れ、ルイは裁縫、オウカはおもちゃで遊ぶという各々が好きなことをやりだすなかジンは手持ち無沙汰になりどうすればいいのか分からずただ座っていた。

 今までならすぐに図書室に向かって本を読んだり刀を振ったりしていたが、ジゲンの屋敷には図書室などなかったし、刀を振りにい行くという選択も今は違う気がした。

 何もすることのないジンにジゲンやルイはどう話しかけるかと悩ませていると小さな人影がジンに歩み寄る。


「あのね、オウカ、いま、おひめしゃまごっこなの」


「え?」


 急にジンに話掛けたのはオウカだった。


「だからね、あのね、オウカがおひめしゃまなの」


「そ、そうなのか」


「うん、だからね、えっとね、おうじしゃまやってほしいの」


「王子様?」


「うん」


 急に王子様をやってほしいと言われたジンは少し困惑する。

 今まで同年代と遊ぶのはもちろん話したこともゾール以外にいないジンはどう、反応すればいいのかわからなかった。

 困っているジンに見かねたルイはオウカを心の中で褒めながら、ジンの背中を押そうとする。


「ジンちゃん、オウカもこう言ってるし、少し遊んであげてもらえないかしら?」


 ルイの優しい声色に冷静さ取り戻したジンはオウカに向き直り、頷く。

 ジンとオウカが遊び出すのを見ていたジゲンはオウカに先をこされたことに少し不甲斐なさを覚えると同時にあの人見知りのオウカがジンを遊びに誘ったことを喜んでいた。

 オウカの要求にいちいち慌てながらも優しく対応するジンに自然と笑みが溢れた。

 

 ジンとオウカが遊んでいるといつのまにかお昼の時間になった、朝食と同様に皆が席につき食事を始める。

 朝食の時は静かだったオウカは打って変わってジンに色々話しかける。


「あのね!おひめしゃまがこまってたら、おうじしゃまはぜったいたしゅけにくるの!」


「そ、そうなのか。すごいな王子様は」


「うん!しゅごいの!」


 まだ、舌足らずに説明しているオウカにジゲンとルイは顔を見合わせて微笑む。

 

「あう」


 興奮気味に喋っていたオウカが急に黙る。

 不思議に思った皆がオウカに視線を向けるとオウカは昼食の皿をじっと見つめていた。

 オウカの見つめる先に皆が自然と視線を下げると、そこにはリャンピンとうい緑色の野菜があった。

 リャンピンは体にいいとされた野菜ではあるのだが独特の苦味から子供はあまり好かない。

 それを見たルイがオウカにしっかり食べるよう注意しよとしたが言葉が出る前に横からヒョイっとリャンピンが掻っ攫われていく。

 リャンピンを掻っ攫ったジンはポイっとリャンピンを口に入れるとしっかりと咀嚼して飲み込んだ。

 目をパチクリさせるオウカへジンは笑う。


「オ、オウカ今日だけだよ?」


 ジンがぎこちないながらもニコリとしながら始めてオウカの名前を呼ぶ。


「ありがと!にーしゃま!」


 オウカも満面の笑みで初めてジンを兄と呼び、これじゃ注意などできないではないかと困ったようにルイは笑い、ジゲンは何も言わずに嬉しそうにパンを口に運ぶ。

 ジンはオウカの笑顔で心に広がる暖かさをまた感じていた。

 ジンは今まで優しさとは無縁の人生だった。

 断片的にある前世の記憶にそれらしい記憶の欠片はあったが、それは記憶であって体験ではない。つまりジンは今までの五年間で人を思いやるとか、ましてや『愛』などという感情は知識しかなかった。

 だがオオトリ家にきてから何度も暖かく広がる感情に、ジンはこれが優しさなのだと、これこそが『愛』なのだと初めて思った。

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