第83話 贈り物

 ジンは修行を始めてから一ヶ月が経った頃、とある理由でフォルム侯爵家に足を運んでいた。


「ジン・オオトリ様がお見えになりました」


「はい!!」


 気合い十分で屋敷から出て来たのは町娘の服装をしたリナリーだった。


「お待たせしました!」


「いやそれほど待っていないよ」


 優しく笑うジンに自分の頬が熱を持つのをリナリーは感じる。


「どうでしょうか?」


「リナリーは何を着ても綺麗だね」


「あ、ありがとうございます......って違います!町にいる女の子に見えるでしょうか?」


「ああ、問題ないよ」


「よかったです!」


「それじゃ、行こうか?」


「はい!」


 今日はリナリーがジンを戦場に送り出した日にした約束であったデートの日だった。

 正式に婚約したため、なんのしがらみもなく出かけられることにリナリーは心を弾ませる。


「今日はどこに行こうか?」


「あの、私御屋敷からあまり出た事がなくて」


「俺もあまり出歩くタイプではないけど、そうだな......そうだ!リナリーからリボンを貰ったし俺からもリボンを贈ろうかな?」


「本当ですか!」


 リナリーの花が咲くような笑顔にジンは胸を押さえて悶える。


「ジン様?」


「ああ、ごめんごめん破壊力が想像以上で」


「破壊力ですか?」


「いや、いいんだ気にしないでくれ」


 そう言うとジンは左手をリナリーに差し出す。


「では、出発しようか」


「はい!」


 リナリーはその手を掴むと二人は商店街へと繰り出して行く。

 あらかじめ、キリルからジンが側に必ずいるなら護衛は要らないと確約していた為、今日は完全に二人だけだ。

 ジン達は途中途中リナリーが興味を引いたものを一緒に物色しながら商店街を進んでいく。


「ジン様!これはなんでしょうか!」


 リナリーの嬉しそうな顔にジンは頬の緩みが止まらず丁寧にリナリーが気になった物を答えていく。

 そんなことをしているとあっという間に目的地の仕立て屋に着く。


「ここは?」


「ここは母上御用達のところでね、和装を多く取り扱っているんだよ」


「和装?」


「んーなんて言ったらいいかな?こっちの地域じゃ珍しい服装かな?」


 ジンはどう説明していいかわからずそう言うと店へと足を踏み入れる。


「いらっしゃーい」


「どうも」


「あら!ジン坊ちゃんじゃないですか!お久しぶりです!いつもお世話になっております」


「久しぶり」


「今日はどうしたんです?ルイ様のお使いですか?」


「いや、今日は私用でね。この子のリボンを買いに来たんだ」


「はあ」


 店に入ると途端にリナリーはジンの後ろに隠れてしまったので店主である女性からは見えなかったのであろう。

 ジンはリナリーの名前を優しく呟いて前に出させる。

 

「あらまぁ!これは別嬪さんだこと、坊ちゃんも隅に置けないねぇ」


 リナリーはいつもは高位貴族としての振る舞うことで表には出さないが、それを脱ぎ去ってしまえば割と人見知りをするタイプなのだ。


「あ、あのはじめまして!」


「はぁーい、はじめまして。店主のヨシコです」


「リナリーでしゅ!」


 ニコニコと対応するヨシコにリナリーも返すが盛大に噛んでしまって顔を赤くする。


「あらあら」


 その姿にヨシコもジンも顔が緩み切ってしまうがリナリーに避難の視線を貰いジンが咳払いでその場をリセットする。


「ゔゔん!それでヨシコさん今日は彼女合うリボンを探しに来たんだけど」


「そうだねぇ、リボンって言ったこっちの方にあるけど?」


 ヨシコが指差した先には色が幾つかあり、更にはその色に合った花の刺繍がしてあるリボンが幾つか置いてあった。


「綺麗......」


 ぽつりと呟いたリナリーにジンはこれにしようと考えどれを贈るか悩み始める。


「これにしようかな?」


 ジンが選んだのは青に近い紫色の桔梗ききょうが刺繍されたリボンだった。

 ジンが指差したリボンを穴が開かんばかりに凝視するリナリーにヨシコが笑いながら提案する。


「試しに巻いてみるかい?」


「はい!」


「じゃ、坊ちゃん後ろを振り向いて耳を塞いでてください」


「え?なんで?」


「女の子の晴れ姿なんですから終わったら感想を聞かせて貰う為ですよ!付けるところを見てたら感動が薄れちゃうでしょう?」


「そ、そうか」


 そう言われて後ろを振り向き耳を塞ぐジンは、耳に手を当ててから、ふと思う。


(耳まで塞ぐ必要ってなんだ?)


 よくわからないが女性のこう言ったお願いは袖に振ると後で痛い目を見る事はルイやオウカで知っている為、ジンは大人しく従う。

 しばらくして肩を叩かれたので後ろを振り向くと、リナリーの腰まであるホワイトブロンドに付けられたリボンはその存在を主張しつつリナリーの生来の気品を損なわないその姿はまさに天女と言っても良かった。

 ジンはリボンひとつでここまで心が揺れるとは思っていなかった為固まってしまうが、すぐに現実に戻る。


「すごく、綺麗だよ」


「ありがとうございます」


 リナリーはジンが振り返った直後から顔を真っ赤にしていたがさらに耳まで朱に染めてお礼を言う。

 こうしてジンとリナリーのデートは大成功を収めたのだった。

 それから帰り道も幸せな時間が続き自宅に送ってもらったリナリーは寂しさはあれど、しっかりとジンとお別れをして屋敷に入る。

 帰宅早々、自室のベッドに飛び込み足をバタつかせて喜ぶリナリーはジンと行った仕立て屋でヨシコにリボンをつけてもらっている時の言葉を思い出す。


「リナリーちゃん、花言葉ってしてるかい?」


「花言葉ですか?知ってます」


「それじゃこの桔梗ききょうの花言葉は知ってるかい?」


「いえ、わからないです」


「そうかい、これの花言葉はね?」


 “変わらぬ愛”


 リナリーは満面の笑みでしばらくベッドで足をバタつかせるのだった。

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