第161話 擦り合わせ

 ジンはデディが落ち着くのを待って気になることを聞く。


「そっちの事情はわかった。お前がみんなの前で謝れない理由もな、けどヴァーレンハイト王は何もしなかったのか?」


「何か急に距離が縮まったな」


「うるさい、余計なこと言うな」


「すまん、ヴァーレンハイト様はこのことを知らない。先生が罪を擦りつけたことを抗議をしなかったのもあると思うが」


「抗議しなかった?」


「......レナシー様がいらっしゃったから」


「レナシー......レナシー・マーチンか?」


「知っているのか?」


「ヴァーレンハイト王がその人が魔法という技術が知りたいなら気に入られろって」


「ヴァーレンハイト様が?......だがそれは無理だ」


「無理?」


「聞いてないのか?」


「何を?」


「そもそも魔法は女性にしか使えないんだ」


「なに!?」


 ジンはデディの言ったことに驚くと同時に、ヴァーレンハイトに弄ばれたことを理解する。


(くっそ、あのイケメンオヤジ、謁見の時のこと根に持ってやがったな)


「......大丈夫か?」


「あ、大丈夫だ。問題ない」


「そ、そうか?」


「ていうかレナシー・マーチンてのは何者だ?それに魔法は女性にしか使えないってどういう事だ?」


「レナシー様は先生のお孫様だ」


「だからか、家名が違うのか」


「そうだ。そして先生が無実を主張できなかったのはジョナサンにマーチン子爵家ごと人質になることを懸念したからだ」


「誰からそれを聞いたんだ?」


「先生本人さ」


 そこからデディはガーネーム伯爵との最後の会話を思い出しながら、話始めた。


「先生!なぜ無実を主張しないんですか!明らかにこれは」


「デディ!」


 デディはガーネームと面識があるとして特別に面会できていたが、ガーネームを牢から出すことはできないと、地下牢で面会していた。

 つまり、ガーネームとデディの間には鉄格子があったのだが、ガーネームはデディが言いかけたことを最後まで言わせないようデディの胸ぐらを掴んで鉄格子に引き寄せる。

 一瞬、二人いるうちの一人がガーネームを止めに入ろうとするが、もう一人の兵士がそれを止める。

 ガーネームは兵士が止めに入らないことを確認するとデディにしか聞こえないほどボリュームを下げてデディに喋りかける。


「すまん、デディ。娘夫婦と孫にジョナサンの目が向くことを避けたい。頼む!」


 そこまで言うとガーネームはデディから体を離した。

 体が離れたデディは、数秒話を理解しようと突っ立ったままだったが、すぐにガーネームに視線を合わせる。


「先生.......それでも!」


「デディ!ここで何を騒ぎ立てても何もできない。時は今ではない!......すまない。どうかわしの最後の頼みを聞き入れてくれんか?」


「先生」


 デディは涙を流し頷くことしか出来なかった。


「苦労をかける」


 デディが見たガーネームの最後の顔は心から申し訳なさそうな笑顔だった。それから三日後、ガーネーム伯爵は処刑されたのだった。

 デディが語り終えると、ジンは口の前で手を組む。


「辛い話をさせた。すまん」


「いや、大丈夫だ」


「最後に現状を聞かせてもらってもいいか?味方はいるのか?敵はジーゼウスだけか?」


「敵はジーゼウスのジョナサンとその腰巾着になったトロージャン子爵、ネイサンは事情は知らないと思うが、俺に何か怪しい行動が有れば報告するように言われているだろう」


「ガーネーム伯爵の弟子だったなら相当警戒しているだろうな」


「ああ、俺がどこまで知っているかジョナサンたちが知らないことだけが俺の持つアドバンテージだと思う」


「味方は?」


「マーチン子爵は全て知っておられる。それとレナシー様、それともう引退しているが、元騎士団長であったゾルドバーグ伯爵が味方と言えるだろう」


「元騎士団長?」


「ああ、先生とは旧知の中でな、マーチン子爵を通して協力してくださっている」


「そうか.......勝てる見込みは?」


「ある。と言いたいが正直わからない。ジョナサンは先生が非人道的な実験をしなくていいと言う事に気づいたから早急に先生に罪を擦りつけたと俺は見ている。相当雑な作業になった筈だ。そこに何か糸口がある筈だ。そして今日その話をするためにマーチン子爵の屋敷にて夜、集まる事になっている。その場に貴殿も来て欲しい」


「なるほど、そこでレナシー・マーチンについて教えてくれるってことか?」


「会った方が早い。あの方はそう言う方だ」


「......そうか、わかった。それより夜に姿を晦まして大丈夫なのかよ?」


「問題ない。夜、俺は普段部屋から一歩出ないし、俺の部屋に来る者は絶対にいない。それに伯爵のおかげで俺の見張りはそれどころでは無くなるらしい」


「なるほど、抜かりはねーか。いいんだな?昨日今日会った、それも隣国の留学生なんかにそんな大事な話をして」


「もう、後の祭りだ。もし貴殿が裏切ることが有れば、それは俺の見る目がなかったと言うことだ。この命に変えても始末は俺がつける」


 ジンはデディの目を数秒見つめて頷くと、立ち上がる。


「詳しい場所と時間は後でメモかなにかで渡せ、流石に時間を使い過ぎたらしい」


 ジンがそう言うと、教室の扉が開き、ネシーが顔を覗かせる。


「貴方達!こんな所で何をやっているの!二時間目の先生から貴方達が戻って来ないと」


 ネシーがそこまで言いかけた時、ジンはデディの顔面を殴り飛ばす。


「ぐふ!」


 デディは突然の事に何が起きたかわからず吹き飛ぶと乱雑に置かれた椅子や机を巻き込んで倒れる。


「ジン君!?」


 デディも驚いたが、それ以上に驚いたのはネシーだった。

 デディはなんとか立ち上がると、ジンの目を見て察する。


「文句あんのか?だったらやり返してみろや、腰抜け!」


「貴様!!」


 次はデディがジンを殴り飛ばし、ジンはその勢いのまま、壁に吹き飛び鈍い音が出る。

 そこから二人は子供のように取っ組み合うが、それを見ていたネシーがポカンとした表情から、正気を取り戻し、二人を止めに入るのだった。

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