第160話 弟子の矜恃
ジンはデディの言葉を聞き返す形になってしまったが、仕方が無いだろう。まさかそんな話の流れになるなど想像もしていなかったのだから。
「すまない。なんの脈絡もない事はわかっているんだ。けれど俺の勘が言っているんだ、そうするべきだと」
「勘て」
ここで、はいわかりましたと言える人間はそうはいないだろう。そもそも友達になってくださいなんていう人間もごく少数だ。
だが、ここで嫌ですなんて答えが出せるほどジンは冷徹ではない。友達になりたいとは少なくとも好意的に見ているという事。先程流れからなぜそうなったかジンにはさっぱりわからなかった。
とりあえずジンは話を長引かせる方向に転換する。
「もしそういう話を気にしているなら、さっき君に謝ってもらった事の全てを俺はなんとも思っちゃいない。なんで急に友達どうこうに話がいくんだ?」
デディは少し黙ると、振り返る。
「授業をサボらせてしまって申し訳ないが、付いてきてくれるだろうか?」
「あ、ああ」
またしてもジンが、デディの後を追うとすぐにある教室の前で止まり、教室に入る。
「ここは空き教室でな、今まで食事などもここで取っていたのだが、誰も来たことがない。言わば忘れられた教室だ」
デディはそういうと、空いている椅子に座る。ジンも座るよう促す。
ジンはデディの正面に座ると、デディはすぐに話を始めた。
「俺は知ってるかも知れないが、ジーゼウス公爵家の次男だ」
「え!?」
「なんだ、知らなかったのか」
「すまない。いや、すみませんでした」
「いや、今までどおりでいい、ここは学園だし、何より俺が嫌だからな」
「そ、そうか?わかった。すまん、そういう話には疎くて」
「構わんさ、それでは一つ一つ順を追って説明する」
「ああ」
「まず、昨日の件。貴殿に絡んだのは俺の兄だ。兄と俺は両親の違う双子でな昨日も一緒にいたというわけだ」
「両親の違う双子?」
ジンは言葉の意味がわからず、聞き返す形になる。
「元々俺の父がジーゼウス公爵家の当主だった。だが十二年前、まだ北の大国デルと不可侵条約を結ぶ前の話だ」
ジンはホイル王国とデル王国が不可侵条約を結んでいることは知っていたが何年前にそうなったかは覚えていなかった。
「デルは帝国と戦争をするのに有利に働くホイル王国のレイテ要塞を手に入れるために侵攻してきた。その時迎え撃つホイル王国の総大将が俺の父であるジョワソン・ジーゼウスだった。当時俺は三歳であんまり覚えていないんだが、父の背中の広さだけは覚えている......結果としてはレイテ防衛は敵わなかった。こちらは三千に対してデル王国の兵は一万五千、叶うわけもない」
「一万五千!?」
ジンは先の戦争で三万を経験してはいるが、まさか万の兵を動かす戦争がそれよりも前に起こっていたことを知らなかった。
「レイテ防衛の話は他国にあまり漏れないよう、情報統制をしていたらしいからな」
「そうなのか、でも一万五千て」
「それだけデル王国にとってレイテ要塞は帝国との戦争で役に立つという事だろう。現にデルが落ちないのは背後のレイテと我らが王であるヴァーレンハイト様とデルの王であるゴルロア・ジェラスとの仲がいいからだ。まぁ仲がいいと言ってもベータルのディノケイド様のような友人というわけではなく。帝国という共通の敵の元、建前的な交友関係だがな。帝国も背後を気にしての戦争は骨が折れるだろう」
「なるほど、それで?」
「脱線してすまない。レイテを守り切れなかった俺の父は部下たちと運命を共にした。俺はそのことを誇りに思っている」
「なるほどな」
ジンはデディの話を聞いて、部下の大半を失っていながら今も尚、生きているジンが気に入らなかったんだと察した。
「その父と貴殿を重ねて、勝手に怒りを抱いていた俺は幼稚であり、馬鹿者だ。改めて謝罪させてほしい」
「それはもういいよ。謝罪はさっき受け入れた」
「ありがとう。話を戻すと父が戦死したことでジーゼウスは当主を失うことになった。父が亡くなってからは母が家を守っていたが、心労は相当なものだったのだろう、一年もしたころ病に倒れてな、そのまま逝ってしまった」
「......そうか」
「それでもジーゼウスは公爵家だ。当時四歳の俺が跡を継ぐことに貴族に間では大きな波紋を呼んだ。その結果、分家であり、俺の叔父でもあるジョナサンが跡を継ぐ事になった」
そこでデディは今までほとんど表情に動きがなかったのだが、一瞬ものすごく顔を歪ませて、口を開く。
「何もわからなかった俺に、養子契約をしてな」
「養子契約?」
「その結果ジョナサンの養子に入るということだ。それを当時の俺は受け入れた。つまりジョナサンはジーゼウス家を乗っ取ったということだ」
「それは.......」
「わかっている。自業自得ってことは、でもそれでもよかったんだ。俺は野心なんかも無ければ公爵家としての何かを教えてもらう前に父も母も逝ってしまったからな」
「そうか」
「そして俺よりも半年早く生まれた、従兄弟であるネイサンは俺の兄になったということだ」
「なるほど、それで?今のところ俺は君の過去しか聞いていないが?」
「そうだな。昨日貴殿に兄が絡んだのは単純に留学生である女性二人が美しくその婚約者である君に敵対心を抱いていると言ったところだろう」
「なるほど、そういう話なら慣れてる」
「そして今日君に俺が絡んだのは、浅い知識で君を非難した」
「ああ、それもオーケー」
「そして皆がいる前で君に謝罪できないのは」
「ネイサンの目があるからか」
「ああ」
「んー、話の流れはわかった。でもネイサンの目があるなら俺とは関わらない方がいいんじゃ無いのか?」
「......」
ジンの最もな意見にデディは黙ってしまう。
「ここからは他言無用で頼めるか」
「ああ」
「貴殿は最近、我が国で発見された最新の技術を知っているか?」
「!......魔法か」
「そうだ。ガーネーム伯爵が発見した技術だ」
「ああ、非人道的な実験の末に実現したとか」
「......そうだ、魔法は多くの人々の命の代償に立証された」
「飛んだマッドサイエンティストがいたもんだな」
「そうじゃない!!」
ガタっと音を立てて椅子から立ち上がるデディにジンは驚いてしまう。
「あ、すまない」
「い、いや。何か裏があるのか」
「......」
デディは黙ってしまい、話の続きを話すべきかどうかを葛藤していたが、覚悟を決めたようにジンと視線を合わせると口を開く。
「確かに、ガーネーム伯爵は魔法を作った......けれどそれは理論上ではだ」
「理論上では?」
「そうだ。理論上、魔法は可能であると。だが、それを立証するにはやはり人体実験をせざるを得ない。だが、ガーネーム伯爵はそれが多くの犠牲者を出すことを懸念して、他の方法を探していた」
「見てきたように言うな」
「俺はガーネーム伯爵の.......先生の二番弟子だからな」
「.......まじか」
「そんな時だった。ジョナサンが共同開発者として名前を残してくれるなら資金を出すと名乗り出たんだ」
「......」
ジンは黙ってデディの話を聞く。
「最初は先生も渋っていたんだが、俺の実家ということと、非人道的な実験をしないための出資だとそう言ったジョナサンに追い込まれていた先生は頷いたんだ。最初は何も言ってこなかった。けれど一、二ヶ月した頃だった。ジョナサンは自分たちも何か力になりたいからと資料の提供を打診してきた。俺はそれに反対したんだが、先生は信用しなければ前には進めないかも知れないと......そう言って資料を提供したんだ」
デディは椅子にどかっと座ると俯いてしまう。
「ジョナサンは、叔父は裏でその資料をもとに非人道的な実験を始めたんだ。やっとだったんだ。やっと人道的な方法を先生が思いついたのに、奴らは......奴らは!!」
デディは俯いたまま目の前の机に拳を叩きつける。
「奴らは、その実験の全責任を先生になすりつけやがった!剰え、それを密告した自分を正義の味方と偽って!」
ジンはデディを見つめて何も言わなかった。
「結果、先生は処刑された。最後まであの人は馬鹿だった。自業自得だと笑って、自分が陥れられたことに何も言わず、剰え自分は大罪人だと言って、実験の中で死んでしまった人たちに申し訳なさそうに......あの人は馬鹿だ」
デディは震える身体で、ガーネーム伯爵を馬鹿だ馬鹿だと言い続ける。
ジンはその姿を見てゆっくり口を開く。
それはもう相手を挑発するように。
「相当の馬鹿だな。ガーネーム伯爵って言うのは、人の善意を信じてそれを裏切られた、自業自得だろう」
ジンがそう言うとデディがバッと顔を上げて、これまでにないほどの怒りを含んだ目でジンを睨みつける。
「お前に!」
「なんて言うやつはぶん殴っていい」
ジンはデディの言葉を遮る。
「お前は尊敬しているんだろう?その先生を......なら、間違っても馬鹿だなんだと言うな。人に言われて怒りを覚えるならそんなことは言うな」
「ジン殿.......」
「師が世界の誰に何を思われてようとも最後まで信じてやるのが、胸張って尊敬してるって言ってやるのが弟子の務めだ。間違っても蔑むような言い方をするな。それは違うやつに取っておけ」
ジンはそう言うと立ち上がる。
「裏切られるのは自業自得?んなことあってたまるか、裏切る奴が悪なんだ。人の善意を利用して私欲を肥やす奴が悪なんだ。だから胸を張れよ。お前の先生は人を信じて死んだんだ、かっけーじゃねーか。人を恨むことをしなかったんだ、立派じゃねーか。だから師がやり残したことをやってやんのが弟子の務めだ。お前は何を望むんだ?」
「......名誉を、俺の......心から尊敬する、先生の名誉を取り戻したい」
「オーケー、師を持つ弟子として、たとえ師は異なろうとも、師の尊厳を取り戻そうとする同士に助太刀しよう」
「ジン殿......」
「もしそれが叶ったらなら、その時俺たちはもう友人だろう?」
「ああ、ああ!心から感謝する」
デディは流れ出る涙を拭くことも忘れて頭を下げるのだった。
ジンはその涙を見て思う。おそらく幼くして両親を失い。家名すら失ったデディにとって、ガーネーム伯爵が父親のような者だったのだろう。
ジンは涙を流すデディを信頼してみようと思った。いくつか聞きたい点はあるが、それでも今聞いた話に嘘はないとそう思ったからだ。もしこれで裏切られても、それはそれでいいと思うのだった。
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