第149話 弱兵
それから数日が過ぎ、ジンたちは留学のために馬車の前に集合していた。
「んじゃ、行ってくる」
出発が早朝のため、見送りはロイとエドワードだけだった。
「ああ、楽しんでこい」
そう言うと、ロイがスッと顔を近づけて声のボリュームを落とす。
「治療魔法の件、頼んだ」
「まかせろ」
こうしてジン、リナリー、ノア、イーサンの4名はホイル王国に向かうのだった。
それから四人はいつものように、他愛無い話を馬車の中で展開しながら一日目が終わる。
一週間の旅路であるが、毎回街ある宿屋に泊まる予定となっており、一日目は何事もなく終わったのだが、問題は二日目に起こった。
「ジン、折行って話がある」
「なんだよ、改まって」
「ジンはそう言う経験あるか?」
「そういうって?」
「つまり、男女の関係だ」
「え?そりゃお前、俺はリナリーと今はノアとも婚約しているが、それはお前も知ってるだろう」
「そう言う意味では無い。つまるところ大人の関係というものを経験したことはあるかという話だ」
「大人って、え!いや!それはない!だってそれは結婚の後の話だろう!」
「そうか、少し小耳に挟んだのだが、ある貴族が婚約者と初めての時に大きな失敗をしたらしい」
「え?」
「それはもう、人には到底言えない失敗だ。それからというもの結婚した女性との関係は悪化。最終的には他に男を作られるまでに至ったとか」
「なんだその、どうしようも無くふわっとした話は」
「俺の叔父さんの話だ」
「いや、実話かよ。なんだよさっきの前置きは」
「それ以来、叔父さんは領地に引きこもり、うちの祖母や父は何度も縁談を持って行ったのだが、とうとう叔父は姿を晦ましてしまった。これはうちの中でも触れてはいけないタブーとなった」
「まじかよ」
「百年の恋も一度の失敗で全てが台無しになってしまう。それがまだ幼少だった俺の大人の行為に対する認識だった」
「......」
「そこでだ」
「なんだよ」
「大人の店に行こう」
「はい?」
イーサンはそれはもう今までにないほど真剣な顔でそう言うと、ジンに詰め寄る。
「考えてもみろ、俺たちはそっちの分野じゃ弱兵。いやもはや何もできない市民と言ってもいい。そんな俺たちに必要なのは、訓練と経験だ。確かに少し女性達には不誠実のことかも知れない。だが、そう言うものは男がリードするのが貴族の慣し。結婚後の安寧を求めるならその訓練と経験は、必ず俺たちの味方になってくれるんじゃないか?」
ジンはイーサン以外の話なら笑い飛ばしていただろう。だが、イーサンは良くも悪くも実直で真面目。自分がそういう行為をしたいからという理由でもない。
冗談でこんな話をする奴でないことはジンが一番理解していた。
だからジンも笑い飛ばすことができずに黙ってしまう。
そんな二人の会話に参加する者がいた。
「隊長」
二人はビクっとして部屋の隅に視線を移すとそこにはガオンが立っていた。
「ガオン」
ガオンはジゲンやロイとの連絡役として秘密裏についてきており、リナリーもノアもイーサンも暗部の者が付いてきている。これは暗黙の了解で、貴族として当然と言えば当然だった。
「最近、俺もそのことに悩みがありまして」
「なに?」
「先駆者として言えることは、自分がどうすればいいか、その場に立った時、何も知らない人間はどうしようもなく無力であるということです」
「ガオン.......」
「俺は......いまだに自分が失敗したかもわかりません」
ジンはこの時、ガオンの悲痛な言葉に本気でそのことを考え始める。
ジンには前世の記憶があり、そう言った行為は男として他の記憶よりは鮮明に覚えている。が、それはジン自身が体験したというよりも知識として記憶しているだけに過ぎない。ジンは自分の中で少しずつ大きくなる不安感に本気で考え始まる。
「どうするジン。俺はガオンさんの話を聞いて確信した。俺たち市民には確実に訓練が必要だ。そしてそういう店で働く女性は言わば歴戦の猛者。教えを乞うには適任じゃないか?」
「......だが、やはり不誠実では」
「そのことは百も承知だ。だがこう考えてみろ。つまりそういう行為をするから不誠実なんだ。教えを乞う。その過程でそう言った行為をしなければいいんじゃないか?つまり授業だけをしてもらえばいい。俺たち市民にはそれだけで一つの財産になる」
学園では二年に進級すれば、自ずとそう言った授業もあるのだが、ジンたちはそれを知らなかった。
「......なるほど、でもそれを内緒で行うこと自体が不誠実なんじゃないか?」
「......確かにな。仕方ない、今回は俺だけが行ってくる。帰ってきた時その情報を共有しよう」
「イーサン」
「お前に立場があるのはわかっている。友として当然のことさ」
そう言うとイーサンはスッと立ち上がり。憂いを見せることなく部屋の唯一の出入り口へ向かう。
一歩一歩、イーサンがそのドアに近づいていく中、ジンは尚も考えていた。
(イーサン一人に行かせていいのか?それが友として正解か?確かにリナリーとノアに不誠実な行動ではある。だが、俺の身を案じて提案してくれたイーサンを一人、戦地に赴かせる。それが友として、一人の男して果たして胸を張れるだろうか?)
ジンはイーサンがドアノブに手をかけた瞬間立ち上がる。
「イーサン!」
ジンの言葉にイーサンはドアノブに手をかけたまま振り返る。
ジンは立ち上がりイーサンに近寄ると、肩を手を置く。
「俺も行く」
「ジン.......」
「すまん。俺はお前に全てを背負わせて逃げるところだった。俺はお前の友として、戦友として、覚悟を決めた。行こう!俺たちの明るい未来のために!ガオン」
「お供致します。隊長があるところが俺の居場所ですから」
「ふっ、そうか、では行くか。俺たちの戦場に」
そう言ってイーサンがドアを強く引いて開けると、ドアの前には笑顔を貼り付けたリナリーとノアが立っていた。
「どこに行かれるのですか?」
「「「いいえ、どこにも」」」
この日からジンとイーサンはホイル王国に着くまでリナリーとノアにことある事にチクチクとこの話を蒸し返されるのだった。
「ミシェルさんには私から言っておきます」
「お、お待ち下さい!ノア様!それだけはどうか!どうか!」
「反省してください」
ノアは例の一件からミシェルと仲良くなっており、その結果ガオンは本国に帰還した後は地獄への直通が決定した。ジンは気の毒に思ったが、今自分が動けば焼け石に水であることは明白だったので、苦渋の決断でガオンを切り捨てる。
こうして一行はホイル王国に到着するのだった。
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