第212話 清廉
ジンはレイラと屋上で話したその日にある場所に訪れていた。
「気が重い......」
ジンが見上げる城と見紛うほど大きな建物の前に来ていた。
「でけぇ」
ジンの背丈を悠に超える門が物凄い音を立てて開いていく。
ジンが門をくぐると、殆ど気配を感じなかった場所から執事服に身を包んだ高齢の紳士が現れ、頭を下げる。
「いらっしゃいませ。主人からお話は伺っております。どうぞ此方に」
紳士に誘われて後ろをついていくジンは一つ場違いな思いを頭の中で呟く。
(でかい家の執事はなんでみんなこうも実力者ばかりなんだ?)
紳士の足取りは明らかに武を修めたもので、オオトリ家ののほほんとしたジャスを思い出すと懐かしくて何故か涙が出そうになった。
そんなジンを他所に紳士は迷いなく歩みを進めて一つの部屋の前に着く。
「旦那様、ジン・オオトリ様がいらっしゃいました」
「入れ」
ジンが開けられたドアの中に紳士を横切り入ると初対面の男性がジンを歓迎する。
「ようこそ、アーデウス家へ、当主のユークリウス・アーデウスだ。ご足労感謝する」
「とんでもございません。お招き頂きありがとうございます」
ジンはレイラと話したその日にアーデウス家から招待状を受け取り、アーデウス家に訪れたのだった。
ジンはユークリウスに着席を促され用意されている椅子に腰掛ける。
「急な呼び出しで申し訳ない」
「謝って頂くほどのことでもございません。私も閣下とは一度、お話したいと思っておりましたので」
「そうか、それは嬉しいことを言ってくれるな」
ユークリウスはそう言って朗らかに笑うと、執事である年配の紳士に言って紅茶を用意させる。
「遠慮はいらん。寛いでくれ」
「お気遣いありがとうございます」
ジンは用意された紅茶を所作に注意を払って口に含み飲み込む。
ユークリウスも同じように紅茶を飲むと、数秒の間が開き口を開く。
「さて、紅茶も嗜んだところで本日君を招いたわけを話そうか」
「......」
「まぁ、察しているとは思うが、うちの娘のことについてだ」
ジンはユークリウスの言葉に無言で頷く。
「日輪祭での件は本当に助かった。君の評判と名誉を懸けてあの子を庇おうとしてくれた事、最大限の感謝を」
ユークリウスはそう言って頭を下げる。一国の公爵が頭を下げたのだ。
ここで大したことはしていないなどと否定すればユークリウスに失礼である事をわかっているジンは同じように頭を下げる。
「有難いお言葉です」
そう言ったジンに満足そうに顔をあげたユークリウスは本題に入る。
「そんな君にだ。あくまでも娘を助けようとした言葉だったしても、男として一人の女性に婚約を申し込んだのだ。今更、あれは無かったことにしてくださいなどとは言わんよな?」
「うっ!」
ジンはユークリウスに先回りされた事で苦しそうに喉を詰まらせる。
今日ジンがここに来たのは、そのことを伝えるためだ。
確かにレイラには少なからず好意はある。だが先の行動は下心などではなく、あくまでレイラの今後を考えての行動で、ジンは婚約というところ迄は考えていない。だが、ユークリウスはそれを恐らく知っていてジンの退路を絶ったのだ。
「それにつきましては、今後お互いにお話できたらと」
ジンもここで、はいそうですね。などとは言えない。
ジンは現状オオトリ家の長男と言う立ち位置ではあるが、オオトリ家を継ぐことはできない。
何故ならリュウキがいるからだ。ベータルでは貴族の養子はよくある話ではあるが、もし直径の後継者がいる場合、大きな問題が無ければ必ずと言っていいほど直径が跡を継ぐ。
それでは今まで養子ではあるが後継者として育てられた者はどうなるのかと言う話があるが、この世界の人権など貴族が好きなように決められる。つまり知った事ではない、なんならここまで育ててやったのだ、ならばそれを受け入れろと言わんばかりにほっぽり出される事もある。
ジンに関して言えば、それはあり得ないが、ジンもリュウキがオオトリの跡を継ぐことに関して特に異論は無く。まだジゲンと跡取りについて話したわけではないが、ジン自らオオトリの跡継ぎはリュウキが担う物と考えていた。
そうなってくるとジンはハッキリ言って現状なんの爵位も持たない、将来性も大してない一貴族の子供だ。
そんなジンがベータル王国侯爵家の令嬢であるリナリーと婚約者であること、さらには周辺諸国の覚えもあるセレーネ伯爵家の養女であるノアと言う、中々に知名度と爵位を持つ二人と婚約しているジンは世界広しと言えど中々に異常だった。だが、これは自分が将来結果を残せば文句もでないと考えていたが、現状ここに隣国の公爵家令嬢との婚約など誰が許すと言うのか?
ジンは考え無しではない。気持ちと言う話をするならレイラと婚約する事が嫌なわけでない。リナリー達には試合前、その件は伝えた。ごく僅かな可能性も全てだ。それでも彼女達は仕方がないと受けれてくれたし、ジンも男だ。もしレイラが慕ってくれるなら自分の全てに懸けてなんとかしようとも思う。それにノアの一件後、鈍感は周りを傷つけるだけだと知ったジンは相手の所作にそう言った思考があるかを見極める事を取り入れた。だが、それは社会の成り立ちが許さない。
「......」
ジンは考えて考えて考えて、結局正直に言うしかないと腹を括る。
「ユークリウス様」
「どうした?」
「正直申し上げます。私は祖国に帰れば貴族の息子ではありますが、オオトリを継ぐことはないでしょう。そんな私はレイラ嬢は不相応ではないかと具申致します」
「ほう」
「自分も男です。レイラ嬢の想いが好意的であることは認めますし、自分も彼女に対して誠実で在りたいとは思いますが、現状の自分ではレイラ嬢にも延いてはアーデウス家にも周りから後ろ指を刺されてしまう状況である事も事実です。私にはそれを押し通す力も地位もありません」
「ふむ、君がオオトリの長男でありながら、オオトリを継ぐことのできない理由は聞かん。であるなら」
ジンはユリウスの続く言葉を先回りして否定する。
「そして私は、リナリーとノアとの縁を切る気もありません」
ジンが言い切った事で、これまで温かな雰囲気がユークリウスから消え、逆に怒りをが露わになる。
ジンはそれも見越しており、体を前のめりにして口を開く。
「ですから、提案なのですが」
「ほう?」
「どうか時間を下さい」
「時間だと?」
「はい、必ず見合う男になります」
ジンはそう言うと、勢いよく頭を下げる。
「ですから、どうか時間をください。必ず誰からも後ろ指の刺されない男になります」
「大きく出たな」
「......」
ジンはユリウスの言葉か動じず頭を下げ続ける。
「......」
「......」
お互いに無言が続き、数分経っても頭を上げないジンにユリウスは痺れを切らして手を上げる。
「わかった。お手上げだ」
「では!」
「待とう。君も頑固者だな」
「ありがとうございます」
「だが、本当にいいのか?確かに私が君の逃げ道を塞いだわけだが、まだうちの娘と知り合って間もなかろう?」
「......私は、一人の女性に一目惚れをしました」
「ん?」
急なジンの独白に、ユークリウスは手に持った紅茶に口をつける事なく固まる。
「そして一人の女性の強さに心打たれました」
「......」
「そして、一人の女性の......優しさに心惹かれました」
「......」
「私はレイラ嬢の優しさに、気高さに心惹かれました。ですから必ずそれに見合う男になります」
ジンは早い段階でレイラの深層の部分に恐怖が掬うことを見抜いていた。けれどレイラがそれだけに囚われていたなどとはは思っていない。
レイラは確かに最後、達観し諦めていたが、それでも最後までジンを心配していた。あの状況で同じ立場でそれができるだろうか?
ジンにはわからない。けれど自分が絶望の中にいてそれでも人を思いやれるその清廉さにジンはどうしようもなく心惹かれたのだ。
だからジンは言葉にするのだ、必ずと。
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