第211話 価値はない
セイン・ホイルは日輪祭の翌日の夕方、謁見の間に訪れていた。父であるヴァーレンハイトからの呼び出しがあったからだ。
セインは内心、昨日のことを未だ整理できていない。と言うより言い訳できていなかった。
ただ漠然と自分は悪くないと言い訳をして、謁見の間の前に立っていた。
「セイン、ただいま参りました」
謁見の間中から扉の前に立つ騎士の声が帰ってくる。
「お入りください」
謁見の間は通常使う大きな扉とは別に、王族と近衛のみが通ることを許された普通の扉が備え付けれている。セインはそこから自分でドアを開けて入室した。
謁見の間にはヴァーレンハイトと数名の騎士しか居らず、いつも隣にいる丞相すらいなかった。
セインは奥で玉座に座るヴァーレンハイトの前まで歩いていくと、習わしに習って片膝をついて首を垂れる。
「頭を上げよ」
ヴァーレンハイトの言葉でセインが頭を上げると、ヴァーレンハイトは続けてすぐに本題に入る。
「今日お前を呼んだ理由を理解しているか?」
「......日輪祭のことでしょうか」
流石のセインも昨日の屈辱を一度寝たくらいで忘れることは出来なかったし、このタイミングを考えればバカでもわかることだ。
「そうだ。やってくれたな」
「あの余所者に膝をつかされたことは......一生に恥ではありますが!必ずや取り返します!」
「私はそんなことを言っているのではない。お前の婚約者についてだ。よくもまぁ、勝手なことをしてくれた」
セインはヴァーレンハイトの言葉も予想はしていた。
「......御言葉ですが、父上」
「ここでは王だ。そんなこともわからんか?」
「ぐっ、陛下、お言葉を返すようで大変失礼ですが、何がいけないと言うのでしょうか?」
「なに?」
「確かに公爵家との繋がりは必要でしょう。ですが、そんな物よりも奇跡の力を持つローズと私が結ばれる方が、ホイル王国繁栄には最適だと私は考えます」
「......なるほど一理はある」
「であれば!」
「が、その未来はない」
「へ?」
「確かに魔法のその力を持っていると言う奇跡の御業と公爵家との繋がりとを天秤に掛けるのは難しい、一考の余地はあっただろう。だが、それは私が考える事だ。お前が独断で判断する事ではない。お前がもし本当にそのように考えていたなら私に報告するべきだったのではないか?」
「で、ですが!先程陛下もおっしゃいましたように、あれは奇跡の御業、それをおいそれと漏らすのは、そのどうかと」
「浅はかな、それを私が知らないと思うのか?」
「っ!」
「知っていたさ、ローズ男爵令嬢に稀有な能力があることも、お前のこれまでの行動もな」
セインは口をパクパクとさせて固まる。
「それに貴様は外に情報を漏らすのは得策では無いとそう言ったが、日輪祭でこれ見よがしにローズ男爵令嬢の魔法を民衆の面前で公開していたな?言っていることとやっていることが違うのでは無いか?」
セインは最早開いた口が塞がらない。
「だんまりか......今更お前に思慮深さを説く気はない。だが、言ってきた筈だ。王族であれば一里でいい、未来を見つめよと。が、もう既に遅すぎるか」
「お待ちください!陛下!」
「そして、王太子として分を弁えぬ行動は見過ごせぬ」
「待ってください!話をどうか!どうか聞いていただきたい!」
セインはヴァーレンハイトの不穏な空気を感じ取り、何も考えずに、ただ話の流れを切るためにそう言った。
その作戦はどうにか成功し、ヴァーレンハイトは一度黙る。
セインはなんとか話を中断することができたが、ここからどう言い訳をするかと思考を搾る。
そこで、ヴァーレンハイトの性格を思い出した。
ヴァーレンハイトと言う男は利の男だ。
何よりもまず自分、延いては自国の利を重要視する。
それは今まで親子として生きてきた中で確実に言える事である。ならば話は簡単だ。
ローズと婚約することがレイラと婚約することよりも利があると納得させればいい。
簡単な事だ、奇跡の御業を持つローズと、何も持たない生まれだけのレイラ、比べるまでも無いだろう。
セインはそう考えてニヤリと口角を上げる。
「へ、陛下、よく考えて見てください。確かに先程陛下は公爵家との縁と奇跡の御業は天秤に掛けるだけの価値があるとおっしゃいました」
「......」
ヴァーレンハイトは黙ってセインの話を聞く。ヴァーレンハイトが黙ったままなのを、セインは好機と捉えて尚も口を動かす。
「私が保証致します。アーデウス家との縁よりも、ローズと婚約する事で必ずや我が国に利を運びましょう!私の!セイン・ホイルの名に賭けてお約束いたします!」
セインは堂々と言い切るとしたり顔で頭を少し下げる。
ヴァーレンハイトは数秒の沈黙の後口を開いた。
「......セイン」
「はい!」
ヴァーレンハイトは溜めを作ると、声のトーンを落とす。
「貴様がどれだけ自分を評価しているかは今の口ぶりでわかった。が、貴様の価値は貴様が思うより低いことを理解しろ」
「え?」
「貴様の名に賭けるだけの価値はない」
「はえ?」
セインはヴァーレンハイトの言葉にポカンと口を開けたまま固まった。
そんなセインを睨みつけて尚もヴァーレンハイトが捲し立てる。
「貴様は日輪祭の前、私になんと言ったか覚えているか?」
「え?」
「お前が私にこう言ったのだ。日輪祭にて結果を残せば私の願いを叶えてくれ、だったか?」
「......」
「結果はどうだ?」
「......優勝こそ出来ませんでしたが、一年生としては十分いい結果と言えるかと」
「ふむ、まぁそうだろうな」
ヴァーレンハイトは先程の威圧するように重い声色で言う。
「が、貴様と留学生であるジン・オオトリとの会話を私が知らないとでも?」
「!?」
ジンとセインの会話はその場にいたローズ以外は誰も知らない。それをヴァーレンハイトが知っているわけがない。これはカマをかけているとセインは早くなっていく鼓動を無視して冷静に言葉を選ぶ。
「か、彼とは最後の勝負のために少しばかり互いを高め合っただけに過ぎません」
「ほう?」
セインはジンがヴァーレンハイトにあの会話を教えるとは思っていなかった。ジンは自分に対してそこまで執着していないことをセインは感じ取っていたのだ。ジンの執着する対象はあくまでレイラであって自分ではない。そのことをセインはわかっていた。また、ローズがヴァーレンハイトに直接あの会話を教えるというのも考えにくい。
ならば、ここは強気に行くべきと判断したのだった。
「彼とは最後の勝負として正々堂々、お互いを高め合い、最後にはその実力こそ及びませんでしたが、認め合ったと仲だと自負しております」」
セインは堂々と言うが、側から見てあの一戦に高め合いと言えるようなものがなかった事は、武勇を持たないヴァーレンハイトですらわかることだ。
それを堂々と言う目の前の息子にヴァーレンハイトは自分の判断は正しいと思う反面、遅すぎたのかもしれないとすら思った。
「『第二王子である俺がなんでも叶えてやるぞ?』だったか?」
「な!?」
セインは反射的にジンを疑う。ローズが話すことはあり得ないと判断した上で考えられる存在はジン以外いなかったからだ。
だが、それも直ぐに否定される。
「言っておくが、ジン・オオトリでもローズ・ディラスでもない」
「まさか......!」
カマをかけられたのかと恐ろしいことを考えたがそれもすぐに否定される。
「深読みするな。暗部からの報告だ。お前の反応を見るに事実なのだろうな」
ヴァーレンハイトは暗部からの報告を半信半疑だったが、セインの反応で事実なのだと確信する。
「貴様は王族として何をやったか、わかっているのか?」
「そ、それは」
「どうなんだ!」
「っひう、その......王族として特権を行使するのは当然ではと......考えます」
セインはヴァーレンハイトの威圧に咄嗟に本音が出てしまう。
ヴァーレンハイトはその答えに頭を抱えてため息を吐くと、何かを決心したように顔を上げる。
「最早、貴様に言うことはない」
「へ、陛下」
「婚約の自由を寄越せだと?言語道断だ」
セインは手の平をセインに向けて宣言する。
「セイン・ホイル、貴様に王命を言い渡す」
「な、なにを」
セインはなぜここまでヴァーレンハイトが重い声を出しているのかわからなかった。
確かに自分はあの時、恥とも呼べる行動を取ったのかもしれない。けれどそれを知る者はごく僅かだ。であるならそんな事実など揉み消せばいい。王族にはそれをするだけの力は当然ある。それなのに何をヴァーレンハイトがここまで怒りに顔を歪めているのかわからなかった。
「レーダスの帰還と同時に貴様の王位継承権を剥奪する」
「バカな!?」
「なに?」
「あ、いえ、それは些か、あの」
セインはヴァーレンハイトの言葉を素直に認められず言葉を詰まらせる。だが、ヴァーレンハイトはセインの言葉を聞く前に、切り捨てる。
「これは決定事項だ。下がれ」
「お、お待ちください!」
「待たん。私は十二分に待った。もうこれ以上は看過できん。下がれ」
「父上!どうか!もう一度だけチャンスを!」
「諄い。下がらせろ」
ヴァーレンハイトは騎士にそう伝えると立ち上がる。
「待ってください!父上!父上!」
騎士に両脇を抱えられてセインは強引に立たせれ、暴れるが、騎士の力に勝てることなく、騒ぎながら謁見の間から摘み出されるのだった。
この日、この瞬間、ヴァーレンハイトとセインは王族としても親子としても完全なる決別をするのだった。
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