第210話 受け入れる事

 ジンはレイラが泣き止むまで抱きしめていると、ゆっくりとレイラは落ち着いていった。

 そんな中で昼休みの終わりを伝えるチャイムが鳴った事にジンは気づいていたが、何も言わずレイラを待つ。

 レイラはそれから暫くして顔を上げると、ジンにギリギリ聞こえる小声を出す。


「ジン殿、ずまない、みっともない所を見してしまった」


「んな事はない......整理できたか?」


「ああ、ありがとう」


 そこまで言って、レイラはジンとの顔の距離が今までにないほど近づいており、レイラは顔を音速の速さで逸らす。


「すまない!」


 そのあと、ジンから離れると、身なりを整える。その顔は朱に染まっていたが、ジンは気にすることなく、ただ、レイラがスッキリとした顔を見て安心する。


「さて、昼休みも終わったし、戻るか?」


「......ああ」


 ジンは何もなかったように振り返ると、屋上のドアに向かって一歩踏み出す。


「ジン殿!」


 それをレイラに呼び止められて、ジンは振り返ると、レイラは真剣な顔でジンを見ており、ジンも首だけで無く体ごとレイラに向ける。


「本当にありがとう。私は大事な事を思い出せた」


「......そうか」


 レイラの瞳をジンは知っている。もう会えない誰かを懐かしむような、もう会えないことを悲しむような、それでいてどこか清々しい、そんな瞳だった。

 ジンはトールとダイナのことを片時も忘れたことはない。最初こそジンの立場に反発していたダイナ達だったが、戦場と言う特殊な場所でお互いに信頼関係を築き。短い時間の中で互いを語りあったあの掛け替えの無い時間を。


「多分俺たちは......いや、全ての人が誰かと今生の別れをしなくちゃいけない時はくる。それが例え、心の底から憎い相手や、自分にとって掛け替えのない存在であっても、それは間違いなく平等に訪れる。それはどうしようもない程悲しく、信じられない程辛い事だ。でもだからってその記憶を封印して生きて行く事は、そんな人達との優しい記憶まで封印してしまうって事だ」


「......その通りだな」


「思い出して泣いていい。辛いなら嘆いていい。その感情こそが大切な人達が生きていた記憶だからな。それを、その死を受け入れられた時、人は前に進める。その人との大切な記憶と共にな」


「......ジン殿にもいるのか?」


「そら、居るさ。大勢な」


 レイラはその時ジンが学園に入学する前の事を思い出してハッとなり謝る。


「す、すまない!」


「いいって、もう俺は受け入れた。あいつらはいつだって俺と共にある」


 ジンの顔を見てレイラは本当にジンは受け入れたのだと理解する。


「ただな」


 ジンが出口に向かい歩き出した距離をレイラの方に一歩戻り顔を近づけ、レイラの鼻に人差し指で、ちょんと触れる。


「受け入れる事と許容する事は違う。仲間の死を受け入れはしたが、今も、これからも許容する気はさらさらない。俺は俺の全てに懸けて生涯許容しない。だからレイラも覚悟しなよ?」


「え?」


「俺はレイラがどんな状況になってもその死を、別れを許容しない」


「それは......」


「俺は守ると決めたら必ず守る。必ずだ」


 あまりに自分勝手だ。レイラは心の中でそう呟くが、口には出さない。


「これだけは譲れないからな」


 ジンは笑顔でそう言う。

 レイラはその笑顔に狂気すら感じた。ジンの言っている事は、相手の気持ちを考慮していない。それでもジンは関係ないと言う。それはどこか歪で、どうしようもなく勝手だ。

 それでもジンの狂気すら含む笑顔に、可愛いと思ってしまう自分は既に手遅れなのだろうとも思うのだった。

 ジンとレイラが教室に戻ったのは昼休み明けの授業がもう終わりを告げる時間だった。

 二人が教室に入ると全員の視線が二人に向くが、ジンは特に気にする事なく自分の席の前に来ると、教師に寝過ごしたと頭を下げて報告し、レイラも同様の行動をした。

 そんなわけはないのだが、教師は二人に関わることを避けたかったので、特に追求することなく了承し、二人を座らせた後、授業を再開するのだった。

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