第209話 心の奥底

 レイラはジンの言葉に明らかな動揺を見せる。

 ジンはこの時レイラの本質を殆どわかっていた。


「わ、わたしは......」


 何か言わなければと口を開くレイラだったが、次の言葉が見つからずに黙ってしまう。

 ジンはそんなレイラを見て優しい口調で言う。


「レイラ、ゆっくりでいい」

 

 ジンと目を合わせて、数秒レイラはジンと目を合わせたまま、ポツリポツリと言葉を発していく。


「私は、ただ、自分が情け無くて......どれだけ、虚勢を張ったところで......あの頃と何も変わらない......只々、恐怖心を抱くばかりで......私は、こんな私が......情けなくて」


 レイラは語り出す中で言葉と共に涙が流れ出る。そして急に笑い出す。


「ははは、そうだ、その通りだ!何が未来の妃に見合う努力をしてきただ!何が一番大事な物はセインの気持ちだっただ!違う!違う違う違う!私はただ怖かっただけだ!自分の恐怖心から逃げていただけだ!......何を言い繕ったところで、私はただ情けない、滑稽な子供だ」


 レイラは一頻り笑い泣くと、顔を伏せ静かになる。その姿はあまりにも痛々しかった。

 ジンはそれを黙って聞く。

 

「......わかっただろう?こんな私に手を差し伸べる必要はない。妃になると言う建前を使い、恐怖心から逃げ、打算的に物を考える。武術や知識をいくら詰め込んだところで私は......醜い女だ」


 レイラが黙るのを確認して、ジンはレイラの自虐的な物言いにはっきりと割って入る。


「それの何がいけないだ?」


「え?」


 レイラはジンの言葉に伏せていた顔を上げる。すると自然とジンと目が合う。


「恐怖心から逃げる事が悪い事なのか?」


「それは、だって」


「確かに恐怖心と戦わなければいけない場面は多々ある。例えばそうだな、戦場が俺の知る中で一番そう言った場面だろう。戦場で恐怖心からただ逃げるだけになれば、それは死を意味する。おかしな話だがな、死という恐怖から逃げれば死ぬ。それが戦場だ。だから戦わなければならない。勘違いするなよ?別にがむしゃらに立ち向かえって意味じゃない。恐怖心と戦い折り合いをつけなければいけないってことだ。けれどレイラ、君のそれは違う」


 ジンはレイラに一歩近づく。


「恐怖の全てと戦う必要なんかない」


 レイラはジンから一歩距離を取る。


「恐怖心が君を蝕む本当の理由か?確かに恐怖心は君が自分を責める一つの理由ではあるだろう。けれどそれが全てじゃない筈だ」


 ジンは更に一歩前に出る。


「俺が肯定しよう。その恐怖心からは逃げてもいい。君は自分のできる全ての努力をしてきた。打算的の何が悪い?全世界須く、人間は打算的だ。滑稽な子供?醜い女?そんな言葉は君を形容する言葉じゃない......君がどう思おうと、周りが何と言おうと、俺が君の全てを肯定する」


 レイラは一歩一歩近づくジンから距離を取るのをやめて立ち止まる。

 そうなればジンとの距離は近づいていき、とうとう手を伸ばせば届く距離までジンは近づいた。

 ジンはレイラの雰囲気を察して詰める。


「そんな君に最後に残る物はなんだ?」


「......」


「今、この瞬間、君が想うことはなんだ?」


「......」


「今、頭にある物が君に残った物だ」


(私に、残った......)


 レイラは心の奥底、自分の中にあるのは恐怖心だと思っていた。けれどジンが自分を肯定してくれる中で自分の中にある物がそうでないと思い始める。

 もし自分の最後に残る物が恐怖心であればジンの物言いに自分は憤る筈だ。けれど自分の中にジンへの怒りが一つも湧いてこなかった。

 逆に言えば恐怖心から逃げると言うジンの話はスッと自分の中に入ってきた気がした。


(私が、今想う事......)


「レイラ!」


 レイラはジンに名前を呼ばれてハッとする。


「......パーシャル」


 レイラは自分の口から出た言葉に呆然としてしまう。次の瞬間にはパーシャルとの思い出が溢れだして止まらなくなる。


「パーシャル.......パーシャル......」


 止まった涙も再度溢れ出し、自分に言い聞かせるように何度も何度も呟く。


「......何で、ひっく、何で、私、愛してたのに、ひっく、どうして」


「大切な人だったんだな」


「ひっく、ひっく」


 ジンはしゃくりあげるレイラを見て、昔の自分を思い出す。ジンは前世の記憶があり前世に縋り、レイラは縋る物が無く、幼い日に抱いた恐怖心に縋った。

 自分は過去に涙を流した時、救って貰った時、ジゲンの、ルイの温もりを一番に感じたのは行動を思い出す。

 ジンはそこまで考えて、一瞬躊躇うが、レイラをしっかりと抱きしめた。

 ジンに抱きしめられたレイラは一瞬硬直したあと、何かが決壊したように大声で泣き出すのだった。

 レイラの全てのしがらみを肯定していけば、最後にレイラの中残ったのは、パーシャルへの愛情であるとジンは確信していた。

 何故ならジンの中心にはいつだって、ジゲンに、ルイに、オウカに、ジャス、ジョゼ、ロイ、リナリー、ノア、と愛を教えてくれた人がいるからだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る