第208話 何を
その日の昼休み昼食のためにジンの周りに集まって来たリナリー達に一言断りを入れて、デディと初めて話した空き教室の前に来ていた。
教室の中に気配を感じてもうデディがいる事がわかったので遠慮せずに教室のドアを開く。
教室の中にはデディが待っており、ジンに目を向ける。ジンは空いている椅子に無言で座る。
「......」
「......」
お互いが無言のまま過ぎる時間に嫌気がさしたジンが話の口火を切る。
「話ってのは?」
「作戦は成功した」
「そうか」
「こ、これもジンとイーサンのお陰だ。感謝する」
「そうか、話はそれだけか?」
「え?ああ」
「なら、もういいな」
ジンはそれだけ言って立ちあがろうとするのをデディが慌てて止める。
「待ってくれ。約束は果たす」
そう言ってデディは懐から紙の束を出してジンの前に置く。
ジンはそれを手に取るとパラパラとめくる。
教室にはジンが資料をめくる音だけが流れ、最後のページをめくり終えて資料を机の上に置く。
資料の中にはヴァーレンハイトから見せて貰った内容と一緒であるとジンの記憶から判断した。
「......持っていかないのか?」
「国家機密だろうからな。それに遅かれ早かれこの内容は大陸に知れ渡る」
「......謝らなければならないことがある。一つは被害者を出すことなく魔法を行使する事ができると言ったが、あれは今のところ無理だと言うことだ」
「......」
「だが、先生は確かに最後、出来ると言ったそれだけは信じて欲しい」
この事に関してもヴァーレンハイトとの擦り合わせで、なぜそう言ったのかもわかっているジンは、口を開く事なく頷く。
「それともう一つ。レナシー様の言動を謝罪する。どうか許して欲しい」
「気にしてない」
多少ジンも思うところはあったが、祖国に比べれば大した事はない。そう思い、ジンは気にしていないとデディと目を合わせる。
「デディ......」
「なんだ?」
「無念は晴らしたか?」
ジンの問いにデディは一瞬固まり、首を大きく縦に振る。
「ああ」
ジンはデディから目を逸らす事なく数秒見つめ合い、笑って目を閉じる。
「そうか、ならいい」
デディはこの時、最初ジンに抱いた罪悪感よりも大きな罪悪感を感じて俯く。
最初から最後までジンは自分の話を信じて、只々同じ師を持つ者として協力してくれた事がわかったからだ。確かにジンは建前上魔法についての情報も欲しいてはいたが、それがなかったとしてもデディの話を聞いていれば協力していただろう。
そう思わせるほど、先程のジンの笑顔は清々しいものだった。
「......すまない」
「まぁ色々あったが、いいって、確かにレナシー嬢達の姿勢は好感を持てるものでは無かったが、女性に敵わないのは男の常だ。ただ」
ジンはそこまで言って黙ると顔をデディに近づける。
「人の善意に答えることを忘れなければな」
ジンは魔法の資料を指を指す。
「これとさっきの謝罪はお前の善意だと受け取る」
「......ありがとう」
「次からは信用してくれよ?互いにな」
ジンはそう言って手を差し出すとデディは涙は流さなかったものの、顔をクシャクシャにしてジンの手を握るのだった。
ジンはデディ達の計画を聞いた時、はっきり言って縁を切るべきだと思った。
イーサンを巻き込んで、もしデディ達が失敗した場合、この国いることが相当苦しくなることは想像に難くないからだ。
だが、あそこまで食い込んだ時点でもう後には引けない。ならば割り切ってデディの師に対する想いだけを信じたのだった。
ジンはここでデディと手を取り合わない選択肢もあった。けれどそれをしなかったのは最初はレナシーの態度や計画の幼稚さに一瞬でも縁を切ろうとした負い目もあったからだ。
そもそも情報が殆どなくあの話だけを聞いて裏にヴァーレンハイトがいる事を見破るのは不可能ではある。そのため十人に聞けば八人は負い目など感じないと言うだろう。
それでもジンが負い目に感じたのはジン生来の性格による物だった。
結果、ジンとデディは最後には手を取り合うことが出来た。
最初からすれ違いから始まった関係ではあったが、師を持つ者と言う共通点だけで最後には手を取り合う事が出来た。
ジンは歪ではあるがホイル王国に来て初めて、信のおける存在であると言えた。
昼休みも半分を過ぎ、感覚的にも空腹感がジンを蝕む中、デディと別れて教室に戻ろうとする廊下でレイラを見かける。
レイラはジンに気づかずに屋上に向かう階段を登って行くのを見てジンはそのあとを追いかける事にした。
ジンがレイラに追いついたのはちょうどレイラが屋上に入って行くところだった。
屋上への入り口の前に立ったジンはふと考える。
(追っかけたはいいけど、何を話すべきなんだろうか?)
ジンにとって日輪祭でレイラに伝えた事がジンの全てではある。ならば今レイラに何を話せばいいかわからなくなる。朝一番でレイラの態度に話さなければと漠然と思ったが、いざ話そうと思ったらなにを話せばいいかわからなくなってしまった。
(ええい!男なら立ち止まってごちゃごちゃ考えるな!)
ジンは適当な言い訳をしてドアノブに手をかけて少し重い鉄の扉を開く。
ジンが屋上に足を踏み入れるとレイラはあの日のように空を眺めていた。
昼休みに屋上で食事をする生徒はなかなかいるが、今日に限っては曇りと言う天気もあってか誰もいなかった。
「よう」
ジンに気づいたレイラの視線とぶつかり、ジンは思ったよりも素っ気ない挨拶になってしまう。
レイラはジンの挨拶に言葉を返さず目線を同じ場所に戻す。
ジンはバツが悪そうに後ろ頭を掻きながらレイラの視線の先に視線を向ける。
そこにはどんよりとした空がジンの憂鬱とした気持ちを増長させる。
「......今思えば私は言い訳ばかりだった」
ジンは唐突にそう言ったレイラに視線を向ける。
「セインのためだなんだと言って、結局は自分のことしか考えてなかったのかも知れない」
「それはどういう」
「慕っていた人がいた。その人は私が幼い頃に自ら命を経ってしまった」
「......」
ジンはゆっくりと話始めたレイラの言葉を口を挟むことなく静かに聴くことがにする。
「心が壊れてしまったんだそうだ。嫁いだ家で孤立し、頼れる人も居らず」
「......そうか」
ジンは急な重い話に頷くことしかできない。
「彼女が嫁いだラナック家の者は葬儀でそれはもう泣いていたよ。周りの目を気にすることなくな。けれどその涙が嘘だと知った時本当に怖かった。彼女を死にまで追い込んでおきながら涙を流せるその姿が私は悪魔か何かだと思ったくらいだ」
「......」
「セインとの婚約が破棄されれば、次に婚約する家はその家だと言われた時から私はみっともなく......今まで嫌悪していたセインに拘りました。ラナックの家よりも、欠点を知っているセインならば御し易いと浅はかな考えで」
レイラは自分自身を嘲笑うように低く笑う。
「ふふ、なんて浅はかなんだろうな。貴殿から見れば確かにセインの行いは私を惨めにするものに見えたかも知れない。けれど蓋を開ければ一番打算的な人間は私で、貴殿も私のために戦ったわけではあるまい?そこには貴殿が戦う別の意味があり、私は運が良っただけにすぎん」
レイラはあの日、ジンが自分のためにコロシアムに立ってくれたとは思っていない。自分の存在は多少あったと思うが、恐らくそこまでの割合を占めていないと思っていた。
「レイラ」
「父から聞いた、貴殿が陛下からどう言われたのか」
レイラはジンと視線を合わせる。その目はどこまでも自分を責める目だ。何故レイラがそんな目をしているのかジンは今の話ではわからなかった。
レイラは確かに自分の恐怖心から逃れるためのセインに拘った。けれどそれはそこまで自分を責める必要があるのか?
ジンは家族からの愛情が受け取れないと言う恐怖から前世を思い出す事で逃げた。でもそれをジンは自分自身で責めた事など一度もない。ならばレイラを苦しめているのはそれでは無いのだろうか?わからないジンはレイラ自身に問う事にした。
「レイラ、君は何をそこまで責めているんだ?」
「っなにを!」
「だってそうだろ?何をそこまで責めているのか俺にはさっぱりわからない」
「っ!」
レイラはジンの問いに俯いて固まってしまうのだった。
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