第207話 視線

 ジン達留学生は、日輪祭開催予定の三ヶ月の留学予定だったが、日輪祭が今年は相当早く終わったため普通の日常に戻る結果となった。

 そして、休み明け、学園へ向かう馬車の中。


「なんだかな〜気が重い」


「ジン様は毎回少しやりすぎかもです」


 ノアにそう言われてジンは肩を落とす。


「確かに、頭に血が上ると、どうも歯止めが」


「戦闘中はあんなにも冷静なのにな」


 イーサンのチクりとする一言に更に肩を落とす。


「ですが、人のために怒れることは素敵なことです!」


「リナリー......!」


「リナリー様!甘やかさないでください!確かにそこはジン様の愛しい点ではありますが、何事も程度というものは重要です!」


 ノアの言葉はリナリーも思うところがあるのだろう。笑顔がぎこちなかった。


「確かにノアの言う通りだな......」


 ジンの沈んだ声にノアは手をばたつかせる。


「でも!そう言うところが!あの!えっと」


「もう勘弁してくれるか、朝から胸焼けがしそうだ」


「確かに朝からノアを揶揄うのはやめておこうこれ以上は後が怖い」


 イーサンの横槍に、ジンは肩を上げてケロっとした顔でそう答えると、ノアが揶揄われたことに気づいて、顔を朱色に染める。


「もう!知りません!」


 ノアは頬を膨らましてそっぽを向く。リナリーがなんとか諌めようとするが。


「リナリー様もわかってやっていたのですか?」


「ええっと、ちょっとだけ」


 リナリーは可愛く人差し指と親指で豆を摘むように悪戯心を表す。

 その結果ノアは更に膨れてそっぽを向いてしまう。


「ごめんなさい、ノア」


「知りません!」


 ジンは張本人でありながらノアとリナリーの関係性に笑みが溢れる。

 以前よりも二人の距離が明らかに縮まっていたからだ。

 朝の和やかな風景に、少し気落ちした心が浄化されるのを感じるにだった。

 ジン達が学園に着くと明らかに今までよりも視線が集まるのをジンは感じる。

 今までもリナリーやノア、イーサンのビジュアルに注目はそれなりにあったが、今あるのはジンへの眼差しであり、そこにいい感情を含む視線は殆どない。

 ジンは仕方がないと割り切りながら教室に向かい、真っ直ぐに自分の席に座る。

 朝イチに授業の準備をすぐさま始めようとすると、机を挟んでジンの視線に男物の制服が現れ、ジンが顔を上げると、その人物はデディだった。


「上手くやってくれた事、感謝する」


「構わねーよ、別にお前らのためだけじゃない」


 ジンはぶっきらぼうにそう言うと、上げた視線を机の中に戻す。


「......顛末を伝えたい。時間を取れるか?」


 ジンは事の顛末を知っているため断ってもいいと思ったが、デディに対する最後の良心で頷く。


「わかった。昼休みでいいか?」


「ああ」


 デディは短く返事を返してすぐに自分の席に戻っていく。ちょうどその時、ホームルームの呼び鈴が鳴り、バラけていた生徒達が自分の席へと戻っていく。

 ジンはデディから視線をレイラに移すと、レイラとばっちり目が合い、レイラが慌てた様子で顔ごと目を逸らす。

 おそらくヴァーレンハイトの言った事は誰かを通じてレイラに伝わっている筈だ、その結果があの動揺なのだろうとジンは納得する。


(こりゃレイラとも一回話さないとな)


 リナリーとノアは令嬢達との談笑。イーサンはペレットのところに行ってしまったため、薄情者と内心呟きながら、朝のホームルームが始まるまでいつものように影を薄めて教室を眺めていた。

 やはりジンにいい感情を持っていないのだろう。

 ジンへの悪感情を含んだ視線でチラチラと視界に入れる生徒が九割、後の一割は興味がないと言う風な感じだった。

 セインの評価はあの一戦で地に落ちただろうが、それはジンの評価が変わる事はない。

 何故ならジンに対しての物は余所者が日輪祭を制した事への反発だった。しかもこの国の王子に恥をかかせてだ。表立って王子を陰口の種にできない貴族の令嬢令息達は、わかりやすいジンへと標的を変えたのだろう。

 しかしジンもそれは仕方がないかと割り切りはしたが、そうでない人間が教室に入ってくる。

 教室に入って来たのは担任であるネシーで、教卓に到着するなりジンは睨みつけられたことで、ジンは自然に出るため息を抑えられなかった。

 あれは明らかに怨嗟の視線だ。恐らく校長であるティナシーが関係している事はジンも想像がついた。何故ならネシーの視線は日輪祭が終了した時のティナシーの目と同じ目をしているからだ。

 ネシーはジンから視線を外すと、名簿に視線を落とす。そこからネシーは出席を取って名簿を閉じる。


「みなさん、日輪祭お疲れ様でした。今回はなんと留学生であるジン・オオトリ君とイーサン・ウォレット君が優勝しましたね。みなさん拍手で讃えましょう」


 ネシーがそう言うと、教室は疎な拍手が起こり、自然に収まる。


「はい、それでは日輪祭も終了したと言うことで今日から日常に戻っていきますが、二週間後、日輪祭後夜祭としてパーティーがあります。皆さんにとっては初めての後夜祭でしょう。今日からはダンスなどの授業も増えて来ますので頑張ってください。それでは気を引き締めつつ楽しんでください。朝のホームルームは異常です」


 そこである令嬢が手を挙げる。


「先生。毎年後夜祭は遅くても一週間開くことも珍しいと思うのですが、何故今年は二週間も開くのでしょうか?」


「簡単な話です。例年一ヶ月近く続く日輪祭と並行して準備する後夜祭ですが、今年は一週間と凝縮して行われたのですが、後夜祭についてはいつも通りの準備を行って盛大にやりましょうとなっただけです」


「なるほど」


「ほかに質問のある方はいませんか?......それでは朝のホームルームを終了します。今日も一日頑張ってください」


 ネシーはそう言うと名簿を脇に抱えて教室を出ていく。

 出て行く直前にジンを一睨みしたのをジンは見逃すはずもなかった。

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