第206話 隣国の王子

ガオンが報告を持ってきた次の日、ロイは相変わらず減らない報告書に手を付けず、一人生徒会室で物思いに耽っていた。

 そんなロイの元に来客が訪ねてくる。

 コンコンと生徒会室の扉をノックする音でロイは思考の海から帰還する。


「どうぞ」


 ロイが許可を出して生徒会室に入ってきたのは、ロイの机に山のように積まれた報告書の殆どの原因である、ホイル王国から留学生として来ている第一王子だった。


「邪魔するよ」


「レーダスか」


 レーダスは人の良さそうな顔に青というよりかは水色に近い淡い髪色をしており、ふっくらとしたストレートヘアは、後ろから見ればキノコようにも見えると、昔ロイはレーダスを揶揄った事があるのを見るたびに思い出す。


「ごめんね、僕達のせいで」


「いや構わんさ、あっちの生徒会も今頃は俺と同じ状況だろうしな」


「もう報告が入ったのかい?」


「ああ、昨日な」


「流石だね」


 ロイは自分の配下ではなく、ジンの手駒であるガオンが伝えに来たとはいう必要はないと考え無言で頷いた。

 レーダスは生徒会室に用意された来客用のソファに座る。


「それで?どう動く?」


「それは世間話か?」


「んーどうだろう。単純な好奇心かな」


「......それよりもお前は他に考えねばならない事があるんじゃないか?」


「他?」


「お前の弟のことさ、お前も聞いているだろう?」


「うーん、聞いてはいるけど、問題は無いと思うな」


 笑顔でそう言うレーダスの言葉には裏は一つもないと確信できるような顔だった。


「そうか」


 ロイはレーダスの欠点を知っている。

 レーダスの欠点は家族に絶対の愛情を持っていることだ。

 レーダスとセインは決して仲がいいとは言えない事をロイも知っている。セインがレーダスを敵視しておる事は知っているが、少なくともレーダスはセインを我儘で手の掛かる弟くらいにしか思っていない。

 ロイとドールの兄弟としての関係はもう遥か昔に破綻している。ドールが王座を狙っている事も知っている。

 戦国の世の中、それも仕方ないとも思う。ならば、セインが王座を狙ってないとも言い切れない。けれどそのことに対してレーダスは少しも警戒していない。確かに兄弟愛は素晴らしいのかもしれない。だが、ロイはレーダスのこの価値観を素直に受け入れる事はできない。ロイはレーダスを友人だと思ってはいるが、この楽観的な思考だけは相容れないと思っていた。

 その楽観的思考を加速させているのが、レーダスの右腕であり、若くしてホイル王国屈指の実力者である、アッシュ・アーデウスの存在がある事をロイは知っている。

 戦闘力で言えば、正直なところ底が見えない。ロイの視点で言えばそれ以上のことはわからなかった。ロイがわかることは、ジンと正面から戦っても勝敗がわからないだろうなということくらいだった。

 そんなレーダスとアッシュの関係は言ってしまえば、ジンとロイに似ていた。


「まぁいい。今日はそのことを聞きにきたのか?」


「一個はそうだけど、もう一個」


「なんだ」


 レーダスはソファから腰を浮かすとロイの机の前まで来ると顔を近づける。


「テングラム侯爵には気をつけなよ?」


 ロイは一瞬レーダスと目を合わせて笑顔を見せる。


「忠告感謝する」


 レーダスはロイの返事に満足そうに頷くと、手を振って生徒会室を後にする。

 ロイはレーダスの足音が完全に消えた後にため息をついて机に突っ伏す。


(あいつはどこまで......)


 はっきり言って課外授業の一件からテングラムはロイによる第一王子派に対しての敵意を隠す事をしなくなった。

 自分を隠し味のにして他を隠すという捨て身の行動ではあるが、秘密裏に動きたいロイ派にとっては中々効果的だった。恐らくレーダスもそれを察したのだろう。だからロイにこうして忠告してきたのだ。

 だが、ロイからすれば先程の忠告に意味はない。何故ならその全てを承知しているからだ。

 これが別に政をしない一般人であればわかるが、彼はその頂点に立つ事が半強制的に決まっている王子である。

 レーダスを友人として好いているが、隣国の王子としては少し頭を抱えたくなる。

 けれども、現状レーダスのことを考えている時間はロイにはなかった。

 

「ロイ!」


 レーダスが出て行ってすぐに生徒会室の扉をノックもせずに荒々しく開けて入って来たのはエルだった。


「どうかしたか?」


「ホイル王から使者が来た」


「?、それがどうした。ジンのことだろ?」


「それがどうもそれだけじゃないらしい。父上から急いでお前を呼んでくるよう言われた。僕の家に遊びにくるって名目でだ」


「何故俺に?父上は何をしている」


「それが、その使者は君宛だ」


 ロイはエルの言葉を受けて、眉を顰めて椅子の背もたれにかけた上着を持って立ち上がるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る