第205話 ちょっとした奇跡
次の日の朝、ジンは目を覚ましたあと、顔を洗い、歯を磨き、一言気合いを入れて木刀を握って屋敷の庭に出る。
ジンが庭に出ると、見知った顔が庭に用意されたベンチに座っていた。
「イーサン」
「おはよう」
「今日もイーサンの勝ちだな」
「ジンは思ったよりも朝に弱いな」
「こればっかりはな」
「......」
いつもであればイーサンはジンに手合わせをお願いしてくるのだが黙ったままのイーサンにジンは首を傾げる。
「どうした?」
「今日、早速呼ばれた」
「ああ、そうか」
イーサンが呼ばれた場所がペレットの実家であることは聞くまでもない。けれどジンはイーサンにかける言葉が見つからずにお互い黙ってしまうが、なにか言わなければと口を開く。
「あー、まー、その気負わずな」
「無理だろ」
「......それもそうだな」
イーサンは立ち上がると、尻を叩いてため息を吐く。
「まぁ、昨日の今日でお前から気の利いた事が聞けるとも思っていなかったが」
「ひでぇ」
ジンは笑いながらそう言うと、イーサンと入れ替わる形でベンチに座る。
イーサンはジンの態度に少し笑うとジンが出てきた玄関に向かって歩き出す。
「イーサン」
ジンはそんなイーサンの背中に声をかけるとイーサンが振り返る。
「気張れよ?」
「さっきと言ってることが違わないか?」
「そうだっけ?」
イーサンは次こそ笑い出す。
ジンはいい感じで緊張が解れたかなと息を吐いてイーサンの背中を見送るのだった。
ジンはイーサンが見えなくなった後ベンチに背をもたれる。
日輪祭が当初の予定よりも早く終わったため、ジンがこの国にいる必要が無くなったということを考えていた。
「役目が終わったから、それではさようならって訳にもいかねーしな」
ジンは交換留学でホイルに来ているため、そんな勝手なことなど言えるわけもなく頬杖をつく。
交換留学でもそんなことは言えないのだが、それでもジンは学園が再開する事が憂鬱だった。
「流石にちょっと暴れすぎたな」
武園祭でドールを完膚なきまで叩きのめしているジンではあるが、あの時とはなかなかに状況が違う。
ドールの武力は学生レベルで言っても中の上と言ったところだが、セインの武力は上の下、一年生という枠組みで見ればなかなかではあるし、それを差し引いても規模の大きな日輪祭、それも決勝で他国の貴族が、その国の王子をあそこまでコテンパンにしたのだ。想像するだけでもゲンナリとしてしまう。
晴れ晴れとした空を見上げながら、再度ため息が出てしまう。
「そんなにはぁはぁとため息ばかりついてたら幸せが逃げてしまいますよ?」
ジンは声のする方へ顔を向けると、最愛の人が立っていた。
「早起きだね、リナリー」
「昨日の今日ですからね」
「う、耳が痛い」
「次からはもっと早く教えてください」
リナリーは少し頬を膨らませながらジンの隣に腰掛ける。
「いつもごめん」
「聞き飽きました」
「うう」
ジンはさっきまで上を向いていた顔はすでに項垂れている。
「でも、いいのです」
そんなジンの頭に温もりが乗ると同時に、頭を抱きしめられる。
「ジン様のそんなところが好きです」
「......急な飴に動揺を隠せないんだが」
「誤魔化さないでください。いっつもいっつも人のために後先も考えずに走ってしまう。けどそんな優しいジン様が大好きです」
恐らくリナリーは今しがたジンが考えていた事など何一つわかっていない。只々リナリーは自分の言いたい事をジンに伝えただけだ。
その結果は言うまでも無いだろう。
「ありがとう」
「ふふふ」
ジンはリナリーとイチャイチャした後、いつも通りのメニューをこなして、自分に用意された客間に戻ってきた。
「ふいぃ」
ジンはソファに勢いよく座りもたれかかる。
目を瞑り数回呼吸を繰り返し目を開ける。
「帰ったか」
「ただいま戻りました」
「久しぶりの王都だろ?もっとゆっくりしてきてもよかったんだぞ」
ジンが目を向けた先にはガオンが左膝をついて頭を下げていた。
「いえ、仕事ですから」
「ガオン、そこまで謙る感じはやめよう」
ガオンは頭を上げた後立ち上がる。
「でもなぁ、隊長隊長って言ってもらんなくなる時がくるんですよ?今のうちに矯正しておかないと」
「だからって二人の時くらいな」
ジンからすれば私兵と言ってもガオンは戦友であり仲間である。これはガオンだけでなくダリルとミシェルにも言える事だ。
「まぁ、隊長がそう言うなら」
「それで?ロイはなんて?」
「恐らく共和国の動きが早まると」
「......それ以外は」
「それにより、隊長の従軍は叶わないと」
「......ロイが軍を起こせないからか」
ジンの言葉にガオンが頷く。
「なるほどな、まぁ粗方予想通りだな」
「どうしますか?」
「どうするもこうするもないな。一介の学生にゃどうする事もできねーだろ。参戦できないならそれまでさ」
「それもそうですね」
「けど、それは自然の流れでいけばの話だ」
「自然の?」
「自然ってのも変な話だけど、正直なところロイがそう断言したならそう言う事だろ」
「はぁ、でも謎に含みがありましたが?」
「戦争するってんだ、自然な流れなんかあるわけない。それは前に痛いほど実感したろ?」
「そうは言っても、今回はそのまま行くと思いますがね」
「賭けるか?」
「賭け事はミシェルに殺されます」
「......あっはっは、そうか、んじゃただの戯言だ」
ガオンはジンの目が本気である事を見て、頭を切り替える。
「まぁでも、隊長がそこまで言うならちょっと動いときます」
「いや、そこまでする必要はない......と思うけど、悪い頼めるか?」
「当たり前でしょう。それが俺の仕事ですから。ああそれとこれを」
ガオンはそう言うと徐に胸から手紙を取り出し、ジンに渡す。
「これは?」
「イーサン君の実家からです」
「イーサンの実家からか」
ジンは手紙を数秒見つめる。
「それでは、俺はこれで」
「ああ」
ガオンは一礼するとそのまま部屋の影に消えた。
「さてさて、どうするか......」
ジンはもたれ掛かった体を起こして立ち上がり、部屋に配置されている机に手紙を置く。
「その前に、やる事がいっぱいだ」
その日、イーサンは帰って来ず、次の日の朝、ジンがいつも通り木刀を降っていると、イーサンは帰ってきた。
「おー、イーサンおかえり」
「ああ」
「どうした、だいぶ疲れてるな」
ジンは肩に木刀を担ぐと、草臥れた顔のイーサンに笑いかける。
「まぁ、な」
イーサンは昨日ジンが座っていたベンチに腰掛けると、昨日のジンよりも思い切り腕も背もたれの外に投げ出して背もたれに寄りかかる。
ジンはイーサンの隣に腰掛け木刀を傍に置く。
「どうだった?」
「あ〜、思ってたのとはだいぶ違った」
「へぇ」
「一発くらい殴られると思ってたんだがな」
「歓迎されたって事か?」
「ああ」
「そうか」
「そうかって、わかってたのか?」
「まぁな、ヴァーレンハイト陛下が心配いらないって言ってたからな」
ジンの突然の話にイーサンは目を見開いて口をパクパクさせる。
「ペレット嬢の実家のディダーの現当主、ザックバーグ・ディダーは今の婦人を日輪祭で公開告白から娶ったらしいって聞いてな。どっかの誰かさんと一緒だろ?」
「そんなことあるか?」
「ちょっとした奇跡だな」
「あれはそう言うことだったのか」
イーサンは何かを思い出したように右手で顔を覆う。
「まぁ、よかったじゃねーか」
「あまり納得がいかない」
「まぁ、多分イーサンはそっちより実家のことを気にした方がいい。ほらよ」
ジンはイーサンに一枚の手紙を渡す。
「これは.......」
「お前の実家からだ」
「何故ジンが?」
「ガオンが届けてくれたんだ」
「そうか」
「何かあれば力になる。遠慮なく相談してくれ」
「すまん」
「いいよ、まぁ重苦しくなった空気を木刀でも振って吹き飛ばすか?」
イーサンは息を短く吐いて気持ちを切り替えると、手紙を胸の内側にあるポケットにしまい立ち上がる。
「ああ、それじゃ一手御指南願おうか」
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