第96話 夜会

 ジンは帰宅して準備を整えると、再度学園に向かい到着した。

 ジンが馬車から降りると他の男子生徒も集まっていた。女子生徒をエスコートするために女子よりも早く着いておくのが習わしだ。

 会場は入学式が行われた講堂の予定で準備は城の使用人が行うことになっており、規模感はさながら本物の夜会だ、これは将来国を背負う貴族の子供達とそれに準ずる平民を社交会という物に慣らす意味合いもあった。


「ジンあまりキョロキョロする物でもないよ」


「う、たしかに」


 ジンの付き添いにはテンゼンに任されていた。明日以降の送り迎えもテンゼンの役目であり、これはジンの側付きの騎士ということだ。


「テンゼンさん、もうここまででいいよ何かあっても俺なら大抵のことは大丈夫だし」


「そろそろ『さん』はよせと言っているだろう?今僕は君の騎士なわけだからね」


「そんなこと言われても」


 ジンは辛く長い修行の中で割と多く顔を合わせていたデイダラとテンゼンを叔父さんや兄の様に思っていたので呼び捨てというのは中々に難しい注文だった。


「はぁ、まぁいいか、それじゃ僕は一回帰るけどガイルが近くにいるから帰りの心配はしなくていいよ」


「わかった、ありがとう」


「ああ」


 そう言うとテンゼンは馬車に戻って行った。

 ジンはオオトリの馬車を見送るとなんとなく当たりを見回すと、コールの姿を確認する。コールは何人かと談笑しており、こちらに気づいていない様子だったので、ジンは隠れる様にその場から離れる。


「なんで俺が気を使わにゃならんのだ」


 ジンはそう愚痴ってその場から立ち去ると大人しくリナリーを待つことにした。

 しばらくすると、幾つかの女子生徒を乗せた馬車が到着する。最初はBクラスの女子生徒、次にA、Sと続く。

 B以下のクラスは夜会には参加できない、進級試験でBクラスに昇級できれば、来年は参加できるだろう。


(こういうところだけは実力主義か)


 王立学園は実力主義を謳ってはいるが、その実内情はやはり爵位に物を言わせる輩は多くいる。だが、年々その傾向も薄まってきているとロイから聞いている。

 Aクラスの女子も集まったのだろう。

 Sクラスの、顔に覚えがある女子がチラホラと見えた頃、等々ジンはフォルム家の家紋が入った馬車を見つけて、失礼の無い様に膝をついて校門で待つ。

 馬車がジンの前で止まると馬車の奥側からオードバルが降りてきて反対側のドアを開ける。

 そこから降りてきた女性にこの場にいるすべての視線が集まる。それまさに天使と言っても過言ではなかった。

 時が止まった様な静寂がその場に流れる。

 ジンはリナリーの姿に見惚れてしまいエスコートをしなければならないのだが、固まってしまっていた。 

 オードバルが固まったジンに対して咳払いをしたことによって正気を取り戻したジンは慌ててリナリーの差し出された手を取る。


「ごめん、見惚れてた」


「ふふ、本当ですか?」


 リナリーは嬉しそうに笑って確認をし、ジンはそれに少し赤面して頷く。 

 ジンの態度にご満悦なリナリーは満面の笑みで「では参りましょ?」と逆にジンをエスコートする形となってしまった。

 ジンはなんとかスイッチを切り替えて優しくリナリーを会場へと誘うのだった。

 会場に入るとそこには豪華な食事と煌びやかな衣装に身を包んだが少年少女達が幾つものグループに分かれて談笑していたが、ジンとリナリーの入場で会場すらも静寂に包まれる。

 まさに息を呑む美しさと言えよう、リナリーは元々美女であり十五歳と言う成長期を迎えグッと大人らしさが増しまさに絶世の美女と言っても過言では無い、それがこの夜会で元々のホワイトブロンドに映えるような青のドレスに少々の化粧を施したリナリーはまさに天使がこの場に舞い降りたと言っても過言ではなかった。 

 そしてこの天使の様な美貌により一悶着起きるのだが、今はまだ二人とも知る由もなかった。

 今回の夜会の流れは、まずは合流した男女は会場へ入場、その後二人で皇族に挨拶をしてその後は自由行動となる。

 今回の夜会は皇族が全て出席すると言う稀なケースだった。ディノケイドとロイ、ドール、サファイアそして王妃だあるフローレンス・バン・ベータルだ、サファイア、ロイとドールの実母でこの国の国母である。その容姿は流石サファイアの母である。正直言ってサファイアの姉と言われても余裕で頷けてしまう程、若々しく美しかった。

 容姿はサファイアと髪色が違うだけの双子の様な感じだった。

 二人は挨拶をするため壇上に座る皇族の前に来ていた。


「陛下、Sクラスのジン・オオトリ、リナリー・フォルムが挨拶に参りました」


 そばに控える文官がそう言うとジンとリナリーはその場にしゃがみ礼をする。


「よくきた、今日は無礼講だ。楽しんでいくといい」


「ご配慮、感謝致します」


 会話はそれだけで終了する。

 人数が極めて多いため一人一人と会話をしていると果てしなく時間を要するため短い挨拶だけで終わらせるのが通例だ。

 ジンとリナリーは後続に場所を変わるとパーティに加わる。


「人が多いな」


「ジン様はパーティは初めてですよね?」


「今まで剣ばかりだったからね」


「では、私がエスコート致しますよ」


「それは大変嬉しいんだけど、どうやらリナリーと話したい人が沢山いるみたいだよ?」


 リナリーがジンの顔から他の生徒達に視線を変えると男女問わずリナリーを見ていた人たちが一斉に目を逸らす。


「俺も少しテオが気になるから探してくるよ」


 ジンは近くにノアとカナリアの姿を確認しているため二人に目配せをすると二人とも意味を察したのだろう、こちらに近づいてくる。

 リナリーもジンの言っている事を理解したのか少しだけ残念に思ったがこれも公爵家の務めだと諦めざるを得なかった。


「それではノア嬢、カナリア嬢、リナリーをお願いしますね」


「ええ、お任せください」


 ジンはリナリーの手の甲にキスを落としてからその場を離れる。リナリーは公爵家の令嬢として他の生徒はどうしても顔を覚えてほしいと言う目論見がある。それをジンが婚約者とは言えリナリーを独り占めはできないのだ。

 そもそもベータル王国での婚約とはそこまで重い物ではない、多くは無いが婚約破棄の存在はする、なのでここはジンは一度リナリーと離れてテオを探すことにする。


「テオは......」


 ジンがリナリー達が他の生徒達と談笑し始めたのを確認してジンもテオを探すことにする。

 しばらく会場を歩いたらテオは問題なく発見できた。


「よう、どうしたそんな疲れた顔して」


「ジンか、いや何ちょっとな」


 どこかげんなりしているテオにジンが疑問を投げる。


「それがさ、陛下への挨拶を終えてからクレアさんと話をしてたらなぜか急に不機嫌になっちゃってさ」


「何か失礼なことを言ったんじゃないか?」


「いやそんなはずは無いんだよね、専攻は何にするとかそう言う話だし」


「そう言えば前にリナリーも敬語を使ってた事に不機嫌になったっけ」


「え?でも爵位的にオオトリ家とフォルム家ではジンがリナリー様に対して敬語を使うのは当たり前じゃないか?」


「俺もそう思ってたんだけど直接言われてさ、それからは敬語をやめたんだよ」


「でも、それが俺に当てはまっていたとして、俺は平民であっちは子爵令嬢だぞ?」


「でもここは一応、身分の垣根を越えた学園だからな。許されるんじゃないか?」


「建前はそうでも実際には違うじゃんか」


「まぁ、それは学園側に言ってくれ」


「はぁ、とりあえず訳を聞いてくるよ」


「そうするべきだな、先駆者から言えることは、本気で怒らせる前に鎮火しないと火事じゃ済まないってことだけだ」


「火事ってそんな大袈裟な」


「......」


「肝に銘じておくよ」


 ジンの瞳の色が消えたことでテオも冗談かそうで無いかは理解し、クレアの元に向かおうとする、その時会場にざわめきが起こる。


「なんだ?」


「余興かな?」


「その予定はもう少し後だった様な」


 ざわめきが起きている方は確かリナリーがいた辺りだと思いジンはそちらに向かう事にする。


「リナリーがちょっと心配だからな見てくるよ」


「ああ、俺も行ってくる」


 お互い踵を返すと自分がエスコートした女性の元に向かうのだった。

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