第215話 廃れた酒場

 ディノケイドは城下町にある一つの小さな酒場で平民と変わらない格好で酒を煽る。

 個室になってはいるが、一国の王が酒を嗜むには少しばかり場違いな酒場だった。

 ディノケイドはお猪口に注がれた酒を三度煽るとその個室に来客が入ってくる。

 すこし立て付けの悪い扉を開けて入ってきたのはジゲンだった。


「よお」


「おう、遅かったな」


「少しな」


 どこかやつれているジゲンに少々気になりジゲンが声を出して座るのを確認して質問する。


「何かあったか?」


「......オウカにジンの手紙を送っていなかったことがバレてな、絞られた」


「なに?」


「ジンの手紙を送るとなると役所を通さねばならんだろう?それが煩わしくてな、オウカに送っとらんかったのが今日バレてな」


「そ、そうか」


 正直ディノケイドからすれば何を言っているかよくわからなかったが、ジゲンの顔を見るに自分の知り得ない状況にあるジゲンにそれ以上何もいえなくなってしまったので、本題に入ろうとする。


「まぁ、いい、今日来てもらった意味はわかるか?」


「なんとなくはな。けれどここで話し合う意味はあったのか?」


 こことはこの寂れた酒場のことだ。

 ここはジゲン達が学生の頃溜まり場にしていた場所で、当時はジゲン、ディノケイド、キリル、デイナーと四人でよくここに集まり、悪巧みから将来の話まで色々な思い出が詰まった場所だった。


「いいじゃないか。まさか誰もこんな場所で国家機密の話し合いをしているなど思いもせんだろう」


「それはそうだがな......デイナーは今日は来なかったのか?」


「あれは外せん用があってな。今日は差しだ」


「まぁいいけどよ。それで話ってのは......まぁ予想はあらかたつくがよ」


「どうだろうな。恐らくお前は驚くぞ?」


「ほお」


 ジゲンは興味深そうにディノケイドのために用意された酒をボトルごと掻っ攫って煽る。


「聞こうか?」


「その前に酒だな。お前に全て飲まれては敵わん」


「ケチ臭いな」


「それも王の資質だ」


「そーかよ」


 それから暫くジゲンの酒が運ばれて来るまでの間、ジゲンのオウカに対する愚痴(?)を聞いていたディノケイドだったが、ジゲンの酒が運ばれてくるのを合図に本題に入る。


「わかってると思うが近々戦争になるだろう」


「治癒魔法に、共和国か」


「ああ、戦争のあり方がガラリと変わる。今までは兵士を殺すことよりも負傷させることの方が相手方、もちろんこちら側にも大きな打撃となり得たが、それがなくなる。規模にもよるが昨日負傷した兵士が次の日には戦線に復帰する。そうなれば戦場は今まで以上に泥沼化し無限の地獄になるだろうな」


「......けっ」


 ジゲンもディノケイドの言っている事を理解してか短く声を吐き捨てると酒をグイッと飲み干す。


「まぁ、今はどこの国でも魔法を使える存在を作る事に躍起になるだろうが、その前に必ず仕掛けてくる国がある」


「チャールズ共和国」


「ああ、必ず彼の国は仕掛けてくる」


 チャールズ共和国とは帝国から東、ベータルからは北東に位置する大陸五代大国の一つだ。

 ベータルとチャールズの歴史は古く。更にいえばその歴史は黒く、血に塗れていた。


「今でもあの国は変わらねーか」


「そうだな。だが、過去我が国が行ってきた事を考えれば仕方なき事かもしれんな」


「カミトール大虐殺か」


「ああ」


 ベータルとチャールズの大きな因縁それは約七十年前、現在はベータルの国土となっているギルビリム伯爵が治める領地となっているナヒーノリアという街は活気に溢れる街となってはいるが、まだチャールズ共和国のカミトールと呼ばれる街だった頃、時のベータル王、ディノケイドの祖父である、ゲイディーア・バン・ベータルの時代、ベータルは当時では考えれない程の兵力、五千の兵士を持ってカミトールに打って出た。

 チャールズ共和国も抵抗はした物の、その数の差、約四倍の兵力差に押し負け、カミトールは降伏した。

 だが、ここまでであれば乱世の常、恨みはあれど仕方なきことと誰もが思うだろう。しかし、当時五千の兵の将として任された男、ヤイリッテ・バーグナーはあろう事か降伏したカミトールの民を老若男女全てを虐殺したのだ。

 しかもこれは、ゲイディーアの命令ではなく、ヤイリッテの独断で行われた事だった。

 なぜ大虐殺を行ったのか、その理由に関して明言する史実はないが、これはチャールズとベータルに大きな因縁を生んだ日だった。


「結局、祖父はその心労で早死したと聞いている」


「過去だと割り切るにはまだ時間が足らねーか」


「時間の問題じゃないんだろう。当時、カミトールの殆どが人としての辱めの限りを尽くされたと聞いている」


「......胸糞悪りぃ」


「脱線したな。話を戻す。デイナーの読みでも共和国が仕掛けてくるのは間違いない」


「だな、んで?わしを呼び出したってことは今回もか?」


「いや、今回は白虎と玄武に出てもらう予定だ」


「なに?白虎はわかるが、玄武だと?」


 玄武騎士団は国家の盾。防衛のスペシャリストだ。それを最前線に出すという話は過去稀にみる判断だった。


「はっきり言ってこの戦争は負けられない。負ければ国民がどんな目に遭うか読めん」


「......そういう事か」


 ディノケイドが言っていることは、現状チャールズ共和国と戦争になり、平原での戦争に敗れれば、ナヒノーリアにチャールズ兵が雪崩れ込んでくる。そうなればカミトールの悲劇が再来する可能性すらある。

 人は恨みに駆られたときタガが外れる生き物だ。

 ジゲンは玄武を前線に送る理由に納得して頷く。


「玄武を出す理由はわかった。んじゃ今日、わしをここに呼んだのは何故だ?」


「それを今から話す」


 ディノケイドは一白置いて指を二本立てる。


「今から話す二つは他言無用だ。側近にもな」


「......わかった」

 

 ジゲンは今日この場の呼ばれた本当の理由に耳を傾けるのだった。

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