第216話 青龍の役目

 ジゲンは一人酒場から出ると、入り口にはダリルが立っていた。


「お疲れ様です。帰りの馬車を少し行った先に用意してあります」


「......おう」


「機嫌が悪いですね。まだオウカ様のこと怒ってるんですか?」


「違うわい。そのことはもういい......ダリル明日、青龍騎士団幹部を収集するようダンベに伝えろ」


「大隊長達をですか?」


「そうだ」


 ジゲンの真面目な表情を見てダリルは頷く。


「了解しました。馬車まで送り届けた後向かいます」


 ダリルの返答に満足したのかジゲンは浅く頷き顔を前に向ける。

 その翌日、オウカはジンの手紙の全てを役所に通して修行に戻っていった。

 その日の役所はてんやわんやだったと後に噂で流れてきた。


「嵐が過ぎ去りましたな」


 オウカが出て行った玄関を眺めてダリルがそう漏らすのでジゲンも同意する。


「ああ、だが、これからの方が更に酷い嵐になるだろうな」


「今日のことですか?」


「準備しろ、もう出るぞ」


 ジゲンは明言を避けダリルにそれだけ言うと自室に戻るのだった。

 昼前、青龍騎士団に用意された会議本部に青龍騎士団幹部である、セシル、ダンベ、フォダム、そしてその側近が各大隊長の後ろに控え集まっていた。 


「急な招集だな」


 セシルが椅子の肘置きに頬杖をついてそういうと、他の二人が反応する。


「恐らく、現在噂になっていることであろうな」


「近々戦争になるって話ですか?」


「ああ」


「ははは、だとしても我々が出張ればなんの問題もないでしょう!」


「フォダム、貴様は相変わらず能天気だな」


「セシル、君こそ何を問題視しているか僕にはわからない。戦争はいつかは起こりうることだ。そして我々は百戦錬磨の青龍騎士団。何を恐れると言うんだい?」


「別に私は恐れているわけではない。先の戦争で負った傷跡も幾分かは癒えた。が、我々には過去の練度を取り戻せたとも言えん。故に私は懸念しているのだよ」


「それは恐れとどう違うのかな?僕には君が恐れている様にしか見えないけれど」


「貴様に何を言っても無駄か」


「あれれ?おかしいな?僕は君と対話をしていたつもりだったのだけれど、どうやら喧嘩を売られただけらしい」


「貴様の脳が幼稚だと言っているだけだ」


「君こそ身なりが幼稚じゃないか?」


「いいだろう。今この場で殺してやる」


「ははは、君には無理だよ」


「二人ともそこまでにしておけ、団長が参られる」


 ダンベが二人と止めるのとほぼ同時に会議室のドアが開く。

 会議室に入ってきたのはジゲンとダリルだった。


「起立!敬礼!」


「ダンベ、いい、堅苦しいのはよせ」


「ですが団長、規律は大事です」


「いいから、座れ」


 ダンベも声に椅子から立ち上がったフォダムとセシルは椅子に座り直す。

 ジゲンは自分に用意された椅子に座ると、セシルとフォダムを交互に見つめてため息を吐く。


「もう少し仲良くしたらどうだ」


「ははは、僕は仲良くしたいと思ってはいますけどね」


「無理だな。貴様とは根本的に相容れん」


「だそうです」


「はぁ」


 セシルとフォダムは入団時から仲が悪い。というよりも性格が合わないと言った方がいい。何事にも楽観的なフォダムと、何事も懐疑的に見るセシルでは意見が食い違うことが多い。そのためいつも衝突しているのだった。

 以前は見た目には相反して面倒見の良いヴァドスが二人を仲裁していたが、タイラン防衛にて戦死したため、現状二人の仲裁をする人間がいないのである。


「まぁいい、今日お前らに集まって貰ったのは知っているとは思うが共和国との緊張感が高まっている件だ」


「やはりそうですか」


「出陣ですか?」


 ワクワクと言ったふうに言うフォダムにジゲンは首を振る。


「いいや、わし等は共和国との戦争には参戦しない」


「どういうことですか?我々が戦に出ないと?」


 ダンベはジゲンの言葉に疑問を呈す。


「僕たちが出ないならどこか出るんですか?また白虎ですか?」


「白虎も出るが今回は玄武も出る」


「玄武!?」


「何故玄武が?」


「カミトールの大虐殺」


「察しがいいなセシル」


「カミトールって言えば......そうか」


 セシルの一言にその場の全員が納得する。


「この戦、万が一、野戦で敗れた場合でもナヒーノリアだけは何がなんでも死守しなければならん。そのため野戦には白虎、ナヒーノリアには玄武が出る」


「ですが、野戦で有ればうちも出るべきでは?何故わざわざ我が団が留守番なのですか?」


「だーからそれを今から説明すんだろーが、いいか?ここからは他言無用だ。お前らは直前で言うと五月蝿そうだからな、陛下に無理言ってお前らだけには事前に話して良い様、許しを得てきた。心して聞け」


 ジゲンの言葉に全員が耳を傾ける。


「恐らく、いや、ほぼ確実に同じタイミングで帝国が仕掛けてくる。わし等はそっちの対応だ」


「まさか!?」


「......団長」


 ジゲンの言葉に驚きを隠せないダンベ、その内心をセシルが代弁する。


「帝国は今混乱の最中です。現皇帝とその子息との間で内戦にすらなると聞き及んでおります。そんな状況の帝国が出張ってくるでしょうか?」


「ああ、来る。これはキリルからの情報だが、確かに現皇帝とそのガキで帝位の取り合いをしているが、この戦争へは十中八九参入してくるだろうって話だ」


「......キリル侯爵様の......ですが、何をもってそう言い切れるのでしょう?」


「なんでも皇帝とそのガキの意見が一致しているからだそうだ」


「はい?」


「共和国は必ず攻めてくる。これは隣国で有れば誰でもわかる。それも共和国の攻めは苛烈を極めるだろう。それに乗じて帝国もタイランを狙ってくる。先の戦争の傷が癒えたとは言えまいが、白虎、玄武がいないので有れば奴等としても都合がいいのだろう。そして厄介なのが帝国の皇族だ。あれ等は利益のためならば親の仇ですら手を組む、狂わしい程の合理主義者共だ。一時の親子喧嘩など中断して攻めてくるだろうってのが陛下とキリルの見立てだ」


「ありえますか?昨日まで命のやり取りをしていた人間を無視して隣の国の荒事に首を突っ込むなど」


「あるんだよ。それだけ帝国の、いや、皇族は狂ってやがるのさ。だが別に全面的に攻めてくるってわけでもねーだろうがな」


「と言うと?」


「ここからはわしの憶測だが、奴らは国境に軍を集結させるだろうが、決して何も起こらんうちは攻めてはこないだろう。もし共和国が不利だと悟れば何もせずに軍を引くだろうな」


「本当に火事場泥棒をするためだけに国境に集結すると?」


「それが陛下とわしの見解だ。これはもうすでに決まったことだ。もし帝国が動かなかった場合には援軍として共和国との前線に出る可能性はあるが......まぁそうはならんだろうな」


 ジゲンはそこまで言うと椅子を引く。


「ここまでが今日の会議の内容だ。先程も言ったがこの話は他言無用。お前達が騒がないために先に伝えたまでだ。わかったな」


「「「はっ」」」


 ジゲンはその場にいる三人が頷くのを見て頷き返すと立ち上がり部屋を後にする。

 ジゲンが出て行った部屋で三人とその側近は未だ動かなかった。


「......どう思う」


 最初に口を開いたのはセシルだった。


「団長がああ言っている。従う迄だ」


「ダンベさんはかったいな〜」


「白虎で事足りるとは思えん」


「癪だけど、僕もセシルに同意だよ。白虎には荷が重いんじゃ無いかな」


「癪とはどういう意味だ?」


「言葉通りの意味さ。ははは」


「お前等は一々喧嘩をせねば話を進められんのか」


「ちっ」


「ふーんだ」


「全く。だが、白虎の規模は先の戦争で我々ほどの打撃を受けておらん。適任と言えば適任だろう。帝国に対して白虎が睨みを効かせた所で我々だけで共和国との野戦を行うのは未だ団の補完が成っていない我々では難しい」


 ダンベの話にセシルもフォダムも反論は出来なかった。それだけ先の戦争の爪痕は青龍騎士団にとって深手だったのだ。


「未だ大隊長の代わりすら用意できていない我が団では、傷を負った帝国と睨み合うのがやっとだろうからな」


「ちっ!だが、白虎だけで本当に大丈夫だとダンべ副団長は思うのか?」


「陛下も何か考えあってのことだろう。我々は国に使える騎士なのだ。陛下の方針に従うほかあるまい。団長も我々を尊重して先んじて話をしてくれたのだ、どうもできん」


 ダンベの話に今一度セシルとフォダムは反論することが出来ず会議は終了した。

 それから約一ヶ月後、ディノケイドから放たれた法令にダンベ、セシル、フォダムを含めた全国民が愕然とするのだが、それはまた後の話。

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