第214話 日常に忍び寄る恐怖
時は少し遡り、ジンがレイラの父であり、ホイル王国公爵家当主であるユークリウスとの話し合いをしたちょうどその日、ベータル王国ではジゲンが追い込まれていた。
それはジゲンがルイと二人、庭の一番陽の当たる場所で寄り添いように座っている、昼下がりの出来事だった。
ルイは安心しきったようにジゲンの肩で寝息を立ている。
ジゲンは自分で言うのもなんではあるが、粗暴で割といい加減な性格で、じっとしていられる方ではないが、ルイとのこの時間だけは別だった。
お互いがお互いの存在を側で感じるこの日向ぼっこはジゲンの日常で無くてはならない物だった。
その時間に間を刺す存在が現れる。
「旦那様」
「......ジャス、この時間に仕事の話はやめてくれ」
「そうではありません」
「じゃあなんだって言うんだ?」
「ルイ様も起こしてください」
ジゲンはジャスに言われてルイが隣でクウクウと歳に見合わずそれでいて歳など関係ないほど可愛い寝息を立てる自分の最愛の人に頬が緩みかけるが、ジャスがそれにまた間を刺す。
「旦那様!」
「大声を出すな、ルイが起きる」
「起きてください。急用です」
「......」
「旦那さま!!」
「だからなんだ!」
「お話を聞いてください」
「嫌だ」
「聞かなければ絶対に後悔しますよ?」
「しないと断言しよう」
「ですが聞いていただかなければ、私も困ります」
「聞かん!後にしろ!今は邪魔だ!」
「んん」
ジャスとジゲンの声でルイは目を覚ましたのか、目を擦り半目を開く。
「どうかしたのでしゅか?」
ルイは殆ど目を開けず、呂律も回っていなが、目を擦りながら顔を上げる。
ルイが起きてしまった事で、ジゲンはジャスを恨めしそうに睨むが、ジャスはため息をついてここに来た理由を話す。
「今日の夜、陛下との会食がございます」
「わかっている。それが理由で起こしたのか?」
ジゲンが期限悪そうに言うのでジャスはため息をついて首を振る。
「いいえ、その事ではありません。今のはただの確認です。先程ダリルが大急ぎで私の元に参りまして、どうやらオウカお嬢様が帰ってくるそうです」
「......なに?」
「オウカお嬢様が帰ってきます」
「......オウカが?」
「はい」
「嘘じゃないのか」
「はい」
「それは......もしかしなくてもあれか?」
「そうでしょうな。だから言ったのです。ジン坊っちゃまの手紙をお送りするようにと」
「待て待て待て!本当にそれが理由か?ダリルは?ダリルはどこにいる?」
「それが私に言伝を伝えたあと姿を眩ましました」
「あのデカブツ逃げおったな!」
「はぁ、もう間も無く着くそうですので、ルイ様にも事情を説明しておいてください」
「はえ?」
ルイは未だ半分夢の中にいるのかゆらゆらと体を揺らしている。
「まずい、まずい!非常にまずい!ジンの手紙をオウカに送るのが面倒になったなど口が裂けても言えん!どうすればいい!ジャス!」
「邪魔者はもう消えるとしましょう」
ジャスは明らかに先程のことを根に持っているような口振りで踵を返すとジゲンに背を向ける。
「待てジャス!わしが悪かった!おいジャス!わしを見捨てると言うのか!」
ジャスは歩みを止める素振りを見せない。
ジゲンは未だ全体重を自分にかけているルイを気づいかいその場から立ち上がることも、ましてやジャスを追いかけることもできない。
「ジャス!頼む!頼むぅううう!」
ジャスはジゲンの声も聞かずに尚も歩みを止めず、ちょうど姿が見えなくなったところで、家の玄関の方から声が聞こえてくる。
「ただいま!!」
ジゲンはその溌剌とした声が、地獄の門番の声に消え、体を硬直させる。
そんなジゲンを他所にルイは未だジゲンの肩に身を預け、可愛い寝息を再び立て始めていた。
ジゲンは声のする方に壊れたロボットのようにぎこちなく顔を向ける。
ジゲンはこの時、武を学んだ事により気配が感じ取れてしまう事を呪う。
明らかにオウカの気配がジゲンとルイのいる中庭に近づいてきており、ジゲンはこの後の展開をどう乗り切るか尋常じゃないほどの冷汗を流しながら頭をフル回転させる。
結局オウカが中庭に入ってくるまでに、いい考えが浮かばなかった。
「ただいま帰りました!」
元気に中庭に出て来たオウカは笑顔でジゲンとルイの前にててと走ってくる。
ジゲンは背中に伝う汗を気にしないようにしながら、ぎこちない笑顔でオウカを迎える。
「よく帰った。息災だったか?」
「うん!元気だったよ!」
何故か機嫌が頗るいいオウカに逆にジゲンは戦慄する。
「お母様は寝てるの?」
オウカはまずジゲンの肩にもたれかかったままのルイを見て言う。
「あ、ああ。今日はいい天気だからな」
オウカに答えながら、ジゲンはもうすでにこの場を逃げ出す算段を開始していた。
ジゲンは内心を悟らせないよう真剣な顔になる。
「オウカ」
「なに?」
「父はこれから陛下との食事会があるからルイを頼めるか?」
「まだお昼を過ぎたばかりなのに?」
「......」
「お父様はお母様と日向ぼっこする日は夕方までお仕事も予定も入れないってお兄様の手紙に書いてあったわ」
「......お、王命だからな。どうしてもディノがいうものだからな。うん。仕方のない事なのだ」
「そうなんですか......ところでお兄様はどこでしょうか!」
「ではわしは準備があるから、ルイを頼んだ」
「お父様?」
「少し体が固まってしまったな」
ジゲンは自分の持つ体術を駆使してルイを乗せている肩を衝撃なく素早く抜くと、大柄なジゲンを持ってしても家族全員が座ることができる程大きなベンチに、念のために用意してあった膝掛けをルイの枕になるよう滑り込ませて立ち上がる。
その間一秒にも満たない早業だった。
「お待ちください」
ジゲンが立ち上がった瞬間にオウカが足早に去ろうとするジゲンを止める。
「いやはや、せっかくオウカが帰って来てくれたのにディノの奴め、だがこれも貴族の役目。仕方なきことよ」
「お待ちくださいと申しました」
「オウカ?何故敬語なのだ?」
「それは今から足速にこの場を後にしたくて仕方のないお父様を問い詰めるからです」
「......」
「お兄様はどこにいらっしゃるのでしょう?」
「ジンはその、留学に行っておる」
「りょう、がく?」
最初オウカはジゲンが何を言ってるのか本気で理解できなかった。
「一つ質問してもいいでしょうか?」
「......ちょいと今は急いでいてな」
「時間は......返答次第では取らせません」
逆にいえば返答次第では時間を有すると言うことだ。ジゲンはもうすでに退路がない事を理解していたが、数分後の自分の未来を考えて肩を落とす。
「それではお答えください。お兄様は私に何も告げずにどこに留学に行かれたのでしょう?」
「......り、隣国のホイルだ」
「......私はただでさえ、お兄様が新しい婚約者を迎え、さらには準男爵の地位を返還されたと寝耳に水だと言うのに。まさか留学なんて......何故お兄様は私に手紙を送ってくださらないのでしょう。私、お兄様に嫌われてしまったのでしょうか」
オウカが最初こそ怒りによって底冷えするような低い声色でつらつらと言葉を続けたが、最後の方は殆ど涙声だった。
ジゲンは罪悪感が恐怖よりも勝った事でジンの手紙の行方をオウカに告げる。
「すまない」
「どうしてお父様謝るのですか?」
「ジンの手紙はその、わしの書斎にある」
「え?」
その後ジゲンが現世にいながら地獄を見たことは言うまでもないだろう。
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