第69話 待つ者達

 ジゲンが青龍騎士団の訓練所に行ってフォダムが先程ジンにした報告と全く同じ物をされて、集まった小隊長に解散を言い渡すと青龍騎士団に設けられた執務室にてフォダムとダンベ、ジゲンが顔を突き合わせて座っていた。


「ひとまずはひと段落だな」


「お疲れ様です」


「今回の戦争は多くの犠牲が出ましたね」


「国が落ちなかったのだ、副団長達も本望だろう」


「そう簡単に割り切れれるもんでもないでしょう」


「その通りだな......すまん、自分に言い聞かせていたことが口から出た」


 ダンベは素直に謝罪する。フォダムもダンベを責めたわけでもないので少し俯いて沈黙する。

 これ以上はただただ重い雰囲気が続くだけだと思ったジゲンが膝を一叩きして立ち上がる。


「とりあえずは二人ともご苦労だった。まだダーズへの侵攻はされていない。葬儀や功労賞はそのあとになるだろう。隊も立て直さなければならん。今後は戦争前とは比べ物にならんほど忙しくなるだろう、二人とも頼むぞ」


「「御意」」


 話はここまでだとジゲンが切り上げると二人は部屋から出て行く。

 二人が部屋から出て行ってすぐに部屋の扉がノックされる。


「入れ」


 無言で入室してきたのはデイダラだった。


「デイダラ、どうかしたのか?」


「旦那単刀直入に言う、俺っちはこの国を出るよ」


「またゲンジを追うのか?」


「いやあいつの場所はわかった。4年くれ、必ずあいつを超えて帰ってくる」


「律儀なやつだな、他の国なら帝国と事を構えることもあるかもしれんぞ?」


「今のままじゃ、殺り合っても俺っちが負ける。それに今回の戦、俺っちは殆ど何もできてねーのに俺っちの隊の奴らはこんな余所者のために死んでいった。こんなバカを信じてついて来てくれたんだ筋は通してえ!借りは必ず返す」


「そうか、テンゼンも連れて行くのか?」


「ああ、その事なんだが、テンゼンはジンの隊に入るってよ」


「なに?」


「どうやらジンの所の奴らを守れなかった事があいつの中で引っ掛かってるらしい、ジンを支えるのが彼等の志しならそれを道半ばで倒れた彼等に代わって成すのが守れなかった者の務めだそうだ」


「そうか、お前よりよっぽど良くできた弟子だな」


「ああ、自慢の弟子さ。つうわけでテンゼンの事任せていいか?しばらくはここの寮の一室でも貸してくれればいいから。その後のことは旦那に任せるよ」


「ああ、承知した」


「恩に着る。それじゃ俺っちはもう行くよ。リュウキ君にはこれからテンゼンを師事するよう伝えてくれ、中途半端ですまねぇ」


「そうか、帰ってきたらまたすぐにわしを頼れ」


「......ああ、本当に何から何まですまねぇ」


「気にするな、お前とわしの仲だろう」


 デイダラは深く頭を下げると部屋から退室して行った。


「全く、あいつも律儀だな」


「親父殿」


 呟くジゲンに声をかけたのはジンだった。

 立て続けの来訪者だったがジンの顔を見てジゲンは綻ぶ。


「来たか」


「親父殿の方は大丈夫?」


「今ひと段落した所だ、やる事は多くあるが今日は切り上げて終えようか」


「そっか、俺もいくつか話があるんだけど、とりあえずは帰ろうよ」


「そうだな、はぁルイに殺されなきゃいいが」


「大丈夫だよ、母上もそこまで鬼じゃないさ」


 ジンは笑いながら言うとジゲンもそうだなと言って立ち上がる。

 ジンとジゲンは帰路につく。

 揺れる馬車の中で戦争とは関係のない他愛無い話で過ごすとすぐに屋敷が見えてくる。


「帰ってきたんだね」


「ああ」


 この日、半年ぶりにジン達は家の門の前に着いて、馬車から降りる。


「やはり馬車は腰が痛くて敵わん」


「何言ってんのさ、おやじくさいよ?」


 二人が馬車から降りると門が開きジャスが出迎える。


「おかえりなさいませ、旦那様、坊っちゃま」


「ただいま、ジャス」


「今帰った」


 ジャスはジゲンのない右腕を見て目を細めたが、何も言わずに笑う。


「奥様達がお待ちです、どうぞこちらに」


 ジャスに促されてジンとジゲンが後に続く。

 しばらく歩くとすぐに玄関が見えてきたが、玄関の前には人影が幾つかあった。

 近づくにつれてその人影が予想から確信に変わる。その人影はルイとオウカ、リュウキ、ジョゼだった。


「おかえりなさい」


 第一声を放ったのはルイだった。


「「ただいま」」


 オウカとリュウキはジゲンの腕を見て固まってしまっていた。

 ルイはジゲンの顔を見てジゲンが笑うのを確認してからジンを抱きしめる。


「全く、無茶ばっかりして!」


「ごめん、母上、親父殿に怪我させちゃったよ」


「そんな事を言っているのではありません!」


 ルイは目に涙をいっぱいに溜めて怒鳴る。

 それと同時にオウカとリュウキが号泣しながらジゲンに突貫する。

 ジゲンは片腕ではあったが、幼いオウカとリュウキが突貫してきたところでびくともしない。優しく抱きしめるとあやし始める。


「「うええええええええ」」


 言葉に意味はなくただジゲンの腕がないと言う事にオウカとリュウキでは受け止めきれない衝撃があったのだ。


「ははは、参ったな」


 ジゲンはいつも割と雑な扱いを受けていたのでオウカとリュウキが抱きついて来てくれたことが嬉しそうに顔を綻ばせる。そんなジゲンにジンはルイに抱きしめられながらそれでいいのか親父殿と考えていた。


「ジン!聞いていますか!!」


「はい!!」


 ルイは体を離すとジンを睨んでため息を吐くとジンをさらに詰める。


「ジン!なんで似てほしくないところだけ似るんですか!母に言いましたよね?無茶はしないと!」


「で、でも母上」


「でもも、へまちもありません!青龍が壊滅的被害を受けたと聞いた時、私がどれだけ心配したと思っているんですか!!」


「ご、ごめんなさい」 


 ルイがこの状態になったらジン達男は謝るしかない。

 戦況も苦戦も家で待つ人間には関係ないのだ、只々戦争に行った家族の無事を祈っているだけなのだ。

 ジンが大人しく謝るとルイは笑顔になって頭を撫でる。


「いいですかジン、あなたが志す物を母もわかっているつもりです。ですが、待つ者が願うのは戦う者の無事なのです。それを忘れてはいけませんよ?」


「......はい」


「わかったなら母から言うことはありません。改めて、おかえりジンちゃん」


「ただいま、母上」


 ルイはジンからの離れると未だにジゲンに抱きついて泣いている二人を見る。

 ジゲンもルイの話が終わったのを確認したのか少し名残惜しそうに片腕で抱き上げた二人を地面位下す。

 二人はなんとかしゃくりあげて涙を止めようとしていた。

 今度はジゲンに代わってジンが二人に抱きつかれる、ジンは二人の体重に耐えきれずその場に倒れてしまうが二人がどうしようもなく愛おしくて満面の笑みで二人に頬を擦りつける。

 そんな三人の微笑ましい光景にジゲンが頬が緩む。が、すぐに現実へと戻される。


「あなた」


「はい!?」


「ジンちゃんにも言いましたが、心配しました」


「すまない、此度の戦は相当厳しい物となった」


「あなたが腕を失う戦です。どれだけ苛烈だったかは分かるつもりです......」


 ルイは俯いて静かな声音で言う。その声音はルイが本気で怒っている時だと知っていたジゲンはバツが悪そうに後ろ頭をガシガシと掻く。


「ああ、なんだ、心配かけたな」


 ジゲンがそう言った瞬間にルイがジゲンの胸に飛び込む。


「本当です......本当に心配しました......私はジンちゃんもあなたも帰って来なかったらと思うと......」


 ルイがジゲンの胸に顔を埋めて肩を小刻みに揺らす。

 ジゲンはそんなルイを抱きしめてすまない。と一言返すしか出来なかった。

 ジンはその光景を見て、母親ではなく、ジゲンの妻として泣く彼女にリナリーを重ねると同時に、この戦で命を落とした兵士達の家族はどうしているだろうと考え、やるせない気持ちになるが、自分が悩んでもきっと何の慰めにもならないと思い、今は腕の中の体温を噛み締めるのだった。

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