第70話 期待
全員が落ち着いて各々体を離す。
オウカだけはそれでも体を離さなかったが、ジンは嫌がることなく一緒に歩く。
「さあさあ、皆さまそろそろ戻りませんと体を冷やしてしまいますよ」
ジョゼに言われて皆渋々と言った風に体を離すとジンとジゲンが頭を下げる。
「すまないな、心配をかけた」
「ジョゼもただいま」
二人がしっかりと頭を下げたことでこの話は終わり、オオトリ家は久しぶりの平穏を楽しんだ。
次の日ジゲンは熱を出したが、大怪我のせいであると医師に言われて安静にしておく様にとのことなのでジンはジゲンの寝室に来ていた。
「まぁ、仕方がないね。腕を斬られてあれだけ休まず動き回ったんだから」
「ふん!若い頃はこのくらい平気だったんだ!」
「親父殿、もう若くはないんだよ」
「分かっとるわい!!」
「旦那様!あまり大きな声を出してはなりません!体に響きます」
「むぅ」
「ははは、親父殿もジョゼの前じゃ肩なしだね」
「ちっ!それでお前はなにしにここに来たんだ」
「ああ、ちょっと話したいことがあったんだけど体調が改善してから聞いてもらうよ。今日はリナリーのところに行ってくる」
「なに?アポはとってあるのか?」
「どうやら昨日付けでキリル殿から招待状が届いてたよ」
「なに?わしには何も言ってなかったが?」
「まぁ、どの道その体調じゃ難しいでしょう。夕方には帰るよ、母上もオウカもべったりだしね」
「なんだ貴様、サラッと嫌味か?」
「はいはい、安静にしといてね。じゃあジョゼ頼んだよ?多分もうそろそろ母上が来るだろうからその時は頼むね」
「ええ、心得ております。行ってらっしゃいませ。ジン坊っちゃま」
「ああ、いってきます」
ジンはそう言うと立ち上がり部屋から出て行く。
「ふふふ、また少し成長されましたね」
「あいつは早くていかん」
二人は冗談を言いながら微笑むのだった。
ジンがフォルム侯爵の屋敷に向かう馬車でリナリーになんと声を掛ければいいか悩んでいた。
「どうしようか」
答えは出ないまま気付けばフォルム侯爵の屋敷へと到着した。
「ようこそおいでくださいました。私フォルム侯爵家の家令を務めさせております。オードバルと申します」
「ご丁寧にありがとうございます、ジン・オオトリです」
二人は頭を下げ合う。
「私にそのような丁寧な対応感謝いたします。ではどうぞ、主人がお待ちです」
オードバルが先行して屋敷に入って行くのでジンはそれに続く。
ジンは一室に案内されて豪華であるが品を損なうことのない椅子に座り待機する。
ジンが椅子に座ってから待つこと数分部屋にキリルが入って来る。
「やあ、ジン君久しぶりだね」
ジンはすぐに立ち上がると礼に習って頭を下げる。
「本日はお招きに預かり感謝致します」
「頭を上げてくれ。すまないね、リナリーを先に合わせようかとも思ったんだが君も憂いはない方がいいだろう」
「ありがとうございます」
ジンが頭を上げる。
「座ってくれたまえ」
「はい」
キリルに言われてジンが椅子に座ると、キリルも向かいの椅子に腰を下ろす。
「さて、まずはよく無事に帰った。相当な激戦だったと聞いている」
「......はい、自分の力不足を嘆くばかりです」
「そんなことはないだろう。聞いたよ、窮地を脱する知略に敵将一人を屠る武勇、正直予想以上だ」
「ありがとうございます......」
「浮かない顔だね」
「......初めて部下を失いました」
「そうか」
「分かってはいます。戦争です。人の命が散るのは必然であることは......それでもやはり考えてしまうんです。あの時こうしておけばと」
「そうか」
キリルは静かに相槌を打って聞く。
「それでも私を信じ託して逝った者達に示しの着く生き方をしていこうと思います」
キリルはジンの目を見て正直驚いていた。
外交大臣として培ってきたポーカーフェイスがなければ驚愕の表情をしていただろうと思うくらいには驚いていた。
(彼はあれだけの功を立てて尚、後悔し、さらに前を向くか)
「僕は戦争に一度だけ出た事がある。君のお父さんと一緒にね」
「タイラン奪還戦でしょうか?」
「ああ、あの時も相当な地獄だった」
「......」
ジンは黙ってキリルの話に耳を傾ける。
「戦争の内容は勉強していると思うが、我々の士気は高く怒涛の勢いで進軍していた......だがタイラン奪還の際には多くの犠牲が出た。僕も部下を多く抱えていたが隊の殆どは死んでしまった......いや、死なせてしまったと言う方が正しいだろう。盤上の兵は駒だが戦場ではそうじゃないそのことをあそこまで実感したのは後にも先にもないね」
「......」
「終わった後、君と同じように後悔して前を向くまで僕は半年以上かかった......君は強いね」
「そんなことはありません。私も上司の言葉がなければ今も尚、悩んでいたでしょう」
「そうか、いい上司を持ったね」
「はい」
キリルは頬んで言うと手を組む。
「さて今日は君の帰還を喜ぶのも一つの要件ではあったが、それが本題じゃない」
「はい」
「君とリナリーの婚約の条件を覚えているかい?」
「はい、キリル侯爵に期待される何かを見せると言う約束でした」
「その通り。ここで肝なのは期待させる何かを見せると言うことだ」
「はい」
「功を立てるわけでも、武勇を見せるわけでもない。この僕に期待をさせると言うことだ」
「はい」
「さて、只まだ三年と言う条件もあったがもう答えは出た」
「はい」
「君とリナリーの婚約を許そう」
キリルはサラッと言う。あまりのもサラッと言ったのでジンは驚いて固まってしまった。
「おーい、ジン君?」
「は、はい!え?よろしいんですか?」
「ああ、君に期待するには十分な物を僕は君に見た。勘違いして欲しくないから言うが、君の功績や武勇などは二の次だ、僕は君の志しに期待する」
「......はい!」
ジンはキリルの言葉を噛み締めて力強く頷いた。
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