第71話 いじわる

 ジンはキリルとの話が終わるとリナリーがいると言う部屋にオードバルの後ろに続いて歩いていた。


「着きました、こちらになります」


「ありがとうございます」


「主人からここまででいいと言われておりますので私はここで失礼いたします」


「ありがとうございました」


 オードバルは一礼すると来た道を戻って行く。


「すーはーすーはーふう、よし」


 ジンは少し深呼吸をして扉をノックする。


「どうぞ」


 その声を聞いただけでジンの心が綻ぶ。

 ジンが扉を開けて入室する。


「ジン・オオトリでゲフ!!」


 ジンは入室してすぐの物理的な衝撃に変な声が出てしまう。

 ジンはなんとか尻餅をつくのを避けて踏ん張る。


「リナリー嬢?」


 それはリナリーだった、昨日にルイのようにジンの胸に顔を埋めている。

 ジンはリナリーの小さな肩に手を回そうかどうかを逡巡するが、意を決して抱きしめ返す。


「リナリー嬢......ただいま帰りました」


「心配しました」


「申し訳ありません」


「ジン様は私にプロポーズしてくださったのに帰って来ないんじゃ無いかって」


「申し訳ありません」


「......お願いがあります」


「なんでしょうか?」


「此処にいらしたと言うことは父のお話は聞いておりますか?」


 未だにジンの胸に顔を埋めてリナリーは言う。


「はい、リナリー嬢との婚約を許可していただきました」


「私はあらかじめ聞いておりました。そこでお願いです」


「はい、伺います」


「敬語をやめてください!」


 ここで初めてリナリーは顔を上げる。

 その整った顔の大きな瞳は涙の雫をためて上目遣いである、その破壊力は天元を突破していた。


「け、敬語ですか?」


 ジンはなんとかそう言うとリナリーの顔が間近にありすぎて固まってしまう。


「そうです!」


「それはえっとどうしてでしょうか?」


「私がそれを望むからです!」


 リナリーの押しの強さにジンは混乱してしまうが、別に聞けない願いではないので頷く。


「わかり......いや、わかったよ」


「はい」


 リナリーは花が咲くように笑う。

 そこから数秒そのままの二人、どんどん顔の赤くなっていくリナリーは言いづらそうに口を開く。


「ジン様、申し訳ありません。私ったら淑女に有るまじき行いをしてしまいました」


「そうかな?俺は嬉しかったけど」


「あう!?......あの、ジン様、その、もう大丈夫です」


「ん?」


 ジンはわかっていて首を傾げる。

 

「あにょ、えっと、あにょ」


 リナリーはどんどん顔が赤くなり言葉もふにゃふにゃになって行く。


「どうかした?」


「いじわるですか?」


「俺は敬語をやめたよ?リナリーは?」


「わ、私はこれは癖にゃので!」


「ふむ、では暫くこのままだね」


「にゃんでですか?!」


「冗談だよ」


 ジンは笑いながらリナリーを解放する。

 リナリーは少し呼吸を整えてから恨めしそうにジンを睨むが、その仕草は可愛いの一言だった。


「ジン様がいじわるなのがわかりました」


「俺もリナリーが恐ろしく可愛いと言う事はわかったよ」


「やっぱりいじわるです」

 

 リナリーはブツブツと言いながら数歩ほど下がるのだった。

 ジンは少し拗ねてしまったリナリーに謝り続けること数分やっと許しを得た。

 苦笑いをしながらジンは先程メイドが持ってきた紅茶に口をつける。少し冷めていたがオオトリ家では基本的に緑茶で有るため新鮮で美味しかった。


「ジン様、此度の戦本当にお疲れ様でした」


「ありがとう、窮地に合った時君のことを思い出したよ。ああ、そういえばこれを返そうと思っていたんだけど」


 ジンはそう言うとおもむろに胸の内側ポケットからリボンを出す。

 それはリナリーが戦に行く前日の渡したリボンだった。


「持っていてくださったのですね」


「すみません、戦場には汚れると思い持って行ってはいないんだけど、気持ちはしっかりと持っていったよ」


「ジン様!」


 ジンは急にリナリーに睨まれて慌てる。


「はい!」


「持っていってくださらなかったのですか?」


「ごめん、汚れると思って」


「汚れなどいいのです!私は言いましたよね?これを私の分身にと!」


「はい!」


「それなのに持っていってくださらなかったのですか!」


「その......」


「ジン様は乙女心がどういうものか全く理解していません!!」


「う、すまない......」


 リナリーはみるみる目に涙を溜めて行く、ジンはやらかしてしまったと思い手をわちゃわちゃさせて弁明しようとするが悪手だと思い素直に謝ることにした。


「ごめん!次からは必ず一緒に連れて行くよ」


「そうしてください!じゃなきゃ次はもっと怒りますから!」


「ごめん」


 ジンはリナリーの涙を指で拭って謝る。


「それは持っていてください。いついかなる時もこのリナリーはジン様と共にありたいのです」


「ありがとう」


 ジンはこの可愛すぎる生き物を抱きしめたい気持ちに襲われるがそんなことはできないためグッと我慢する。

 我慢して今日の本題に入る。


「今日は帰還の事ともう一つ伝えたい事があって来ました」


「敬語......」


「う、ごめん」


「大丈夫です。それでもう一つの件とは?」


「うん、まだ誰にも言っていないんだけどまずはリナリーに言おうと思って」


「嬉しいです」


「ははは、それで本題なんだけど......後二年半後に俺たちは学園に入学すると思う」


「はい」


「それまでの二年半、俺は師匠の元で教えを乞おうと思ってるんだ」


「ニ年半ですか......その間会えないと言う事でしょうか?」


「そうだね、たまに戻ってこようとは思ってるけど頻繁には会いに来れないと思う」


「そうですか......」


 明らかにシュンとしてしまうリナリーにジンは申し訳ない気持ちになるがこれはもう決めた事だ。今のジンには守れるものが少ないと痛感し、打ちのめされた。ならば止まってる時間などはない進むしかないのだ。


「ごめん、もう決めた事なんだ」


「わかりました!でも会えない期間に他の女性に目移りしたと言われたら私泣いてしまいます」


「誓ってそんな不誠実のことはしない」


「信じています。でももしそんなことがあれば私は泣いたあとジン様のことをなんとしても不幸にしようと何ふり構わず動くと思います」


「えっと?」


「なのでそうならないよう私も心からお待ちしていますね?」


 リナリーは邪鬼ひとつない笑顔でえげつないことを言うのでジンは引き攣りながら笑うしかなかった。


「肝に銘じとくよ」


「はい♪」


 ジンはリナリーの笑顔とは裏腹にカラカラに乾いてしまった喉を潤すためにカップに残った紅茶を飲み干す。

 ジンとリナリーの結婚生活はこのやり取りを見た侍女によって後に二人の上下関係はこの時に定められたのだと、多くの歴史書に記されている。

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