第155話 助言

 イーサンはテズームに借りた正装で屋敷の一室で待機しているとドアが開き、煌びやかなドレスに身を包んだリナリーとノアが入室してきた。


「ほお、錦上添花きんじょうてんかとは正にこのことだな」


 イーサンの褒め言葉に二人は笑顔で一礼すると辺りを見回す。

 ジンを探していると察したイーサンがある方向を指差して二人に言う。


「ジンならあそこで戦闘中だ」


 二人がイーサンの言われた方へ顔を向けると、長椅子の影でジンは正座から解放されて急速に足に巡った血による痺れと闘っており、その光景に二人は少しだけ罪悪感を感じる。

 やっとジンが落ち着くと二人の姿に真顔で一言呟いた。


「綺麗だ」


 二人はその一言で先程イーサンに褒められたよりも嬉しそうにはにかむのだった。

 それから四人はジンの着替えを待ってから、テズームと共に王宮へ向かう。

 

「パーティーですが皆さまの歓迎会というわけではなく日輪祭開催の恒例行事となっておりますので皆さまの紹介は最低限になりますが、ご容赦ください」


「問題ありません」


 こうして馬車が王宮に到着するのだった。

 ヴァーレンハイトはパーティーが始まり多くの貴族の挨拶に一言返すといういつもの流れをしていると丞相であるベルグが近づいてきて耳打ちをする。


「彼らが到着されたようです」


「そうか」


 顔色を変えずにそう言うとパーティー会場のドアが開き少なくない数の視線がそちらに向く。

 会場にはジンとその両脇にリナリー、ノアをエスコートして、イーサンはそのあとに続いて入場してきた。

 会場で話に花を咲かせていた貴族達の会話がピタリと止む。

 ジン達に視線を向けた全員がリナリーとノアに魅入ってしまったのだ。

 ジン達はその視線を顔色一つ変えずに受けると、ヴァーレンハイトの元へ一直線に向かう。ヴァーレンハイトの前に四人が到着すると四人が綺麗に一礼して、代表してリナリーが挨拶の口上を口にする。


「本日はこのような盛大なる社交の場に招待頂きありがとうございます」


「こちらこそ、招待を受けていただき感謝している。ベルグ」


「はい。皆さまこちらにいらっしゃいますは、此度第一王子のジャヴィス殿下達と交換留学に来てくださったフォルム侯爵家ご令嬢御一行である。明日から皆様同様学園で三か月と短い期間ですが机を並べるご学友となりますので、どうぞ寛大な拍手を」


 ベルグの言葉に一白おいて会場に拍手が響く。

 その拍手に応えるようにジン達は会場に体を向けて一礼するのだった。だが、その拍手をする者たちの殆どがジン以外の三人に向けられていることをなんとなくジンは察するがこれは仕方がない。何故ならジン以外の人間のビジュアルがそれはもういいからだろう。これはジンも納得しているので特に思うところはなかった。


(まぁ、イーサンもイケメンだしな、仕方がないっちゃ仕方がないが......少し寂しい)


 心の中でそう呟くとジンは顔を上げる。


「では、皆パーティーを続けてくれ」


 ヴァーレンハイトの言葉で先程のような活気が会場に戻るが、チラチラとリナリーやノア、女性はイーサンへの視線に会話半分といった雰囲気になった。

 ヴァーレンハイトから少し離れて四人は顔を見合わせる。


「さて、俺は父が懇意にしている貴族とその令息には挨拶に行かなければいけないからここで一旦別行動になるな」


「わかった。リナリーもかな?」


「はい、お父様はお顔が広いですから、それに今回は私が皆様の代表となっておりますので主要の貴族の方には挨拶しなければいけません」


「そうか、どうする?俺たちも一緒に行った方がいいか?」


「いえ、それには及びません。それに何か有ればすぐに来てくださいますもの」


「ははは、そうか、それなら俺とノアは特にやることもないし、至高の料理たちと戦うか」


「いえ、私はリナリー様と」


 ノアがそう言うとリナリーがノアに顔を近づける。


「ノア」


「今回は遠慮ではありません。ジン様がいるとこちらのご令嬢方にいい印象を持って頂けないと言うことはわかりますが、お一人は流石に見過ごすことはできません。私ならリナリー様の友人と言う立ち位置にいられますので」


「んーつまり今日この場に置いて俺は二人の騎士足りえないってことか」


 ジンはノアの言ったこちらの令嬢にいい印象を持たれないと言う言葉に、ジンを卑下する物ではない事はわかっているので、女性の間では色々あるんだなと思う。


「そうですね。それではノアお願いできるかしら」


「もちろんです。ですのでジン様申し訳ありません」


「大丈夫だよ。何かあればすぐに駆けつけるから二人とも楽しんでおいで」


「「はい!」」


 いい返事をしてから二人は人混みへと消えていく。もうすでにイーサンの姿はなく、何か一言言っていけよと思いながらジンは料理の用意された机に向かい、取り皿に幾つか見繕うとそれを口に運びながら会場を見回す。


(パーティーね)


 ジンはこう言った社交の場に来ることが極めて少ない。と言うより初めてに近かった。

 そのため会話に花を咲かせている生徒たちを何か遠い存在に感じる。


「おや、一人か」


 急に話しかけられてジンは後ろを振り向くと、そこにはヴァーレンハイトがいた。


「あえ?」


 まさかのことに変な声が出て、ジンは慌てて周りを見渡すが、誰もこちらを向いていなかった。


「ははは、ここは穴場でな、何故か人の視線や通りが殆どないんだよ。それに君の影に隠れて皆には私が見えていないだろう」


「えっと、いいんですか?こんなところにいて」


「挨拶は終わったからな、まぁこれから個別に挨拶が来るんのだが、それまでの息抜きと言う奴だ」


「はぁ」


「ところでジン・オオトリ君」


「ジンで構いませんよ」


「そうか、ジン君。君たちが今回この国に来たのは治癒魔法が目的かな?」


 ジンはヴァーレンハイトの質問に少しだけ考えてすぐに顔を上げる。


「そうです」


「認めるのが早いね」


「一国の王様と腹の探り合いなんて勝てる見込みありませんからね、だったら正直に言ってしまった方が早いですよ」


「そうか」


 ジンの腹の座った考えはここまでヴァーレンハイトは会ったことがない。その堂々とした態度に本当に自分の息子と同い年かと疑いたくなるのだった。


「ははは、そうだな腹の探り合いが通用せんのはバカか正直者だ。いいだろう学園が始まれば三年生のレナシー・マーチンと言う者をに会いにいくといい」


「?」


「何を隠そう、治癒魔法、発見したのは彼女だ」


「まさか!?生徒が発見したと言うのですか?」


「その通りではあるが、まぁ彼女は天才と言う奴だ。だが、天才にはよくある話で気難しくてな、もし君が彼女から気に入られたのなら直接話を聞いてみるといい」


「そうですか」


 ジンはヴァーレンハイトの含みのある言い方に何かあるのかと勘繰る。


「だが」

 

 ヴァーレンハイトがジンにこれでもかと顔を近づける。


「彼女が許可しなかった場合我々は君たちに治癒魔法の一切を教えることはない。これは彼女と私の約束でな、彼女が認めた者にしかこの技術を教える事は許されていない。それを知っておいて貰おう」


「......わかりました」


 ジンはヴァーレンハイトの言葉に納得する。確かに治癒魔法が存在するならそれは国家機密級の代物だろう。


「でもいいんですか?おそらくその情報は巨万の富や強大な軍事力につながりますが」


「構わん。彼女との約束は彼女が認めた者にはその情報を伝えると言うそれだけだ」


「なるほど」


 ジンはヴァーレンハイトがそのレナシーと言う女性に対しての信頼と、それと同じだけの畏怖を抱いていることを感じた。

 そこまで話してジンは弾かれたように一点に顔を向ける。その行動にヴァーレンハイトがどうしたのかと質問する。


「すみません陛下。どうやら私の婚約者が困っているようなので失礼致します。多大なるご助言感謝致します。では」


 そう言うとジンはヴァーレンハイトが止める間もなく人混みを縫うように消えていった。

 ヴァーレンハイトはその行動が気になり、公務とも言える挨拶回りを後回しにしてジンの跡を追うのだった。

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