第222話 始まる

 ジンたち留学生組の交換留学も後一ヶ月と期限が迫ってきたその日、部屋でイーサンと談笑していると、すごい音を立てて来客者が訪れる。


「隊長!!」


 天井裏から転がるように部屋に落ちて来たのはガオンだった。


「ガ、ガオン?どうした?」


 ジンはガオンがここに来るまでいつもの様に繊細に気配を消す動きを全くせず、ジンにはわかっていたが、その慌てぶりに少し言葉が詰まってしまった。


「早急にこれを見てください!」


 ガオンはジンに一通の手紙を渡すと、リナリーの側付きに用があるとまた天井裏に戻っていく。

 ジンはイーサンと顔を見合わせた後、手紙を開き中身を読み始める。


“前置きは省略する。

九月九日明朝、隣国チャールズ共和国からの宣戦布告を宣言された。

恐らく三週間と経たずに行進は始まることも考えられる。

今日行われた会議の内容を伝えたいが、この手紙が送った者に届かない可能性も考慮してここには記載しない。

この手紙を受け取った者はそちらにいる全ての事柄を放棄し、速やかに帰国の準備をして、準備が出来次第母国に帰る事を命ずる。

上とは話を通しておく。これは立場ある者からの命令である。


弟弟子より”


 ジンはそれを読み終えると、手紙をイーサンに渡す。

 渡されたイーサンは中身を読んでいいのかと目で確認して来たので、ジンが頷くと、手紙に目を落として文字列を読み進めていき、ジンと殆ど同じ時間で読み終えて顔を上げる。


「これは」


「弟弟子ってのは、俺の知る限り一人しかいない。イーサン準備するぞ」


「待て、これはお前宛だろう?読んでよかったのか?」


「タイミングが早かっただけだ。後でお前のところにも同じような手紙が来る。隣国と戦争をやろうって国に大事な時期国王を置いとくわけにもいかねーだろ。交換留学はすぐに終わる」


「俺は構わんが、お前は大丈夫なのか?アーデウスとのやり取りは」


「流石に今から戦争しますって国に連れて行けるわけねーだろ。が、一応の話はしてみるか」


 二人がそこまで話し終えると、二人の部屋のドアを誰かがノックする。


「どうぞ」


 ジンがそれに答えると、入ってきたのはリナリーだった。


「ジン様」


「俺たちも今見た。まさか彼の国がここまで早く動き出すとは正直驚きだがな」


「どうされますか?」


「すぐに帰国の準備だ。リナリーの方はどうか知らんがこっちには三週間とあった」


「此方も同じです。明日には出れるようノアにも伝えておきます」


「頼んだ。さて、ヴァーレンハイト様からまーた呼び出しか?」


 ジンがそう言うと、ドアを見つめる。


(......このタイミングで呼び出しがないってことは、まだ知らせが届いてない可能性があるってことか?)


「ガオン!」


「はい。はぁはぁ」


 ガオンは珍しく息を乱してジンの前に膝をつく。


「この手紙は一昨日のものだな。あまり無理をするな」


 ガオンはベータル王国からここまで二日で辿りついたという事は言うまでもなく。

 それは相当険しい道のりで、恐らくジンが休まずベータルからここまで走ったとしても三日はかかる。

 ベータルの王都とホイルの王都は大国にしては珍しくえらく近い位置にあるが、それでも普通の行商が横断すれば二週間はかかる。

 それを二日でと言うのは正直現実的ではない。が、ガオンはそれをやってのけたのだ。


「はぁはぁ、この情報は、鮮度が、重要でしたので」


 頗る顔色の悪いガオンがそう言って笑うのでジンはガオンの肩に手を置いて笑う。

 

「わかったから、今は休め」


 ガオンは浅く一礼して天井裏に戻っていくのをジンは止めようとしたが、すでにガオンの気配がないことにため息をつく。


「ここで休めばいいのに」


 リナリーはそのあと自分の部屋に戻っていき、イーサンと二人、ジンは帰り支度を整え始める。


「始まるか」


「ああ」


 ジンの一人言にイーサンが反応する。

 ジンは支度に手を止めて、イーサンに顔を向ける。


「イーサンはこの戦争、どう転ぶと思う?」


「......初動かな」


「お前もそう思うか」


「ああ、もし初動で転ければ長引くとおもう」


「長引いて不利なのかどっちだと思う?」


「......ベータルの方だろうな」


「なんでだ?」


「俺に戦術的なことはわからなんが、恐らく彼方の士気は我々の物よりも水準が高い。戦場での士気の高低は馬鹿にできん」


「なるほどな」


 ジンはイーサンの意見に納得する。


「それ以上のところは現状では分からん。戦術的な話ならテオに聞いた方が早いだろう」


「だな、早いとこ帰らねーと。いやな胸騒ぎもするしな」


 ジンはイーサンにそういうと、また手を動かし始めるのだった。

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