第221話 そう言う戦争
時は少し遡り、ジゲン達が国家防衛会議を行なっているちょうどその頃、ベータル王国に宣戦布告をしてきたチャールズ共和国でも会議が行われようとしていた。
「人頭はまだこないのか」
会議室の中央右側三番目にすわっている小太りで髪は白髪が多く混じり始めており、生え際に関してはやや後退しているちょび髭の男が葉巻を吹かしながら不機嫌そうにそう言うと、左側一番末席に座る短髪でこれといって特徴のない若い男がそれに応える。
「申し訳ありません。ベータルとの戦争になるのに際して国民に知らせなくてはなりませんから」
「っち、そんなもの後でもよかろう」
不機嫌そうにそう言って灰皿に葉巻を押し付ける小太りの男よりも更に不機嫌そうな青年が口を挟む。
「おいおい、老害、この国は共和国だぞ?国民様第一主義なんだよ」
それは深い青色の髪に瞳の色はエメラルドグリーンの美丈夫だった。
「政治を知らぬガキが誰に物を言っているのかわかっているか?」
「うるせーな、人頭のお情けでそこにいるてめーにだよ、イベリア・ダイドー」
「!」
「口を慎め、ゼスド」
挑発をやめない青年、ゼスドを止めたのは鍛え抜かれた体に幾つもの戦傷を刻み、その風格はジゲンやレオンなど歴戦の猛者である事を物語っている白髪短髪の男だった。
「......っち」
「貴様の教育がなっとらんようだな戦争屋ジュゼア」
戦争屋とは武官を嘲笑う蔑称であった。
「てめえ、殺すぞ?」
それに机を叩いて立ち上がり反応したのはジュゼアではなくゼスドだった。ゼスドは殺気を隠そうともせず垂れ流し、イベリアを睨みつける。
イベリアはそれを平然とした顔で受けると、先程火を消した葉巻の先端を切って再度火をつける。
「おい?聞こえてんだろクソやろう」
「ほう?本当に口に利き方を知らんようだな、餓鬼」
剣呑な雰囲気が会議室を飲み込むなか、ピシャリと通る声でふたりの言い争いに割って入る者がいた。
「落ち着きなさい」
再度言い争いになりそうな二人を止めたのは中央の席の左側に座る眼鏡をかけ髪は腰まで長髪にした男だった。
「......」「......」
二人は互いに睨み合ったあと視線を切る。
「......仕方がありません。人頭が来られる前に始めるとしましょう。皆様に集まって頂いたのは他でもありません。本日明朝、我々チャールズ共和国はベータル王国に正式に宣戦布告を致しました」
話し始めた眼鏡の男に全員が引き締まった顔で話を聞く。
「念の為ここまでの経緯を洗いますが、ベータル隣国で治癒魔法なるものが開発され、恐らく近年戦争のあり方は変わるでしょう。急に大きく変わるわけではないでしょうが、これから先、大陸の派遣を取る戦争が活発化していくのは目を背けてはならない事実。そして我々チャールズ共和国にとって目下最大の脅威となり得るのはベータル王国でしょう。豊富な資源に人口、現国王であるディノケイドが穏健派であったために派手な侵略などはこれまで行われなかった。ですが時代が変わると言う事は指導者もまた変わると言う事です。特に王政であれば政権は時代と大きくリンクするでしょう。その前にベータルは叩いておく必要がある。そう結論づけた我々はベータルに宣戦布告をしました。ここまでで皆様相違ありませんでしょうか?」
眼鏡の男の説明に誰も反応しない。沈黙は肯定と取り眼鏡の男は再度口を開く。
「本日の議題は誰が総指揮に相応しいかという話に終止符を打つ事です。宣戦布告の前に決めたくはありましたが......言っても仕方がありません。今日こそ決めて行きましょう」
「ネーマリア副人頭、その任、どうかこのイベリアにお任せください」
「はぁ?前も言ったが戦争のせの字も知らねー文官がしゃしゃんな、今まで通りジュゼア将軍が指揮を取るべきだろうが」
またしてもイベリアとゼスドが睨み合う。だが今回は二人だけでなく会議室の縦長に伸びる机を中央割って左右で睨み合っていた。
それに参加していないのは中央の席を開けて座る左右の、ジュゼアとネーマリアの両者だけだった。
「わかりました。では誰が総指揮を取るか、武官の皆さんはジュゼア将軍が指揮を取るべきだと」
ネーマリアの質問に、中央割って右側のゼスドを含み、座る全員が頷く。
「逆に、文官の皆さんはイベリア戦技大臣に総指揮を取って貰いたいと」
ネーマリアは顔を左側に向けて質問すると、左側の席に座る全員が頷いた。
「そうですか。こう言う場合我々は話し合いか、それが難しいなら多数決と言うのが法ではありますが」
「話し合い?なんかの冗談だろ?この国が共和国になってから話し合いなんてもんはつえー奴が暴力の代わりに権力で殴るだけの物に変わっただけだろうが、それが話し合い?笑わせんな」
「ゼスド!」
それまで黙っていたジュゼアがゼスドの発言に青筋を浮かべて怒る。それを受けたゼスドはビクッっと体を揺らし、それまでの不遜な態度が嘘のように静かになる。
「今のは聞かなかった事にしましょう。ですが困りました。武官文官の数が同じ、であるならやはり人頭に頼る他ありませんか」
チャールズ共和国には派閥がある。と言うよりもどの国にも派閥はある。基本的に女性間での派閥は有名であるが、少なからず男性の間にも存在するところも多い。
そしてここチャールズ共和国では大きく分けて武官と文官の派閥が国を二つに割っている。
逆に言うと、そに他の細かい派閥はあまり無い。武官と文官だけが非常に仲が悪いのだ。
「それでまだ人頭は」
ネーマリアが会議の最初にイベリアに謝っていた末席の文官に尋ねる。
「すみません。恐らくもう少々すれば来られると思うのですが」
先程とあまり変わらない答えにネーマリアはため息をつくと顔を上げる。
「いいでしょう。ならば今名前の出たお二人はもし指揮官として任命された時、どのようにベータルへ攻勢するのか、その戦略を立てて置きなさい。時間も勿体無いですし、総指揮官に関する話し合いは、人頭が来られるまで一旦終了し、その他の下準備についての報告を聞きましょう」
ネーマリアがそこまで言うと、何人かは睨み合ったままだったが、なんとか切り替えて戦の下準備の段階について報告とすり合わせをしていくのだった。
会議は今ままでの事が嘘のように筒がなく進行され、結局最初の話に戻っていた。
「人頭はいつ来るんだ!ペレー!」
「もう少々お待ちくださいとしか」
「お前はそれしか言えんのか!この無能が!」
「申し訳ありません」
「イベリア戦技大臣、落ち着いてください。この件でペレーの落ち度はありません」
「ですがねネーマリア副人頭」
「我慢も知らねーのか老害は」
「ゼスド、貴様は黙れ」
「はい」
会議室はこの上ないほど空気が澱み、あまり派閥争いに関心のない官職の人間はなんでもいいから早く終わってくれと言うのが本音だった。
そんな重い雰囲気の会議室の扉が勢いよく開く。
「いやー、待たせた待たせた、コックのムースが新料理を開発したとかで、いやー申し訳ない!」
そこに入って来たのは無精髭にボサボサ頭で口には何か食べた後がくっきりと残った冴えない男だった。
「えっと、どうした諸君?冴えない顔だな」
「......ネセウス人頭」
「おお、イベリア戦技大臣!息子は元気か?」
満面の笑みで悪びれずそう言うこの男こそ、チャールズ共和国のトップ、ネセウス・ランガローグだった。
イベリアはそんなネセウスの態度に青筋を浮かべ、プルプルと震えるが、なんとか怒鳴り散らしたい衝動を抑えて引き攣る笑みで質問に答える。
「ええ、お陰様で、それよりも会議が始まっております。どうかお席に」
「ん?おお!すまんすまん」
そう言うとネセウスは軽快な足取りで中央の席まで行くと、ドカっと音を立てて椅子に座る。
「それで?どこまで話は進んだ?」
「はぁ、ネセウス。これは私の副人頭という立場を抜きにして、友人として言わせてもらうが、もう少し申し訳ないという態度を見せるべきだ」
「え?なんで?僕謝ったろ?」
「なんでって」
「副人頭」
ネーマリアとネセウスの会話に手を上げて止めたのはジュゼアだった。
「我々は気にしません。それよりも本題に入りましょう」
「......わかった。ネセウス人頭、これまでの会議の流れをご説明いたします」
「ん」
そこからネーマリアはジュゼアとイベリアのどちらに総指揮を任せるべきか、しっかりと流れを踏まえた上で説明し、その決定はネセウスに委ねられる事になったと伝えた。
「なーるど、ジュゼア将軍かイベリア戦技大臣か......か」
ネセウスは無精髭を親指と人差し指でさすりながら、んーと数秒唸って顔を上げる。
「ジュゼア将軍に任せよう」
ネセウスの言葉に反応したのは、もちろんイベリアだった。
「お、お待ちください!そう思われた訳をご説明ください!」
「訳?んーそうだな、強いて言うなら......この戦は負けられないからだ」
そこでネセウスの表情が変わる。
今まで初対面であれば小汚く、それでいて能天気、デリカシーなどかけらも持ち合わせていないと最悪の印象しか残す事がないであろう男の目がスッと細くなる。
「この戦に敗れればこの先我々は大陸の中で孤立する」
「!?」
「我が国唯一の同盟国である帝国には一言も入れずベータルへの宣戦布告。更に我々は帝国との同盟関係にありながら先の大戦において殆どの援助を断った。歴史的不作という言い訳をしてね。だがあっちもそこまで馬鹿じゃない。僕たちがなぜ断ったかもうしっかりと情報を掴んでいる筈だ。我々がこの戦のために貯蔵していたってことにね」
「それだけで帝国が敵に回ると?」
「それだけ?ははは、どうやら貴方と僕とで認識に誤りがあるようだ。いいかい?国家の危機に助けを寄越さない同盟になんの意味がある?世界は確かに甘くない。無関係の国が、国家の危機なんだ!助けてくれ!で、助けが来ればそんな幸せなことはない。だから同盟が存在する。けどね、我々は不作だなんだと言って体面、取り繕ってはいるが結局、帝国に対して同盟という役割を果たしていない。だが、それも仕方がない事だろう。どの国家も自分達の国のことしか考えていない。我々含めね。だから帝国は我々が負ければ敵に回る。運良く回らなくても一度見捨てて置いて、自分達が危機になれば助けろなんて虫のいい話が通る訳もない。更に言えば、ここら一帯で帝国を敵に回すという事は、周りの小国も敵に回すという事だ。わかったかい?これはそう言う戦争だ」
「......」
「だから必ず勝つ。勝てばまだ領土なりなんなり帝国に渡せばすこしは機嫌が取れるだろうからね」
「そ、それは、いやそうではなく!私ではベータルの犬どもに敗れると言うのですか?」
「落ち着きたまえよ、イベリア戦技大臣。何も貴方が負けるなどとは思っていない。だが懸念点は一つでも取り除いておきたいのさ」
「懸念点......」
「そう、懸念点だ。だが、決して君がどうのと言う話ではない。この戦はジュゼア将軍に向いている。この戦は攻の戦だ。その戦にはやはり武人であるジュゼアが向いている。それに貴方にはもう役割がある」
「それは、この国きっての大戦の総指揮官よりも重要なのでしょうか?」
イベリアはネセウスの言葉に思わず立ち上がる。
「僕の描く戦争に置いて貴方の役目は恐らく一番重要だ。.......それにねイベリア、カミトールの大虐殺をこの場にいる者で思うところのない者はいない。いいかい?今は派閥だなんだと言ってる場合じゃないんだ。如何にして盤石に勝利を掴むか。如何にして過去の英霊に報いるか。そうだろう?」
ネセウスの言葉に派閥争いにあまり関心のない者が納得する。
「この戦争は我々の先祖を弔い、新たに前に進む戦争だ。そしてこの戦に敗れればもちろんベータルを敵に回し、帝国を敵に回す。そうなれば我々は北の民を頼るほかに無くなる。それだけは避けたいだろう?」
「......ぐっ」
「どうか収めてくれイベリア戦技大臣」
「......納得はできません。ですが苦渋を舐めた我らが先祖の無念を引き合いに出されては引き下がる他にありません」
「すまない。少々卑怯ではあった」
「いいえ、目が覚めた思いです。ベータルだけは我々のプライドや今ある全てを懸けてでも報復せねばなりませんから」
「ありがとう。諸君も異論ないだろうか?」
ネセウスの言葉に、その場にいる殆どの者が固い決意を胸に頷く。それを見たネーマリアが通る声で宣言する。
「それでは此度の戦の総指揮官にはジュゼア将軍に任せる事とする」
「頼むね、ジュゼア将軍」
「っは!」
「そうでした、人頭」
「何かな?イベリア戦技大臣」
「して、私の役目というのは」
「ああ、それね」
イベリアは未だに自分はジュゼアに劣っているから外されたのではと小さな疑念から我慢できずに会議が終わる前にネセウスに確認したのだ。
ネセウスは今までの鋭い眼光を更に窄めて、口の端が吊り上がる。
「貴方にはホイル王国に行ってもらいたい」
その顔は、今までの顔のどれでよりもドス黒かった。
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