第223話 二つの話
ジンはガオンから報告のあった次の日、学園を休んで、ある場所に訪れていた。
「何度見てもでけぇ」
ジンが見上げている屋敷はレイラの実家である。
「今日はどんなご用意でしょうか?いくら貴方でもアポイントなしに旦那様にお通しするわけにはどうも」
「ああ、すみません。ですが、少し重要な話でして、時間ならいつまでも待たせて貰うのでどうか今日中に会えないでしょうか?」
「......承知しました。お話だけはお伝えしておきます」
「感謝します」
ジンは門番であるアーデウス家の私兵に頭を下げると、門の横で腕を組む。
門番はそんなジンに、本気で待つ気だとため息を吐いて、自分の主人に報告をしに行く。
ジンは門番が屋敷に引っ込むと、懐から昨日、ガオンが届けに来た密書とは違う紙を眺めて物思いにふける。
ジンが思考の海に潜ろうとすると、肩に手が置かれ現実に戻される。
「はぁはぁ、すまない。すぐにきてくれるか?」
ジンの肩を息を切らしながら手を置いたのは先程屋敷に入っていった門番だった。
「えっと?」
「はぁはぁ、いや旦那様がすぐにお会いになるそうだ」
「あ、そうですか」
ジンは笑顔でそれに答えると、門番の後に続く。屋敷に入り、門番の役目をメイドが引き継ぐと
ジンが以前、通された部屋に案内された。
「旦那様はすぐにいらっしゃいますので、少々お待ちください」
「わかりました」
そう言って、ジンは指定された椅子に腰掛けると、メイドは一礼して部屋を出て行く。
それから暫くしてジンの待つ部屋にユークリウスが訪れる。
「お待たせしたかな?」
部屋に入室して早々、人の良い笑みをを浮かべるユークリウスにジンは立ち上がって一礼する。
「いや、お忙しいところ、突然の訪問申し訳ありません」
「構わんよ。君は特別だ」
ユークリウスはジンの突然の訪問に気を悪くしていないと言って、ジンに対面する椅子に腰掛けて、ジンにも座るよう促す。
「さて、それで学園を休んでまで私の元に来たそのわけを聞こうか?」
「二つほど、すぐにでもお話したいことがあってお邪魔しました」
「ほう」
「一つ目は、お嬢様であるレイラ様の留学の件、少しばかり考え直していただきたいと思いまして」
ジンがそういうと、ユークリウスの今までの和やかな雰囲気が一瞬で霧散して目を細める。
「......理由を聞こうか」
ジンが勝手なことを言い出したのに対し、頭ごなしに怒りを表さないユークリウスにホッとしながら理由を話ことにする。
「理由については他言無用でお願いしてもよろしいでしょうか」
「いいだろう」
「......では、先日私たちの祖国であるベータル王国はチャールズ共和国との戦争状態に入りました」
「なに!?それは誠か!?」
「はい、恐らくもう少々すれば此方にも情報が入るでしょうが、いち早く私の元に知らせが来ました。そうなると今から戦争を行おうとしている国にレイラ様を留学させるというのは些か危険だと思い、いち早くにユークリウス様にお伝えしようと思い今日は参上いたしました」
「......なるほど、そうか」
ユークリウスは顎に手を置き数秒黙ったあと口を開く。
「君達はどうする」
「我々は早急に帰国する予定です」
「戦争状態に入ったと言っても、学生である君たちは帰国したところで何もできまい。ならば帰国する意味はないのではないか?」
「......私の勘ではありますが、恐らく私はこの戦、参戦せねばならぬかもしれないと考えています」
「......学生である君がか?」
「はい」
ジンはチャールズ共和国との戦争にあたって、ロイが何も行動していないとは思えなかった。実際のところ、ロイは何もしていないが、ドールやレオンの思惑の結果としてジンは帰国すれば戦争に参加する流れになっているので、ジンの勘は当たらずとも遠からずと言ったところだった。
「......君のいうことを信じるとするなら、確かにレイラをベータル王国に留学させることは難しいだろう。だが、それを君が私に言いに来た理由は何だ」
ユークリウスはジンの話を一旦真実として受ける。そうすると次に浮かび上がる疑問は何故ジンがわざわざこのことを言いに来たかだ。
「君がここに来ずともいずれは事実が私のところに降りてくる。それが君の言う話と同じであれば、レイラをベータル王国に留学させることは断念していただろう。つまり君がここに来た理由は別にあるということか」
「お察しの通りです。最初に言った通り、本日は二つのことをユークリウス様にお伝えしたく参りました。一つ目は先程言った、祖国とチャールズ共和国の戦争状態への突入の件それに伴い、レイラ様の留学が難しくなるとお伝えしたかった事。そしてもう一つ、それはリナリーとノアの守護をどうか、お願いしたい」
ジンはそう言って頭を深々と下げる。
ジンの行動に、ユークリウスはポカンとした後、慌ててジンに頭を上げるよう言う。
「待て待て、娘の恩人に頭を下げれては敵わん。頭を上げてくれ」
ユークリウスの言葉をジンは無視して頭を下げ続ける。
ユークリウスは何を言っても頭を上げないジンに溜息を吐いて顔を手で覆う。
「まずは理由を教えてくれ。返事はそれからだ」
「......わかりました」
「先程君たちは帰国すると聞いたが?」
「私とイーサンは帰国しますが、リナリーとノアは帰国させるべきではないと考えています」
「......戦火に巻き込まぬためか」
「そうです。昨日、私の元にチャールズ共和国との戦争状態に入ったという知らせとは別に、一つの手紙が届きました。それは現外交大臣である、キリル・フォルム、リナリーの父上からの手紙です。内容はリナリーとノアの帰国に対する話でした」
「......彼女達を帰国させるべきではないと?」
「はい、恐らく此度の戦争は先の帝国進軍に勝るとも劣らぬ激戦になるでしょう。そしてもし万が一にでも我々が敗れれば、ベータルは滅亡の危機にすらなります」
「......」
「リナリーとノアの処遇については私に一任されましたので、より安全を考慮するなら、ベータル王国よりも安全で、信用ができ、尚且つ力のある方にリナリーとノアをお願いしたいと思い行動させて頂きました」
ジンにそういう言われて、ユークリウスは押し黙る。
ジンに信用できる人間と言われて、少し嬉しく思っている一方、一つの疑問が浮かぶ。
「ヴァーレンハイト陛下ではダメだったのか?」
ユークリウスはジンの言っていた条件で有ればヴァーレンハイトに一番に頼みに行くべきではないかと思ったが、ジンは珍しく苦い顔をして否定する。
「いえ、私はユークリウス様にどうかお願いしたと考えています」
「そ、そうか」
これ以上聞くのはやめておこうとユークリウスは浅く頷く。
「お返事を聞いてもいいでしょうか?」
ジンの言葉にユークリウスは黙る。
ユークリウスに断るという選択肢はもうすでにない。
ジンが幾ら否定した所でレイラがジンの手によって守られたことは事実である。ならばジンの言っていることは一応の筋が通っており、尚且つ礼儀も忘れていない。であるなら最早ユークリウスには他に道はないと、了承を口に出そうとした時、ジンが先に口を開く。
「わかりました。この話受けていただけたなら、一つ、ユークリウス様の言う事を私が可能な範囲であれば尽力するとお約束します」
ユークリウスは逸る気持ちを抑えて、ゆっくりと口を開く。
「ジン君がそこまで言うなら、私もそれに応えたいと思う。その頼み、このユークリウスが確かに受けた」
「ありがとうございます!」
ユークリウスは内心とは裏腹に至極真面目な表情でジンに頷き返すにだった。
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