第224話 言葉にしなければ
ジンはアーデウスの屋敷を出たその足で学園に向かっていた。
ジンが学園に着いたのはちょうど授業中のことだった。ジンは迷わずある場所へ向かう。
「失礼します。ネム・リーはいますか?」
まだ授業を行っているAクラスに入ると、ネムを呼び出す。
Aクラスのほぼ全員がポカンとしている中、一番最初に正気に戻った教師がジンに注意する。
「留学生、今は授業中だ。後にして君も授業に戻りなさい」
ジンはそれを無視してネムを探すと、口を開けたネムと視線が合う。
「おお!ネム、ちょっといいか」
「君!」
教師が再度、ジンに注意をしようとした時ネムが立ち上がる。
「わかった」
「ネム君?」
それから二人は教師を置き去りにして教室を出ていく。いつもであれば追って止めただろうが、まさかここまで存在を無視されるとは思っていなかった教師は二人が教室を出ていくのをただただ見送るしか出来なかった。
ネムはジンの後をついていくが、我慢できずに口を開く。
「おい、ジン、なんかあったのか?」
ネムの質問にジンは振り向くことも足を止めることもなく答える。
「まぁ、何かあったといえば何かあったな。とりあえずついてきて」
「......」
そのままジンとネムが向かったのは屋上だった。現在授業中ということで屋上にはジンとネムしかおらず、ジンはある程度歩いた後、ネムの方に体を向ける。
「急なんだがネムに一つ頼みがある」
「頼み?」
「ああ、俺とイーサンは近々ベータルに帰ることになってな」
「近々って、一ヶ月後の話か?」
「いや、早ければ明日明後日にでも帰路に着くと思う」
「何があった?」
「んー、すぐにわかるしいいか......ベータル王国がチャールズ共和国と戦争状態に入った。だから帰んなきゃなんねー」
「まじでか」
「ああ、それで一つネムに頼みがある」
「頼み......」
ネムは内心、ジンが頼みたいことの想像がつかなかった。
「リナリーとノア、それとレイラを頼む」
「はぁ?」
ネムはジンの言っていることが理解できずに聞き返してしまう。
「......リナリーとノアはこの国に残していく」
ジンの言葉をやっと理解したネムは、少し眉を寄せて先程とは違う聞き返し方をする。
「お前とイーサンが戦争直中の国に帰国して、女共は安全なこの国に置いてけぼりか?」
「......」
「......まぁ、俺も男だからわからなくはねーが、ちゃんと話したのか?」
「いや、まだ話していない」
「はぁ、いいかジン。言わなくてもわかってくれるってのは、ただのエゴだぜ?人間なんてもんは伝えたいことを言葉にしなきゃ何一つ伝わらねーんだ。俺はそれをよく知ってる」
ネムは自分のことを棚には上げているが、それでもジンのことを思っての言葉だとジンは理解する。
「彼女達に話を通せ。まずはそっからだ」
ネムの言っていることは正論だ。
ジンは少しだけ俯いて考え、ネムに顔を向ける。
「わかった。悪いな」
「けっ、柄じゃねーことさすな」
「お前のそういうところ、俺はけっこう好きだぞ?」
「きも!じゃあな!話、通せよ!」
ネムはすぐに振り返ると怒鳴るようにそう言って屋上を後にする。
ネムが出て行った扉をみて、ジンは呟く。
「言葉にしなきゃか、その通りだな」
ジンはネムに言われたことを再度噛み締めて、迷いなく歩き出す。
それからジンが向かったのは自分の教室で、ジンが教室に入るちょうどその直前に昼休みを知らせるチャイムがなる。
ジンは教室に入ると、生徒達の注目を浴びるが、気にすることなく、教師の前に歩いていく。
「ジン・オオトリ、午前中お休みをもらっていましたが、体調が改善されたため午後から授業に参加します」
「そうか」
授業担当の教師が頷くと、何やらメモを取って教室を出て行く。
ジンはそれからリナリー達の元に向かう。
「リナリー、ノア、少し話したいことがある。レイラ嬢にも声をかけてくるから、ちょっと待っててくれ」
「?、わかりました」
リナリーとノアは今日は用事があって休むと聞いていたジンが学園に来た事、さらにいきなり話があると言われて、頭の上に疑問符を浮かべたが、特に聞き返すことなく了承する。
ジンはこの時、これに甘えすぎてはいけないとネムの言葉を思い出しながらレイラの元に向かう。
レイラはジンの顔を見てキョトンとしていたが、話があると言えば二つ返事でついてきた。
ジンはイーサンとアイコンタクトを取ると、イーサンは少し悩んだ素振りを見せた後、ペレットの元に向かう。
「少々重要な話だから場所を変えたい。いいか?」
ジンの話に三人が了承したので、ジンはデディと二人で話した空き教室まで三人を案内して、本題に入る。
「リナリーとノアは知ってると思うが、昨日チャールズ共和国とベータル王国は戦争状態に入った」
「え!」
ジンの話に驚いたのはなんの情報も持っていないレイラだ。
「レイラ嬢には急かもしれないが、恐らく一ヶ月もしない間に両国の国境は戦さ場になる。そこでだ、まずはレイラ嬢、貴女の留学は見送りになるだろう。今日そのことを貴女の父君に話してきた」
「そうか、いや、仕方がないだろう。戦争状態となればそれ以外は些事に過ぎん」
ジンは頷くとリナリーとノアに顔を向ける。
「そして二人にも言わなきゃいけないことがある」
「容認できません」
ジンが何か言う前にそう言ったのはリナリーだった。
「リナリー」
「わかっていますよ。どうせこの国にノアと残れと言いたいのでしょう?」
リナリーの言葉にノアも目を見開いて否定的な視線をジンに向ける。
「......その通りだ」
「容認できません」
「だが、これは」
「聞きません」
「リナリー」
「いやです」
ジンは取り付く島もないリナリーにどうしようかと内心頭を抱えるのだった。
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