第225話 突然の最終日
ジンはリナリーとのやり取りに困り果ててしまった。
今までリナリーはジンの言うことに明確な否定という物をした事がなく、ある意味初めての衝突と言えた。
「......リナリー」
「嫌です」
最早言葉の一つも否定から入られるとジンはどうしたものかと悩んでしまう。
そんなジンとリナリーの間に入ったのはレイラだった。
「ジン殿、この件は私もリナリー達に賛成だ」
「レイラもか」
「貴方が言っているのは貴方だけの目線だ。彼女達の気持ちも汲み取るべきではないか?」
「......」
ジンはレイラの言葉に反論が出てこない。
それはジンもレイラの言っていることがわかるからだ。ジンも逆の立場であれば認めるとは言えないからだ。
そこに今まで黙っていたノアも加わる。
「ジン様が私達の身を案じてくれているのは分かっています。ですが、私達にも意地はあります」
ジンはこれは何を言っても聞いてくれないとわかったため決断する。
「わかった。今の話は忘れてくれ」
ジンそう言って立ち上がると、リナリーとノアの頭に手を置く。
「無理を言ってすまない」
ジンはその後リナリー達を先に教室に戻し、ネムのところへ足を運んだ。
ネムの昼休みは決まって修練場にいることを知っていたため迷いなく修練場に向かうと、案の定ネムはイーサンと木刀を打ち合っていた。
ジンに気づいた二人が互いに木刀を下ろす。
「どうだった?」
「ダメだった」
「だろーな」
「わかってるなら言って欲しかった」
「バカが、お前も薄々わかっちゃいたろ?」
「まぁな」
「しゃーねーだろ」
「はぁ」
ジンはその場に座り込み、顔を真上に上げる。
「俺も男だから気持ちはわかるとは言ったけどよ、あっちもあっちで色々あるしな。お前だけで決めていい話じゃねーだろ」
「ごもっとも」
ジンの隣にネムが座る。
「んで?それを言いにきたのか?」
「それもあるけど、一番は違うな」
ジンは姿勢を正すとネムを真っ直ぐに見つめる。
「レイラを頼む」
ジンの瞳に信頼の色を見たネムは、ニヤけそうになる口をへの字に変えてそっぽを向く。
「しゃーねーな。そんくらいは任せとけ」
「助かる」
「そう言えばローズ男爵令嬢ってどうなったんだ?お前のクラスだったよな?」
「あ?聞いてねーのか?」
「すまん、興味も無かったから」
「はっきり言うな......ローズは現状自宅謹慎だな、まぁ保留って事だろ、あれは渦中のど真ん中にいながら、同時に蚊帳の外でもあるっつー特殊な感じだからな」
「言わんとしてることはわかる」
ローズは彼女も知らないところで実験体にされ、大いなる力を得てしまった。だが、その経緯を彼女は知らない。
現状なぜ謹慎にされたのかも本人はわからないかもしれない。
「一つ聞いていいか?」
「んだよ」
「人のことにあれこれ言う気はないけど、彼女のどこがいいんだ?ネムも知ってると思うけど、俺は初対面があれだったからな」
「どこがいいって、まるで俺が惚れてるみてぇじゃねーか」
「違うのか?」
「うっ」
ネムはジンのこの真っ直ぐな目に弱い。今まで影の者として育てられてきたネムにとって最初から最後まで本心しか言っていないとわかるジンのこの目がネムの強がりと言うめっきを剥がす。
「そうだけど、お前からすればアホな女に見えたかもな、まあ、実際アホだしな」
ジンはそこまで思っていないと返そうと思ったが、確かに思ったかもしれないと口を噤む。
「確かにあいつが、いや、違うな。俺たちがレイラ嬢にした行いは許されるようなものじゃねーし、あいつはあいつでアホだとは思うが、舞い上がったんだろう。一国の王子に好意を持たれて、しかも物語に出てくるような力を得て、それでも惚れちまったもんは仕方がねーだろ」
「確かに、止めれぬ衝動もある」
話に入ってきたのはそれまで黙って木刀を振り続けていたイーサンだった。
「けっ、初めて話があったな」
「......ふん」
「まぁ、でもレイラ嬢は特に気にしちゃいないと思うけどな」
「くくく、確かにな」
ジン達がそこまで話たところで、一人の教師の呼ぶ声でそちらに視線を向ける。
「留学生二名、直ちに校長室に来たまえ」
ジンとイーサンは顔を見合わせて立ち上げる。
「やっとか?」
「いや、優秀な方だろ。ガオンが早過ぎただけだ」
二人とも十中八九今回の戦争のことだとわかり、特に質問する事なく教師の後に続くのだった。
ジン達が教師に連れられて行った場所は、校長室だった。
ジンとイーサンが校長室に入ると、そこには校長であるティナシー、初日に見た丞相であろう人物、ノア、リナリー、そしてヴァーレンハイトが座っていた。
「ジン・オオトリ、イーサン・ウォレットの両名、お連れしました」
「ご苦労、君は下がっていい」
「はい」
ジンとイーサンは丞相らしき男に促されて空いている場所に座る。
(名前、なんだったかなぁ、リナリーに前教えて貰ったような......そうでないような)
「早速で悪いが、君たちには早急に帰国してもらう事になった」
「わかりました」
「......驚かないところを見ると知っているようだな」
「昨日の夜に大体のことは」
「ふっ、一国の密偵よりも早くか」
「自分には勿体ない部下です」
「ならもう話す事はないか」
ヴァーレンハイトがそう言って背もたれに寄りかかると、丞相であろう男が咳払いをして会話に入る。
「そう言うわけには行きません。君たちの借屋の主であるデズームには此方から詳細を伝えておきます。君たちは我が国の者が責任を持ってベータル王国までお送りします。尚、事が事ですので御学友にも別れを言えないことはどうかご容赦ください」
「オークス、硬っ苦しいぞ」
「そう言うわけにもいきません。陛下とそこのジン君は色々ありましたが、この方々は賓客です。礼儀は必要です」
ジンも少しお堅いなと思いはしたがよく考えればオークスの言っている事は正論のため特に口を開くことは無かった。
「全て承知しました。色々ありがとうございます」
ジンが代表してオークスに頭を下げる。
「すまんな」
「それは何に対する謝罪でしょうか?」
「貴殿ならわかるだろう」
この場にいるジン以外は魔法の事についてジンほどわかっているわけではない。
その魔法という存在が巡り巡って今回の戦争が起こったことはジン以外知らない。
「別に構いません。とは言えませんが、仕方がない事です。遅かれ早かれ共和国とはこうなるのはわかっていました。逆に言えばあの技術が普及する前で助かったと、個人的には思うくらいです」
「確かにな、あれが確立された戦場には私とて出たくない。それにしても帝国まで出張ってくるとはな」
「帝国?」
「聞いていないのか?」
「詳細については帰国してからとだけ」
「そうか、では私の口から言うことはない。というよりも聞かなかった事にしてくれ」
ジンはヴァーレンハイトの失言にいくら友好国とは言え、中々に筒抜け過ぎるのではと危機感を感じる。
「だがまぁ、遅かれ早かれか、この戦、恐らく我が国も形だけの参戦はする予定だからな」
「詳しく聞いても?」
「いや、ここまでだ。これ以上は自国に帰ってから聞け。聞けば貴殿ならすぐに理解する」
「......わかりました」
話に置いてけぼりのジン以外は会話の邪魔にならないように黙っている。
「......ジン君」
そんな二人の会話にティナシーが割って入る。
「なんでしょうか?」
「あなたは私たちに何か言うことはないの?」
ジンはティナシーの敵意にどうすればいいか瞬時に考えて、ここは穏便に済ませることを選ぶ。
「そうですね。事情があったとは言え、セイン殿下には少々酷なことしてしまったかもしません。この場で謝罪いたします」
ジンは素直に頭を下げるが、ティナシーは尚もジンを睨み続ける。
(気持ちが困ってないのがバレたか?)
「ティナシー、その話はしないと言っただろう」
「......ですが」
「あれはあいつの自業自得だ。前もそう言ったはずだが?」
「......」
「すまんな」
「いえ」
結局これ以上話すことはないため、微妙な雰囲気でこの場は解散になった。
結局校長室から出るまでジンはティナシーの敵意は消えることはなかった。
イーサンはジンの背中に話しかける。
「校長の敵意がすごかったな」
「まぁ、可愛い息子をあれだけボコボコにすればしゃーない」
「自分でいうか......まぁいい、どうする?一度解散か?」
「だな、俺はこの後アーゼウス公爵家に少し話があるからどの道別行動になる」
「午前中行ってきたんじゃなかったか?」
「それはそうなんだけど、午前中とはだいぶ話が変わったからな。話は通しておかないと」
「そうか、俺もディダー子爵家に行くか。女性陣はどうする?」
「私たちはいつも通り授業を受けて帰宅します」
リナリー達のいつもと変わらない態度に戦争と聞いて慌てていたのは俺だけかもしれないと、ジンは女性陣の強さを再認識する。
こうしてジン達のホイル王国留学は粛々と特筆することなく終わりを迎える。
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