第226話 メイドの罠

 ジンは一人午前中に来たアーゼウスの屋敷に来ていた。


「またあなたですか」


「何度もすみません」


「いえ仕事ですし、問題ありませんよ。すぐに話を通して来ますんで、少々お待ちください」


 朝、顔を合わせた門番の兵士が朝とは違い少し草臥れた顔で笑いながら、屋敷に引っ込んでいく。

 しばらく待つと門番の兵士が帰って来て屋敷の玄関まで通されると、朝同様メイドに引き継がれて同じ部屋に通される。


「お掛けいただいて、少々お待ちください」


「はい」


 それから紅茶が運ばれて、ジンが紅茶をちょびちょび飲んでいると、控えたままのメイドがジンに話かける。


「失礼ですが、ジン・オオトリ様ですよね?」


「え?あ、はい」


「私はこの屋敷のメイドの総括を務めております。アーデアと申します」


「これはこれは御丁寧に」


 アーデアと名乗ったメイドが頭を深く下げるのでジンも座ったまま頭を下げる。

 その姿にアーデアはキョトンとしたが、すぐに先ほどの聡明さか窺える顔つきに戻ると話を再開する。


「私はお嬢様が生まれる前からこの屋敷のメイドをしているのですが、その、本日は誠に勝手ながらジン様に感謝をお伝えしたいのです」


「感謝?」


「はい。日輪祭での件、当主様からお聴きしました。お嬢様をお救いくださり誠にありがとうございます」


「ああ、いいんですよ。好きでやったことなんで」


「好きというのはお嬢様ことでしょうか?」


「え?」


 ジンは伝えたい意味の取り違いに少し慌てる。


「あ、や、そう言う意味じゃなくって」


「では、お嬢様をお嫌いと言うことでしょうか?」


「ええ!?いや!そう言うわけじゃ無いですけど!」


「では好きと」


「好きか嫌いかで言えば好きですよ」


 ジンはこの場で好きとアーデアに言うのが瞬間的に恥ずかしくなり、反射的にそう言う。


「好きか嫌いか?失礼ですがジン様はお嬢様の婚約者になられる方だと伺っております。そんなお方が、好きか嫌いかなんて!私、お嬢様が不憫で」


 両手で顔を覆うアーデアにジンはさらに慌てる。


「あ!や!好きですよ!好きです!」


「そんなとってつけたような愛なんですね」


「ち、違います!その、彼女の気持ちには応えたいとは思っています」


「応えたい?」


「は、はい。ただ彼女に自分が見合うのかは未だにわかりませんが」


「なるほど、だそうです旦那様」


「え?」


 アーデアは顔に覆われた手を退けると、ケロッとした顔でそう言う。

 ジンがアーデアの言葉にポカンとなっていると、部屋のドアが開き、ユークリウスが部屋に入ってくる。


「なるほどなるほど、未来の息子はそこまで娘を思ってくれるか!」


「ユークリウス様......まさか!」


「そんな君が娘を残して国に帰ると言う。なんと嘆かわしいことか」


「ハメやがった!」


 ジンは嵌められた衝撃から敬語も忘れて立ち上がる。


「嵌められたなど、そんなことしとらんよ?」


「どの口が言ってんですか!絶対にダメですから!」


「何がかな?」


「レイラは連れては行けません」


「......私が許可する」


「ユークリウス様!朝も言いましたが危険なんです!」


「構わんよ」


「く、国が許可するとも思えません!」


「全て此方で責任を持とう。書面に残しても構わん」


「なんでそこまで」


「君がここに来た理由を此方が知っていると言えばわかるかな?」


「......だとしても」


「ここまで言って何が不安なのかね?」


 強気に出るユークリウスにジンはもう腹を割って話すしか無いと、声のトーンを落としす。


「恐らく私は戦争に参加すると思います。そうなるとお嬢さんの近くには居てあげられません。リナリーとノアは自国ですから身の安全については問題ありませんが、レイラ嬢の身の保証が些か難しいと」


「なるほどな、だから君は頑なだったのか。だが、これでも一国の公爵家なんだ、その点は君が心配するような事はない」


「ですが」


「ジン君、頼む」


 尚を言葉を返そうとしたジンに一歩詰め寄って肩に手を置かれてそう言うユークリウスにジンは何も言えず椅子に座る。


「わかりました」


「そうか!わかってくれるか!」


 こうしてジンはまんまとユークリウスの策略にハマるのだった。


 ジンは帰り道で先程のことを思い出す。


「では、ジン君明日の明朝に立つ計画は一度白紙に戻してくれ、陛下にこちらから進言して色々と準備せねばならんからな」


 上機嫌でそう言っていたユークリウスの顔を思い浮かべてため息を吐く。


「今日の一日はなんだったんだ?」


 今日の始まりは戦争が勃発したためレイラをベータルに連れて行くことを断り、更にリナリーとノアをこの国残して行くことをユークリウスに伝え、そのことをネムに伝えることで学園でのリナリー達の安全を確保しようとした結果、リナリー達の猛反対を受け帰国することを理解した。

 そしてそれをユークリウスに伝えに来たところ、レイラもそれに同行するようメイドに罠まで張らせて了承させられた。


「結局何がしたかったんだよ俺は」


 自分の意思の弱さにたもう一度ため息を吐く。

 リナリー達の件は自分が勝手に行動した結果ではあるが、ユークリウスの件はユークリウスの方は自分より上手だったと諦めるしかないのだろう。


「こうなったら仕方がねぇ、あの人に一応頼んで無理だったらキリル様頼りだな」


 ジンが独り言を呟きながらデズームの屋敷に向かう。

 そんなジンの目の前に誰かが空から着地した。


「うお!?」


 ジンがこの時なんの警戒もしていなかったので驚いて後ずさるが、着地した存在が危険でない事は着地した瞬間にわかっていた。

 もし危険な存在ならジンの前に着地するよりも前に近くに控えているガオンが反応するからだ。


「ああ、誰だ?」


 暗闇で誰かがわからず、ジンが覗き込むと、その人物が顔を上げる。


「はぁはぁ、よお」


「ネムか?」


「ああ、はぁはぁ」


「どうしたそんな息切らして」


「これを、ゴホッ!お前に、はぁはぁ、渡せってよ」


「ん?」


 ジンが息を切らしたネムから受け取ったのは一通の手紙だった。

 

「わ、わかった。帰ったら読むよ」


「今すぐだ!ふー、それを俺に渡した人からそう言付かった」


 ネムは一度大きく息を吐いて呼吸を整えると早口でそう言う。


「つってもここじゃ暗くてな」


「......着いてこい」


 ネムは当たりを見回してから歩き出す。

 ジンは言われた通りにネムについていくと、路地裏の薄暗い飲み屋に入る。

 顔のイカツイ店主がジン達が入って来たのを見て眉間に皺を寄せるが、ネムはすまし顔で店主の前のカウンターに銀貨を数枚置く。


「アップルパイとオレンジジュース、それといつものミルク」


「ミルクはどうする」


「常温だ」


「っち、上がって突き当たりだ」


 ネムは無言で頷くとカウンターを通り過ぎて階段にを登って行くので、ジンは慌ててネムの後を追いかける。


「どう言うことだよ?」


「いいから着いてこい」


 ネムが迷いなく足を進めると、そこには路地裏の酒場には不自然なほど強固な扉があった。


「こりゃ」


「これは裏の連中が密談に使う部屋だ」


「なんでそんなとこお前が知ってんだ」


「細かいことはいいだろう、ここなら誰かに聞かれる心配もねぇ」


「誰からなんだ?」


「陛下からだ」


「なに?」


 ネムは綺麗に並べられたソファに腰を下ろすと、ジンも座るよう促す。ジンもネムの対面に座りネムから受け取ったのは封書を開ける。

 

〜急用のため挨拶等は省かせてもらう。

 ユークリウスから事の全てを聞いた、ユークリウスからは明日の出発は取りやめるようと言われたと思うが、デズームの屋敷に着き次第出発してくれ。

 レイラ嬢の件は後ほど我々が責任を持って君の元に届けよう。

 それとネムを君たちに同行させる。

 これを読み終えたらネムに渡してくれ〜


 ジンは読み終えると首を傾げる。

 早く出発してくれと言う旨だけを書いてあるこれにそこまで警戒するような内容でないことからジンは首を傾げたのだ。


「読み終えたか?」


「ああ」


 ジンは記載してあった通り封書をネムに渡すとネムはそれを丸めて口の中に入れて、ジンが止める間もなく飲み込んだ。


「お、おい!」


「いくぞ、長居は無用だ」


「待て待て待て、どう言う事だ?」


「手短に話す。お前のことを嗅ぎ回ってる奴がいる。しかも直接的手段を取ろうとする奴もな。どこの手の者かはわからないけどな」


「なに?」


「数人もう始末をつけたが、それでもお前の行動は漏れてる。陛下もそれを危惧して予定より早くお前達をこの国から出したいらしい」


「......ガオンは何も言ってきてないぞ?」


「お前に接触する前に俺が何人か沈めて来た。多分今頃お前の護衛は大忙しだ。アーデウスでの話が漏れたのはアーデウス内部に密偵がいたらしい。これ以上は説明する必要はないな?」


「......わかった。お前が知ってるんだな」


「ああ、同行する護衛の顔、所属、出発の時間、場所、全部俺の頭に入ってる。時間は有限だ。いくぞ」


「わかった」


 ジンはネムと同時に立ち上がると、自分を狙う存在を考える。


(セインの手の者か、ジョナサン経由か、まぁ考えても仕方ない。レイラは俺たちよりは安全か)


 ジンが外に出ると、その瞬間にガオンがジンの前に着地する。


「隊長、やばいな」


「数は」


「一応ひと段落ついたが、ご学友の言う通り、手段を選んでねぇしどうやら隊長狙いらしい」


 ジンはネムと顔を合わせてるとガオンに顔を向ける。


「走るぞ、リナリー達が心配だ」


「そっちは問題ない。ここに来る前に陛下の影がもう出ていたからな。俺がここにきたのは陛下の影だとお前の護衛に警戒されて近づけない可能性があったからだ」


「なるほど。けど急がないよりはいいだろ、走るぞ」


 そう言うと、ジンは二人を連れてデズームの屋敷に走り出す。

 屋敷に戻るといつも通りのリナリー達にホッとする。


「どうかしたのですか?」


「話は後だ。イーサン!」


「加勢がいるか?」


「説明が要らなくて助かるよ。どうすればいいネム」


「裏口から出てもどうせバレる。正面から行くしかねぇな、俺たちは数人で後は陛下の影に任せればいい。いいか俺についてこいよ」


「よし、各々荷物は最低限持ってそれ以外は放棄だ。イーサンは右、ガオンが左、俺が殿をする。準備しろ」


「隊長、殿は俺がいく。隊長に何かあったらダイナ達に合わす顔がねぇ」


「......わかった。準備ができ次第出る!リナリー、ノア、説明は馬車の中でする」


「わ、わかりました」


 リナリーとノアは緊迫した状況であることを理解して何も聞かずに準備に取り掛かる。

 しばらくして準備が出来たのを確認して玄関前に集まる。


「そんじゃいくか」


「デズームさんがいなかったのは幸いだな」


「無駄話は後だ、いくぞ!」


 ネムが玄関を飛び出して先行する。

 その次にリナリーとノアを左右固める布陣でジンとイーサンが飛び出し、最後にガオンが飛び出すのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る