第227話 毎度
ジンはネムの背をリナリーとノアに注意を払いながら追いかける中で、明らかな敵意に反応してそちらに注意を割く。
「ジン!イーサン!三人だ!」
「もう接敵してる!」
ネムの声とイーサンの声が交差した瞬間、リナリー達を挟んで逆側からキンッと金属と金属がぶつかり合う音が聞こえる。
「ネム!構わず走れ!ガオン!リナリーとノアを任す!」
「隊長!」
ジンが大声を出したことで、イーサンに向かい掛けていた残りに二つの敵意が此方に向く。
ガオンは今から自分が行っても仕方がないと、思考をジンの命令通りリナリー達を優先することに切り替える。
ジンは一瞬スピードを落としてリナリー達を先に行かせると、刀を抜く。
「イーサン!目の前の奴に集中しろ!」
ジンは適当にそう叫ぶと、自分に向けられた片方の敵意まで一瞬で詰める。
「第六門、緋剣、無限一刀」
ジンがそのセリフと同時に刀を引き抜き、一刀を振るって刀を鞘に収めると、敵意が一つ消える。
消えると同時に、ドシャっと水気の多い何かが地面に落ちる音が鳴り、ジンはすぐに標的を切り替える。
「烈火流!火炎龍閃!」
イーサンの声が聞こえ、ザシュッと言う音が聞こえてきたジンは、加勢する必要はないものと考え、もう一つの敵意に体を向けて走り出す。
一方ネムは、後ろのリナリーとノアに注意を払いながら、殆ど前の見えない暗闇を走っていく。
「着いてきてるか!ジンの婚約者二人!!」
「はい!」
「な、なんとか!」
最終確認をしたところで、待ち合わせの馬車が見える。
「もう少しで目的地に着く!着いたらお前らはすぐに馬車に乗れ!」
「で、ですがジン様達が!」
「あいつらは大丈夫だ!逆にあんたらがいると邪魔になる!」
「わ、わかりました!」
ネムはポケットから筒状の笛を出して思い切り吹く。
笛からピーと甲高い音が出ると、馬車の周りに火が灯り、その火が此方に向かってくる。
火が目の前までくると、カシャカシャと甲冑を鳴らしながら近づいてきた兵士達が止まる。
「留学生のみなさまでしょうか?」
「話は後だ。これが証明」
そう言ってネムはポケットから少し皺のできた紙を取り出して兵士に叩きつける。
「馬車に乗れ!今ので追ってもこっちに気づく、すぐに馬車を出してくれ」
「で、ですが見たところ人数が足らないようですが?」
「構うな、後から追いつく。それより早く出発してくれ、囲まれれば終いだ!」
「わ、わかりました」
ネムはリナリー達が馬車に乗るのを確認してガオンに視線を向ける。
「女どもは任せていいか?」
「わかりました」
ネムはガオンの返答に頷くと、一気にトップスピードで来た道を戻る。
200メートル程離れたところ、周りが明るくなったことで、こっちに背を向けている黒尽くめの人間を視認して後ろから斬り払う。
「があ!」
「ジン!イーサン!」
「おお、ネム!すまん、囲まれた」
「どうせイーサンが遅れたんだろ!」
「事実でもお前に言われると癇に触る」
「言い合ってる場合か!馬車は?」
「もう出させた!早めに抜けねーと置いてかれんぞ!」
「それは少々まずいか」
「まずいか......じゃねーよ!お前のせいで囲まれてんだろ!」
「くっ、貴様はピーピーと喚くことしかできないのか」
「んだと?おーけー、おーけー、その喧嘩買ってやるよ」
「買うなバカタレ!喧嘩してる場合か!」
ジンはイーサンのネムのいつもの言い合いに、目の前の刺客を切り捨てながら叫ぶ。
「いいか!一点突破で抜けて馬車に追いつくぞ!」
「覚えとけ、イーサン」
「貴様こそ、その無い頭で」
「はいはい、そこまでそこまで!遅れるなよ!いくぞ!」
ジンはそう言った瞬間、ネムが来た方向に地面を蹴って走り始めるのだった。
リナリーは今までにない程揺れる馬車でノアと手を繋いでいた。
「リナリー様、大丈夫ですか?」
「......大丈夫です」
「ジン様達なら必ず追いついてくれます」
「そうね」
そこまで話したところでガタン!と馬車が大きく揺れる。明らかに馬車に誰かが飛び乗ったであろう揺れに、二人の体が硬直する。
場所の窓に人影が写り、さらに二人は体を硬くする。反射的にノアはリナリーを庇うように自分の背に隠した。
そんな二人の乗る馬車の扉を開けて入ってきたのは、ジンだった。
ジンは自分を見て固まっている二人の姿を見て、どうやら脅かしてしまったことを察して頬をポリポリと掻く。
「あー、ただいま」
「おい、ジン後ろがつかえてるから早く入れ」
「おお、すまん」
ジンは馬車に入ったと同時にリナリーとノアはジンに抱きつく。
「おわっと!」
ジンは位が高い人間が乗るであろう馬車の広さに救われ二人を抱き止める。
ジンは少し震える二人の腰を抱いて落ち着かせるように宥める。
「毎度心配かけて、すまん」
ジンと二人をジンの後ろから見ていたネムは我慢できずにジンの尻を膝で蹴る。
「いいから早くしろ!」
こうしてジン達はホイル王国から旅立つのだった。
しばらくして落ち着いた馬車の中で両腕をリナリーとノアにホールドされたジンがネムに尋ねる。
「それで詳しく教えてもらおうか?」
「あー、はいはい」
ネムはジンの両脇を見て目を細めたあと、溜息を吐いて話し始める。
「まず初めにさっきの連中がどの勢力の刺客かは謎だ。陛下ならもう既にどこの者か突き止めているだろうが、現状の俺らじゃ分からん」
「......」
「まぁでも大体は予想がつく。大方、セインのバカかジョナサン辺りだろう」
「どうかな、俺はその二人じゃねーと思うぞ?」
「なに?」
「あの刺客共は俺にしか興味を示して無かったからな」
「あ?当然だろ、お前が標的なんだから」
「いや、俺が標的なのはそうだろうが、セインだったら何にも考えずリナリー達を巻き込む事も厭わないだろうよ、けど馬車の方に一切の干渉がなかったからな。多分セインじゃねー」
「......確かにな、あのバカ王子ならそうだろうな。ならジョナサンが違うってのは?」
「ジョナサン・ジーゼウスははっきり言って俺を狙う意味がねぇだろ、確かにセインを伸したのは俺だが、それが直接的にジョナサン・ジーゼウスの失墜に繋がったわけじゃねーからな。俺を襲うリスクを取るならもっと別に標的がいるだろ」
「それもそうか......じゃぁ誰なんだよ」
「そりゃ俺にもわからない」
「勿体ぶってねーで教えろよ」
「勿体ぶってるわけじゃない。マジでわからないだけだよ。それで?ここまでネムが同行してるのはどう言うわけだ?俺たちが国を出るまでの護衛ならわかるけど、お前がここまで一緒に着いてきてるってことは何か別の理由があるんだろ?」
「ちっ、ご名答、俺がお前らに着いてきた理由はさっき言ったように警戒心を持たれるのが時間の無駄だったてのはそうだが、もう一つ理由がある」
「もう一つ」
ネムは懐からまだ封の切れていない封書を出す。
「こいつだ」
「なんだそれ?」
ジンはそれに手を伸ばそうとするが、両腕をホールドされている事に気づいた時、ネムはその封書を懐にしまう。
「こいつはお前宛じゃねー」
「?」
「こいつは機密も機密、俺ですら中身をしらねぇからな」
「誰宛なんだ?」
「お前んとこの王様さ」
「ディノケイド陛下か」
「ああ、だからあっちについたら一言口添え、頼むぜ」
ジンは封書の中身について少しだけ心当たりがあった。それはアーデウス家での一件だった。
一国に公爵令嬢を戦争を今から始めますと言う国に送るのはそんなに容易い事ではない。
つまり機密と言えば機密の内容にはなるのだろう。
ジンはそこまで考えて納得する。
「とまぁ、俺が知ってるのはここまでだ」
「ほぼ何もしらんではないか」
「うっるせぇな!仕方ねーだろ、陛下に呼び出されたと思ったらジンのところに急げって話半分で追い出されたんだぞ?」
「使えん奴だ」
「んだと?はっ、お前こそさっきは飛んだ足手纏いだったな」
「なに?」
「なんだよ?」
いつものようにネムとイーサンが額を突き合わせて言い争いになりそうになっているが、ジンはそれを無視してリナリーとノアに意識を向ける。
「リナリー、ノア、そろそろ落ち着いたか?」
ジンがそう言うと、二人は無言でグリグリとさらにジンの両腕に顔を埋める。
ジンはそんな二人を見て不謹慎にもにやけそうになる。
(可愛い......)
だが、ジンが危険になるたびにこうなっていてはこれから先、二人の身が持たないのでないかと内心思うジン。
(帰ったら母上に相談してみるか)
ジゲンもジンと同じ戦場に出る男だ。そしてルイはそれをいつも待っている。
戦場に出る者を待つ者の気持ちをジンは知らない。こう言った事はルイに聞くのが一番と結論づけ、今は出来るだけ二人が落ち着けるようホールドされた腕の先、手のひらで子供をあやすように、ポンポンと二人の膝を優しく叩くのだった。
それからジンはヒートアップしていくネムとイーサンの喧嘩を止めたり、落ち着いたリナリーとノアを笑わせることに注視するのだった。
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