第124話 行軍

 行軍が開始され、大隊規模の軍が王都を中心にちりじりになる。

 流石に大隊規模の軍隊が行軍がしていれば流石に盗賊も出て来ないだろう。

 これで出てくるなら相当のバカか、本当に力のある盗賊ということだ。

 そこで大隊規模をいくつかの三十人規模の中隊に分けて東西南北盗賊の目撃情報がある場所へと一週間ほどかけて討伐しに行くのだ。

 その統括としてアッセンブルグが全体の責任を負う立場とはなるが、中隊ではその中隊長が指揮を取る事になっていた。

 また、当初貴族の、それも令嬢からが多かったのが、歩くのは嫌なので馬車を所望するだったり風呂に入りたいと要望が上がったが、これは王命で却下された。

 そしてこの遠征は危険を伴うため参加しないこともできたが、過去に例がないため今回も一年生全員参加だった。

 そしてジン達、アッセンブルグ中隊も例に漏れず進軍していた。

 行軍している中ジンは四方八方を警戒しながら進む。


「何か気になることでもあるのかな?」


 そんなジンに話かけてきたのはアッセンブルグだった。

 ジンは怪しまれないよう笑顔を作って話し返す。


「いいえ、ただの癖です」


「ほう、癖か」


 まさか癖だと言われとは思っていなかったアッセンブルグが目を丸くする。

 だが、すぐに納得したように頷きながら、そうか癖かと呟く。


「それで?何か御用ですか?」


 ジンの隣まできたアッセンブルグに生徒はそれぞれの表情をしていた。

 テオ達ジンをよく知る友は特に気のすることなくそれぞれの会話に集中しているようだったが、一人こちらを凝視している存在にジンは気づいていたため少し居心地が悪くなり口早にそう言ってしまう。


「ああ、すまない。ジゲンさんはその後お変わりないかと思ってね」


「父なら元気ですよ」


「そうか、いや戦で片腕を失ったと聞いてね」


 どこかホッとしたようにそう言うアッセンブルグにジンは、ジゲンのことを本気で心配してくれていたのだと理解して表情が柔らかくなる。


「そうですね。でも未だに親父殿には勝てません」


「そうか......え?」


「はい?」


「ジゲンさんは片腕がないんだろう?」


「はい」


 ジンは当然とばかりに頷く。


「勝てないって言うのは手合わせのことかい?」


「ええ、この前もちょうどボコボコにされました」


「......ははは」


 驚いた顔をしたアッセンブルグは急に弾けるように笑った。

 

「ははははぁ、そうか、勝てないか。流石だな」


 一頻り笑い、息を整えながら頷く。


「いや、心配などする必要もなかったな。やはりジゲンさんはジゲンさんか」


 アッセンブルグはうんうんと頷きながらなにやら納得したのでジンも気になっていることを質問する。


「そう言えば、今回の遠征の内容は生徒側にはなにも降りてこなかったんですけど」


「ああ、まぁ一応情報漏洩を考えてね」


 ジンはロイの話では毎年基本的には情報を開示するはずだと聞いていたので質問したのだった。

 そして、アッセンブルグの返答でジンはなんかを納得したように頷く。

 おそらくこの情報統制はヴァーチェスが意図したことではないとジンは考えていた。つまりはアッセンブルグが行った情報統制という手段から今回の一件、アッセンブルグもある程度の情報を掴んでいるとジンは推測する。元々ジンはこの仕組まれた遠征の責任を任されているアッセンブルグがヴァーチェスと繋がっている線は薄いと見ていた。だが、まだアッセンブルグがヴァーチェスと繋がっていいない確証がない以上アッセンブルグとの情報交換に踏み出せないでいた。もしこれで情報を交換出来れば大きな助けになってくれると考えていたが、どうしたものかと頭を悩ませるのだった。

 一方、ジンとアッセンブルグが親しく話しているように見えたアーサーは何故かそれに嫉妬していることにジンは気づいておらず、この時それに気づけていれば、なにかしら変わっていたのかもしれないと後のジンは思うのだった。

 一日目は行軍だけで終了し、アッセンブルグ中隊とジン達はテントを設営していた。

 男子と女子に別れて二つずつ合計四つのテントで野営する。

 基本的に見張りは騎士が担当して生徒は一日中歩いた疲れか、初めて話す人もいたが、皆早々に泥のように眠りにつく。

 皆が全て眠りついたのを確認してジンはテントを出る。

 テントを出ると一人の騎士が見張りをしており、ジンに気付き声を掛ける。


「どうかしたのか?」


「いえ、少し用を足しに」


「そうか、あまり遠くへは行くなよ」


「はい」


 ジンはテントから見え無くなるか、ならないかと言うあたりまで行くと背後に気配を気配を感じるが、よく知る気配だったので、反応する事はなかった。


「アッセンブルグとヴァーチェスは繋がっていないと思いますが、確証はありません。もう少し調べてみます。それと他生徒の見守りですが、やはり各家、個別で雇ったと思われる暗部が居ます」


「そうか、わかった。また何か有れば頼む」


「はい」


 ガオンは短く返事を返す。

 そしてその場から気配が消えるのをジンは背中越しに感じとった。

 ジンはやはりなと思いながら指を顎に持ってくる。

 貴族の令息や令嬢が騎士団が付いてるとは言えそれに絶対の信頼を置くほど貴族の頭は脳天気じゃない。各家自分の配下を潜り込ませていると思ったが、どうやら暗部を配置していたらしい。


(けど、そうなるとどうやって襲撃するつもりだ?)


 騎士団はバラバラになっているとは言え、襲撃も大それた事はできないだろうとジンは読んでいた。

 そこに想像していた通り各家の暗部。実力はまちまちだろうが、自分の主人が危なくなれば出てくるだろう。

 ジンは暫くその場で考え込んでしまったが、答えが出ず渋々テントへと戻る。

 一夜が明けてジン達は初日同様問題なく行進していくが、どうやら一日を終えて気が緩んでいるのだろう。明らかに私語が増えた。

 ジン達は元々私語についてはもし騎士がそれなりにしゃべっていればまだ安全であるが会話が少なくなればそれだけ警戒しているということを事前に共有していたため二日目に入って明らかに事務的な会話以外が減ったと言うよりも無くなったためジン小隊のテオ達は緊張感を高め、私語をせずに進んでいた。

 逆にこの行軍になれてきたアーサーの小隊は独特な会話をしながら進む。

 

「アーサー様。私、疲れてしまいましたわ」


「大丈夫。もし歩けなくなったら僕がおんぶしてあげるよ」


「ええ!ステラだけずるいわ!私も!」


「私は怖いです」


 ステラとリリアンが言い争いになりそうな雰囲気を見るや否やハンナがアーサーの腕にしがみつく。

 そんな中ノアだけがその会話に参加することはなかった。流石に見ていて胸焼けのするようなやり取りにノアもまた少し引いていたのだ。

 そんなどこか遠足に近いような雰囲気が一部ありながら行軍が進み、2日目も陽が落ち始めた。


「今日はここまで!明日以降は盗賊団の縄張りであろう場所へ入っていく!気を引き締めてくれ」


 アッセンブルグは振り返って注意を促し、全員がそれにうなずきテントの設営に入る。

 ジンも男子生徒が寝るテントの設営を手伝っているとある男子生徒から喋りかけられる。


「やっぱりSクラスは余裕が違うね」


「ん?」


ジンは急に話しかけられたので頭に疑問符が浮かぶ。


「ああ、ごめん挨拶がまだだったね。僕はフィート、よろしく」


「おお、俺はジンだ。よろしく」


「はぁ、よかった」


「どうした?」


「いや、えっと貴族様だからさ、話かけたらまずいって先輩から教えてもらってたんだけど。テオ君も平民だろう?仲が良さそうに話していたから勇気を出して話しかけてみたんだ」


「なるほど」


 確かに貴族と平民というだけで何かしたの問題を起こす奴らもいる事はジンも知るところだ。


「安心してくれ、俺は貴族ってことにはなるが、親父が偉大なだけさ」


「そんなことはないでしょ。君も一応名誉男爵位って聞いてるよ?」


「......たしかに、じゃあ、俺はそんな細かいことを気にしないからそっちも気にするな」


「......はは、なんだかイメージと違うな」


「イメージ?」

 

「武園会を見ていた人はみんな君にヒールなイメージを持っていたからね」


「ああ。まぁあれはちとやり過ぎた感はあったからな。仕方がないかな」


 ジンは苦笑いでそう答えるとフォートは本当にイメージと違うと再度笑った。

 それからジン小隊とフィート小隊で交流を深め、リナリーの美貌に男女問わずあたふたしたり、リナリーやカナリアが平民の女子達から街娘たちの間でどういう娯楽が流行っているのか興味津々に聞いていたり。男は男で武術についてイーサンとジンは熱く語りそれに時折会話に混ざる形でテオたち平民は聞いていた。

 この遠征では平民と貴族の垣根を出来るだけなくそうという名目は存在しているが現実ではほとんどそんなことは起こらなかった。だが、ジン達はそれを綺麗に体現していたのだった。

 そんな輪の中にアーサー達は参加することはなく、道中同様胸焼けがするような偶像劇を延々と繰り返し、夜が更けていくのだった。

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