第191話 呪縛
それから数日、レイラの淑女教育が再開するに当たって、新しい教育係を迎えた。
歳はパーシャルよりも、だいぶ年配で、だが何処かパーシャルに雰囲気の似ている人だった。
「お初にお目に掛かります。本日よりレイラ様の淑女教育を引き継ぎました、ケネシー・アークスカイと申します」
レイラはケネシーに挨拶を返すと、いつも通り用意された椅子に座り、机の上に用意されている分厚い本に目をやる。
「レイラ様は本当にパーシャルの言っていた通りの可愛らしいお方ですね」
ケネシーからパーシャルの名前が出て、レイラは物凄い速度でケネシーを見る。
「パーシャルを知ってるの?」
「ええ、彼女は私が初めて教育係をした娘ですから。よく知っていますよ」
優しい目をしたケネシーがゆっくりと頷く。だが、すぐにその目は哀愁に染まる。
ケネシーは徐にレイラの頭を撫でる。
「あの娘から、よくレイラ様の事を聞いていました。理知的で大変愛らしい方だと......これはあの娘から預かっている物です」
そう言ってケネシーが懐から出したのは蝋でしっかりと栓のしてある手紙だった。
「パーシャルが?」
「はい」
それを受け取ろうとしたレイラの手を避ける様にケネシーは手と引き換えに顔をレイラに近づける。
「いいですか、レイラ様。これを受け取った事は決して誰にも明かしてはなりません。レイラ様が例え全幅の信頼を置いている者に対してもです。それからこの手紙を読んだならすぐに形の残らないように処分してください」
ケネシーの目は何処か仄暗く、先程の哀愁とはまた別の悲しみに覆われていた。
「どうして?」
「......中を見れば聡いレイラ様ならわかるでしょう。ですからこの手紙を見ないと言う選択肢もございます。恐らく良くも悪くもこの手紙はレイラ様の今後に大きく影響するでしょう......それでもご覧になりますでしょうか?」
「......パーシャルが私に書いた手紙なら見たい!」
「......承知しました」
そう言ってケネシーはレイラに手紙を渡す。
「それでは私は少し退席しております。どうぞ、ごゆっくりお読みください」
綺麗にお辞儀をしたケネシーが部屋から出ていくのを確認すると、すぐにレイラは手紙の封を切る。
(パーシャルの最後の手紙!パーシャルの!)
パーシャルは事故で亡くなったと聞いているレイラはこの時、大した考えも持たずに封を切った。中身はとりとめのない、それでいて愛情の篭った物だろう。なぜそれを読んだ後に処分しなければならないのか、それだけが分からず、ケネシーに内緒で一生取っておこう。パーシャルとの形のある最後の思い出だ。
レイラはこの時そう思っていた。
〜親愛なるレイラへ〜
『まず最初に、この手紙を見たらすぐに処分する事。公爵令嬢であるレイラに、手紙とは言え、こんな砕けた文面が露見すれば、何か迷惑をかけるかも知れないから、お願いね。
レイラは子供のいない私にとって本当の娘の様な存在でした。そんなレイラに、いろんな物をもらってばかりだったのに、こんな勝手な私を許してください。愛してる。本当に心から愛していたわ。』
そこまで読んだレイラは涙が流れるのを感じてはいたが、気にする事なく手紙から目を離さなかった。
愛を伝えてくれるパーシャルの手紙は胸を温かくする一方で、すぐにパーシャルがもうこの世のいない事を思い出して、その熱を奪い去っていく。
『でもこんな形でお別れする事になってしまって、本当にごめんなさい』
その一文を見て、レイラの思考が止まる。
(お別れ?)
レイラはこの時、パーシャルは事故が無くても自分の側から離れる気だったのかと思い、手紙を握る手に力は入る。
『こんな道しか選べない私は、弱いのでしょう。それでもごめんなさい。ごめんなさい。』
何がどうなっているか、わからないレイラはそこで一枚目の手紙が終わり二枚目に手紙を切り替えた瞬間、喉を奥で篭った悲鳴をあげて手紙を落とす。
『ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい。愛してる。』
レイラは落としてしまった手紙を慌てて拾う。
「パーシャル......」
二枚目の狂気にレイラは数分の間放心していると、レイラ用に用意されたこの部屋にケネシーが入室してくる。
「読み終わったようですね」
「ケネシー......」
ケネシーはレイラの様子に少しだけ顔を曇らせてから対面にゆっくり座る。
「パーシャルは......明るく聡い娘でした」
ケネシーの話はそこから始まった。
「レイラ様はチェーン伯爵家をご存知ですか?」
「レーシア......帝国との国境を守ってくださっていた、お家です」
「その通りです。帝国の辺境を守っていたと言う事は陛下の覚えがいいと言うことです。そしてパーシャルは、そのチェーン家の一人娘でした」
一拍おいてケネシーはレイラと視線を合わせる。
「丁度、レイラ様と同じ歳の頃にパーシャルは現陛下である、ヴァーレンハイト様の婚約者となりました」
レイラは初耳の事実に目を大きく見開き驚く。
「そして当時、パーシャルの未来の王妃を教育するための教育係として任を受けたのが私でした。当時情勢は帝国との緊張状態で辺境との繋がりを強くするための、言わば政治的な婚約でした」
「でも、王妃様は」
「そう、貴女が知る通りパーシャルはヴァーレンハイト様と婚姻することはありませんでした。それはパーシャルに政治的価値が無くなったからです。国境を守っていたチェーン家が帝国の侵攻に敗れ、チェーン家は王妃になる教育のため王都に来ていたパーシャルを残して一族全てが滅亡したからです。」
「そんな......」
「分家までが軒並みと言うのは今に思えば何かしらの作為的な気もしますが、今回はいいでしょう。話を戻しますね。結果パーシャルは王都に天涯孤独の身で放り出されましたが、チェーン家が最後まで国のために戦い抜いた事と、ヴァーレンハイト様の温情で即座に爵位を剥奪される事はありませんでした。その事はあの子も感謝していましたいました」
パーシャルの過去の話を始めて聞いたレイラは黙ってケネシーの言葉を噛み砕く。
「......久しぶりにあの娘にあった時、もう彼女は私の知っているパーシャルではありませんでした」
「え?」
急な話の内容にレイラは素っ頓狂な声をあげてしまう。
「パーシャルは婚約破棄の後、妃としての学を買われて名家に嫁いだわ。それがラナック家よ」
「過去丞相なども任されたことのある人物もいる、古いお家ですよね?それがどう関係しているのでしょうか?」
「......」
「教えてください!なぜパーシャルは私にこの手紙を残したのか、どうしてパーシャルは私の前から消えたのか」
「......はぁ、ここまで話して黙りはあり得ないわよね」
ケネシーは何が正解かわからなかったが、それでも目の前の少女には真実を聞く権利があると口を開くのだった。
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