第28話 ドールスレス・バン・ベータル
「なぜだ!」
ドールはリナリーの答えに詰めよって肩を掴もうとする。
その行動に怯えた様に一歩後ずさるリナリー、だがドールの手はリナリーに届くことはなかった。
何故ならそのいく手にはジンが体を滑り込ませたからである。
「貴様、何のつもりだ?」
「殿下、女性に対して大声を出して詰め寄るなど紳士のすることではありませんよ」
「き、きさま!成り上がりの子供の分際で俺に指図する気か!?」
ドールは激昂のあまり気付いてはいなかったが、ジンとリナリーの間には大人四人分と言った距離があった、それに比べて一緒に入室してきたドールはリナリーとほぼ距離のない位置にいた、だが詰め寄ろうとするドールの間に割って入ったジンにキリルとディノケイドは驚きを隠せなかった。
確かにジンが間に入ることは武門の家出であればできなくはないだろう、だがそこに行きつまでキリルとディノケイドは全く認識出来なかった。
一言で言えば異常である。
二人はジゲンに顔を向けるがジゲンは話に取り残されており、それどころではなさそうに呆けていた。
ドールが憤りのあまり黙ってしまうとジンは後ろに振り返り、綺麗に一礼する。
「先程は多くのご無礼、誠に申し訳ありません」
ジンが謝っているのは先程の急な告白についての謝罪だった、貴族社会においてあんなど直球かつ大胆な告白はあり得ないと言ってもいい、しかも身分の上の人間に対してダンスを要求することすら失礼に当たる事だ、求婚などもってのほかである。
そのためジンもしっかりと謝罪はしなければいけないと思い、頭を下げるのだ。
「いいえ、気にしておりません」
「ですが」
尚も謝罪をしよとするジンに被せるようにリナリーが言う。
「私もジン様が自己紹介してくださったのに私は自分の紹介が至らず、大変失礼しました」
「そんなことはありません!」
ジンと同じように頭を下げるリナリーにジンは慌てて問題ないと伝える。
「では、お相子ということでどうでしょうか?」
「......ありがとうございます」
ジンはリナリーの優しさにお礼を言ってまた頭を下げる。その光景は尻に敷かれる旦那と優しく尻に敷く妻のやりとりに見えて、先程ジンの行動に驚いていたキリルとディノケイドは自然と頬が緩む。
だがそれを静かに見ていることなどできない人物が一人いる、ドールである。
ドールはこれでもかと顔を真っ赤にしてまるで熱々の鍋に入れたタコのようだった。
「貴様!俺を無視してリナリーと会話とはいい度胸だ!誰に許可をとっている!」
ジンは静かに振り返るとしっかりとドールの目を見て言う。
「誰かの許可が必要なのですか?」
「当たり前だ!俺を目の前にして貴様何様だ」
「殿下が私とリナリー嬢との会話を許可する権限をお持ちなのですか?」
「その通りだ!」
「何故でしょうか?」
この場で会話を縛る事が出来るのはディノケイドとキリル、それにジゲンだけだ、ベータル王国では何よりもその代の当主である者の身分が重要視される。
確かに王太子と言う身分は高いがそれでもこの場では男爵家当主の方が身分は上なのだ。
「リナリーと俺は婚約する予定であるからだ」
言い切ったドールにディノケイドは大きなため息をつく。
ディノケイドはロイとドールを同じような環境で育たせたと自負がある。がドールは欲望的に、ロイは理性的に育ってしまったと痛感した。
そして今回の件で、ドールにこのままではいけないと示唆して場を設けたが、どうやら息子は期待に応えてくれそうにないとつい、ため息が出てしまったのだ。
ディノケイドは父である、息子が可愛くないわけがない、だがディノケイドは父である前に王である。
その肩には王国国民の命が乗っかっている、そのため自分の後を継ぐであろう二人には父ではなく王として向き合わなければならないと認識していた。
だからこそ出たため息だった。
「それは事実でしょうか?」
ジンはドールとリナリーが婚約しているのが事実であるのかとディノケイドに尋ねる。
中々に不敬ではあるがここで確認をしてもしそれが事実であるならジンはしっかりとドールに謝罪をしなければいけない。
そのことをディノケイドも推察して応えてやることにする。
「そんな事実はない、そもそも先程リナリー嬢はジン、お前の求婚を受けたであろう」
「父上!」
「ドール、いい加減喚くのをよさないか、それにわしはお前に一言でもリナリー嬢との婚約の話をしたか?」
「して、おりませんが、俺はそう聞き及んでおります」
「であるならば、それは根も歯もない噂であろう」
「そんなわけが!」
「ドール!くどいぞ」
ディノケイドはこれ以上自分の息子に失望させてくれるなと言う気持ちで叱責する。
ディノケイドが無いと言えばこの国で起こる事は大抵無いのである。確かにこれは聞こえは悪いが政治的側面を考えれば致し方無いことでもある。更に言えば今回ディノケイドからの直接の婚約と言う話はドールにはされていないので事実、婚約はしていないのだ。
「ぐぅ!」
これ以上、ディノケイドの機嫌を損ねるのはまずいとドールは押し黙り、ディノケイドではなく標的をリナリーに変える。
「リナリー!こんな成り上がりの子供の婚約者など本気か?お前には俺といた方が幸せに出来る!お前の欲しい物、やりたいこと何でも叶えてやるぞ?それに、王太子と侯爵家の令嬢、身分的にも申し分なく、これから先お前には何不自由ない暮らしが待っているのだぞ?」
「殿下、確かに私が殿下に嫁ぐことには大きな意味もありましょう」
リナリーの言っている、大きな意味とは政治的な意味合いであるが、ドールは理解していない。
「であれば!」
ドールがリナリーの言葉に顔を輝かせると同時にリナリーがドールの言葉を遮る。
「ですが、私は生まれて初めての気持ちを貫くことにいたしました」
「どう言うことだ?」
ドールはリナリーの言っていることがわからずに聞き返す。
するとリナリーはドールから視線を外し、黙って聞いていたジンを見てハッキリと言った。
「この方が私の運命の人であるという直感を貫くということです」
顔を真っ赤にしてリナリーが言い切ると、ジンも気恥ずかしそうにする。
「......何をいっている」
ドールには理解出来なかった。
ドールとジンはリナリーに間違いなく一目惚れをし、お互いに一人の女性に惚れ、ジンはその場で求婚し、ドールは婚約できると知り優越に浸った。
そして、選ばれたのはジンだった。
どこにでもある三角関係のお手本のような構図である。
だがドールはそれが納得できなかった、欲望はもれなく叶ってきたドールが初めて叶わなかったのだ、納得できるはずもない。
だからドールはこの気持ちがなんなのかも理解出来ずにただ自分の気持ちのままに口を開く。
「ふざけるな!これは王子命令だ!この俺がリナリーと貴様の婚約を認めん!リナリーは俺と一緒にあるべきだ!」
王子命令とは王が承認した王子の命令のことで、その価値は王命に最も近しいものだ。
「ドールよ、わしはその命令を承認した覚えはないが?」
ディノケイドがドールに言うとドールはディノケイドの声が耳に入っていないのか尚も騒ぎ立てる。
「認められるか!リナリーは俺の物だ!貴様などにくれてやるか!」
それを見かねたディノケイドは扉に向かって声をかける。
「ゼスター!ドールを退室させろ」
その声にはドールも反応した。
「な!?お待ちください父上!何故俺が退室せねばならないのですか?!」
「部屋へ戻ってよく考えてみろ」
ディノケイドは最早ドールなど眼中にないように静かに突き放す。
部屋に入ってきた二人の騎士が、殿下どうぞこちらにと言うとドールは納得できずに暴言を発しようとした、それを言う前にディノケイドが声を荒げる。
「ドール!退室しろ!」
ディノケイドに言われてドールは渋々と退室していくだが、その目には怨嗟に近いものを宿してジンを睨みつけるのであった。
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