第119話 水面下
ジン達が生徒会室に向かっているちょうどその頃。
僅かな光が差し込む執務室で一人の男がペンを走らせていた。
机に置かれた紅茶が冷め切っている事から男が長いこと同じ姿勢でペンを走らせていることは明白だった。
ドアがノックされた音で手を止めると、入れと短くドアに向かって言う。
「失礼します」
入室して来た騎士を男は一瞥してすぐに止まったペンが動き出す。
騎士は何も気にすることなく口を開く。
「報告します。ネズミは取り逃したとのことです」
「そうか、構わん。目星は付いている」
「それがネズミなのですが報告では二匹いたと」
その報告を聞いて男が動かすペンがピタリと止まる。
「ほう」
「そのネズミに気を取られれている間に罠に嵌めた方もと報告が。おそらくは親は一緒であるとは思いますが」
「......どうだかな」
「どうかされました?」
男の小さな声を聞き取れなかった騎士が聞き返す。
「気にするな、報告の虚偽は」
「ないかと」
「そうか」
男はペンを置くと徐に立ち上がり窓際までいく。
「わかった。引き続き警戒網をしけ、現状何も困らんが周りでうろちょろされるのも目障りだ」
「はっ!」
騎士は頭を下げると部屋から出て行く。
男は騎士が出て行ったのを音で確認する。
「殿下のネズミではなく、どこぞかのネズミか」
男には心当たりがありそれがおそらく正解であることを確信して口の端を吊り上げる。
「面白い」
そう言うと男は僅かに挿し込んだ光を遮るようにカーテンを閉める。
その瞬間に揺れるカーテンの影響で光が一瞬部屋に差し込み男の顔をを照らす。
そこには口の端を面白そうに吊り上げたレオン・テングラムの顔があった。
レオンがちょうど報告を受けている時テングラム家の屋敷の近くの茂みで潜む人物がいた。
ガオンである。
「まさか同業、しかも暗ってことはロイ殿下の配下か」
同業が罠にハマっていなかったらおそらく自分がハマっていたであろうと胸を撫で下ろす。お陰でそれを利用して自分も潜入でき恩返しとばかりに同業者を逃すことに成功したのだが、それがなければ本当に危なかったと思う、それほど巧妙な罠だったのだ。
「親方に言われたとはいえまさかここまでとはな」
ガオンの言う親方とはジゲンのことだ。ジゲンは国を二分するであろうロイとドールの後継者争いをロイの勢力として挑むことを確定されている。
これはジンがどうこうという話なのだが、他の貴族に比べれば少し特殊である。
普通貴族は利益がある方につく。その利益のためなら縁もゆかりも関係ない。これは生き残って行くためには必要なことだからだ。だが、ジゲンは元々貴族でもなければこの国の人間ですらなかったのだ。価値観が違う。
そのためジゲンはジンと仲の良いロイに付くと決めている。
これは息子可愛さではなく、ジンという忌子として生を受けこの国ではそれは大きな郷となる。だがそれを全く気にすることなくジンという人間を自分たち意外にしっかりと見てくれたはじめての存在として、王子だとか関係なくジゲンはロイに感謝していた。だからこれは仁義としてそうするのだ。
理解されなくてもそれでいいとジゲンは考えている。それだけロイには感謝しているのだ。
それに自分の目で確かめたとしてもロイに付くことは間違いなかったと今は考えている。
そして最近活発になって来たドール陣営のテングラム侯爵家の内情をガオンに調べるよう指示を出した。ガオンなら任せられると信頼しているからだ。
ガオンはジンが自立するまではジゲンの密偵であることはジンとガオンとの話で決まっているため今回ガオンは動いている。
ガオンは手のひらサイズの紙を取り出すと指にインクをつけて文字を書き殴る。
「よし」
書き終えると指笛を鳴らすと一羽のカラスが飛んできて腕に止まる。
その足に紙を巻きつけるとカラスの頭を三回指で小突く。するとカラスがガオンの腕から飛び立つ。
「次か」
カラスが見えなくなるのを確認すると次の目標のためにガオンが動き出すのだった。
等々水面下でベータル王国の後継者争いが始まったのだった。
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