第131話 俺の道
ジンは洞窟を迷いなく真っ直ぐ進む。
真っ直ぐ行った先に多くの気配を感じていたからだ。
目的の場所に近づくにつれて気配を鮮明に感じられるようになっていく。
(数が多い、ここまでの道中誰もいないってことは全部この奥にいるって事か)
ジンは冷静に状況を見ているが、頬を汗が伝う。
等々目的の扉が見えてくる。
「そんじゃ、一丁暴れてやるか」
ジンは気を引き締めて開けっぱなしの扉を潜ると目の前にいきなり男の顔があった。
その男が項垂れたノアの手を強引に取っていることに気づき、反射で殴り飛ばす。
その反動で投げ出されたノアを優しく抱える。
すぐにノアの状況を観察して、まだ最悪の事態にはなっていないことを察すると少しほっとして言葉が漏れる。
「間に合ったか」
だがすぐにこの場の異常さに気付いて眉を潜める。
自分を見て驚いているノアはわかるが何故か目には涙を明一杯溜めて今にも溢れ出しそうだった、いや現に今まで泣いていたのだろう目元が赤くなっていた。
更にわからなかったのはノアがどこかに連れて行かれそうになっているのに突っ立ているアーサーの存在だった。どれだけ無謀でもここまで来てしまうのだ、騒ぎ立てて当然だろう。
ただ読めない状況よりも目の前で泣き出しそうな女性に頭に血が上って行くのがわかる。
それでもジンは努めて冷静に現状を把握しようとする。
「よう?これはどういう状況だよ?アーサー?」
結局状況がわからなかったジンはアーサーに問うという安直ではあるが一番効率的な方法を取った。
「......」
アーサーは未だにジンの登場に驚いていたが、ジンの問いに一瞬体を硬直させて目を逸らし言葉を発しなかった。
「はぁ、ようおっさん、さっきぶりだな」
ジンはアーサーから情報を取れないと見るや否やすぐに視線をゴギに移して喋りかける。
「ぎだな、ジン・オオトリ!続き、今ずぐ、続きを、しよお!」
興奮したように声が大きくなるゴギにジンは優しくノアをその場に座らせる。
「まぁ、待てよ。俺も戦うのにやる気てのがいるだろ?そっちは理解できねーけど、盛り上がってるのはわかる。が、俺はそうじゃねーお前と本気でやるなら理由が欲しい」
「理由?」
ジンはゴギの視線に気づいて先回りする。
「この肩は言わば俺の自業自得だ。本気で殺り合う理由にはなりゃしねーよ。そうだな、なんでこの子が泣いていて、そこの男が立ってるのか教えちゃくれねーか?」
ジンの質問にゴギの雰囲気が変わる。
「ぞれはでぎない」
「へぇ」
ジンは明らかに雰囲気が変わったことを察してアーサーに視線を戻す。
アーサーの手にある手紙が何かしらの鍵であることはすぐに察しがついたがそれがどうしてこうなっているかまでは読めなかった。
すると先程、ジンが殴り飛ばした男、ボルカがフラフラと立ち上がる。
「ガキィイ!てめぇ!殺す!」
大声を上げながら立ち上がるボルカにジンの視線は向けられる。今にも襲いかかってきそうなボルカを止めたのはゴギだ。
「まで、そいつは、オデが殺る」
「いいや!俺がやる!俺が殺す!」
腰の剣に手をかけた瞬間、ゴギから尋常じゃない殺気が放たれ、場が凍りつく。
「オデの獲物、取るならお前をざぎに殺す」
その中々に広い広間を一瞬で凍り付かせる殺気にボルカは血が上っていた頭が急速に冷える。
「じょ、冗談だよ、ゴギさん。だからそんなに怒らないでくれよ」
ゴギはその言葉を聞いて殺気を霧散させるとジンに視線を戻す。
「俺はどっちでもいいぞ。先に斬るか後に斬るかの違いしかないしな」
「舐めた口聞いてんじゃねーぞ、ガキ!」
「それより、これだけははっきりさせとこーぜ。アーサー、お前どっち側だ?」
ジンは状況からアーサーはノアを助けることを躊躇ったと予想して鎌をかける。
アーサーは尚も顔を背けたまま、なにも答えなかった。
「ぎゃははは!」
そこで笑い出したのはボルカだった。
急に笑い出したのボルカにジンは眉を潜めるが何も言わずに見つめる。
「なぁ、ゴギさん!このガキここで殺すんだろ?」
「ぞうだ」
「なら話していいんじゃねーか?冥土の土産になるでしょ?」
「ぞれは、でぎない」
「そう言わずに!こいつと本気でやり合いたいんですよね?なら言ってやったらこいつも本気で来るんじゃないですか?」
「むぅ」
その言葉にゴギは揺れる。ジンは明らかに話したいだけのボルカに好都合と黙って話の成り行きを伺う。が、ここで割って入ったのはアーサーだった。
「まて!ここにはノアもいる!ジンが死んだところでノアに聞かれたんじゃ意味がないだろう!」
ジンはここでアーサーがこちら側でないことを確定付けるが、アーサーの言葉にノアの体が一瞬強張るのを肩に置いた手から感じ取って心が冷えていく。
「うるせぇな!どうせこいつさえ殺せば後の有象無象なんかゴギさんの敵じゃねーんだ。そこの女は俺たちが美味しくいただいてあとは奴隷でもなんですればいいだけだ。奴隷の話を誰が聞く?誰も聞きゃしねーよ」
「だが!」
「ごちゃごちゃうるせーな!ゴギさん!いいですよね?」
「わがった」
「はっ!そんじゃなにも知らねーオメェに教えてやるよ!その手紙はな、王家からの勅命書だ!」
「なに?」
「アーサーくん、そこのなにも知らねーお坊ちゃんにその手紙見せてやんなよ!」
「そんなことできるわけ!」
「いいからやれつってんだよ!てめぇ自分の立場理解してんのか?今更それを見せようが見せなかろうが結果は変わんねーんだよ!そいつは此処でゴギさんに殺されて終了!その前に見せてやれよ、現実ってやつをよ!」
アーサーはまだ少し抵抗を見せたが、ジンもこれを見れば自分が動けないことを納得してくれるかもしれないとどこか言い訳を探してジンの方に手紙を投げる。
投げられた手紙に再度ノアの体が強張るのを感じたがジンは数歩前に出てそれを拾い、手紙を開く。中にはこう書かれていた。
“親愛なるアーサーへ
先んじて記しておくが、この手紙は残さず読んだ後焼却して欲しい。
さて、君がこれを見ているという事は作戦は限りなく順調に進んでいるという事だ。
今回この遠征で起こっている事は私が計画した反乱分子弾圧のための礎だ。
捕らえられた女性を君は助けに来るだろう。その正義感は評価するが、今回は目を瞑って欲しい。
彼女の家は我々に取って都合の悪い存在である事は確定している。
その彼女も家の駒として君、ひいては私に不利益を被るだろう。
君の心中を察すれば、大変心が痛むが、どうか抑えて欲しい。
追伸 この内容を理解し、実行してくれたのなら先の事は水に流そう。さらには正式に家臣としての地位を約束しよう。
ドールストス・バン・ベータル
ジンは手紙を読み終えるとぐしゃりと握り潰す。
(ゴミが)
ジンはこの手紙はドールが書いた物でないとすぐに察しが付いていた。
なぜならこの手紙には名前が一つも載っていなかったからだ。
もし今回攫われたのがノアではなくリナリーだった場合、最悪、リナリーは汚され、殺されるか闇市に出されるかの二択だったわけだ。
これをドールが命令したとは考えにくい。あそこまでリナリーに執着しておいてこの手紙を出せるような冷酷且つ知略的な男ではない事はジンが一番知っていた。
さらに言えば名前がないという事はノアでなくても同じ結果になったという事、つまりこれを書いた人間は誰が攫われようが結局は同じシナリオになるよう誘導しているという事だ。
そしてジンはその人物に心当たりがあった。
(テングラム)
テングラムのやり方に冷えていた心がさらに温度を落とすのを感じる。
更に言えば、ここに書かれている内容を鵜呑みにして、アーサーが行動したことも気に入らなかった。
中を見てみれば大した事はない、直訳すれば自分に都合が悪いからそこにるやつを見殺せ、それができれば褒美を取らすぞという事だ。
なんと中身のない話かこれを鵜呑みにする目の前の男の正気を疑った。
ジンは読み終えて握り潰してしまった手紙からノアに視線を移す。
なんの気なしにノアを見ただけだった。
手紙の内容を知りたがるかもしれない、そう思ったジンがノアに目を向けて固まった。
ノアのジンを見る目が全てを諦めた目の奥に僅かにある縋る想い。そんな目をしていた。
また自分は見放されるのか?先程と同じような絶望感を味わうのか?別にいい。嫌だ。どうせ同じなんだ。お願いだから誰か私を助けて欲しい。
もういやだ。どうせ一緒だ。
伸ばした手を振り払われるのは。
もういやだ。どうせ一緒だ。
信じていた者に目を逸らされるのは。
多くの感情。
ジンは知っている。その諦念を。でもジンは知らない裏切られる痛みを。
それでも、自分だけはこの子の味方でありたいと思った。
リナリーの友達だからじゃない。クラスメイトだからじゃない。自分の守りたい存在だからじゃない。
その目に一縷でいい、光がさしてくれたらそれでいい。自分はそれで救われた。
ならば自分がその光になるしかない。この場にジゲンもルイもいない。自分の光になってくれた人はいないのだ。それにいたところでノアの光たり得るかはわからない。
今ここで、この瞬間、自分だけがこの子の味方でいられる。
ならば、やる事は一つだろう。
ジンは考えがまとまるとノアに近づいてしゃがむ。
ノアはこれまでで一番体を硬らせてどこか達観したような、すべてを諦めてしまったような目でジンを見つめる。
ジンは数秒ノアと見つめ合うと徐に右手を上げる。
ノアは何かされると目をギュッと瞑ると頭に何かが載った感覚でゆっくりと目を開ける。
「よくがんばったね。前、君と面と向かって話したとき偉く律儀で気の強い子だと思ったんだ」
ジンはノアの頭を撫でながらそう言う。
周りはジンの行動に目を丸くする。
「え?」
「でももういい、その涙は自然の物だろう心が壊れてしまわないように出してくれていたんだろう。でももういい、君は泣いていい。吐き出していい」
そう言うとジンは手紙を破り捨てる。
「君を苦しめる全ての物から、俺が俺に定めた誓いにかけて守り抜く」
そしてジンは刀を腰から鞘ごと抜くと三分の一ほど鞘から刀を抜いて数秒目を瞑り戻す。
チンッ、と刀を仕舞う時に出る独特な音が鳴り、ジンは刀を腰に戻す。
「今のは?」
ノアは目を見開いたままジンの行動が分からず質問する。
「誓ったなのさ、己に、必ず守り抜くと」
嘘だ。
「なにを?」
どうせこの人も一緒だ。
「君をだ」
もうあんな想いはごめんだ。
「どうして?」
きっと信じれば裏切られるんだ。
「簡単だ」
そう言うとジンは優しく笑う。
「俺がそう定めたからだ」
「答えに、なっ、てない」
ノアは自然としゃくり上げながらジンに抗議する。
「だって答える気ないもん、俺が決めたんだからいいんだよ。俺は俺が信じるもんを信じて、守りたいもんを守る。それが俺の道であり、生きる理由だ。誰にも文句は言わせる気は無い。青臭かろうが、絵空事だろうが関係ない。俺は俺の道を行く」
信じていいのだろうか?
「思っ、たより、オオ、トリ様は、馬鹿なんですね」
もう一度だけ、人を信じていいのだろうか?
「よく勘違いされるけど頭の出来はいい方じゃないんだよね」
もう一度だけ、人を、違う。この人を信じたい。
「ふっ、あは、あははぁあああああ゛!」
ノアは最初こそジンの知ったこっちゃないという顔に笑いが出たがすぐにそれが泣き声に変わりジンの胸に顔を埋めた。
おそらくノアはこの時縋れる物があればそれが悪であろうと縋っていただろう。愛する人に裏切られる痛みとはそれ程のものなのだ。けれどノアは最後の最後で救われた。悪でも無く、正義でも無い。ジンという存在がノアを救ったのだ。
そしてジンは泣きじゃくるノアの頭を優しく撫で続けるのだった。
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