第132話 第二門
ノアが少し落ち着いたのを確認してジンが立ち上がる。
「さてと、そんじゃ覚悟はできてるか?」
ジンが底冷えするような声色でそう言うとそれまで静かに成り行きを見守っていたゴギが嬉しそうに笑う。
「やっどが」
二人の会話にボルカは、はっと、正気に戻る。
「おいおいおい!待てやガキ!てめぇが今握ってるそれは王家からの勅命書だぞ?とち狂ったのか?俺たちと敵対するって事は王家と敵対するって事だぞ!?」
ジンは面倒くさそうにそちらへ顔を向けるとため息を一つこぼして反論する。
「いいか?王家からのなんらかの書類による物には王印っていう王家からの物だと証明する印が施される。そしてこの手紙にはそれがねぇ、たとえ本当に王家の誰かが書いた物だとしてもこいつは証拠には成り得ねーんだよ」
「王印だと?」
「はぁ、知らねーのかよ。まぁいいや、それにもしこれを書いたやつが王家であった場合。まぁ十中八九、誰が書いたか予想はついてるけど、俺には関係ないね」
「なに?」
「俺がついていくと決めた奴はこんなクソみてーな事はしねーからな。どの道これを書いた奴とは敵対するって事だ」
ジンはそういって手紙を投げ捨てると、それにと続ける。
「学生のそれも少女を生贄にするような奴とは王家だろうが、神だろうが気に入らねぇ。俺の刀でぶった斬る」
「......狂ってやがる」
王家を関係ないとそう口にする男にボルカは寒気を感じる。目の前の男は冗談など一切言っていないことがわかったからだ。
「もういいか?こいつが終わればお前たちだ、誰一人として逃す気はねぇから」
ジンはもう興味がないと言わんばかりに視線を外すとノアの方を向く。
「ノアはそこで待機!怖かったら目、瞑ってな」
ジンは刀を抜きながら視線をゴギに戻す。
「待たせた。それじゃ始めるか」
ジンの言葉にゴギが頷くとガラガラと音を立てて大剣に近い剣を鞘から抜く。
お互いがお互いの一挙手一投足を観察しながらジリジリと間合いを詰める。
二人を見つめる全員とは別にアーサーはジンが捨てた手紙を拾い目を見開いていた。
(気づかなかった)
ジンが言っていた王印という物的証拠がその手紙には確かになかったことを確認した。
アーサーが手紙から顔を上げた瞬間、二人がぶつかり合う。
ギィン!と甲高い音を立てて二人が鍔競合いを他所にアーサーはノアのそばに近く。
「ノア、今のうちに逃げよう」
アーサーが近づいていたことに気づかなかったノアはビクっと反応して振り返る。
「今ならあいつが気を引いてくれている。俺も参戦したいが君の安全が第一だ。早く立つんだ」
「なにを......言っているんですか?」
ノアは信じられない物を見る目でアーサーを見つめてそう返す。
ノアからすれば目の前にいるアーサーがなにを言っているのか本気でわからなかった。
「さっきはすまなかった。王命だと思って苦渋の決断だったんだ。でもあの手紙がなんの根拠もないのなら、僕は君を助ける事を迷いはしなかった」
アーサーがノアの肩に手を置こうと手を近づけるとそれをノアは叩く。
咄嗟に払い退けてしまうがそのことに後悔はなく、ただただ嫌悪感だけが胸の内を支配して、どんどん鼓動が早くなっていく。
「触らないで!」
ノアは息を荒くしてそう叫ぶと、ジンにも聞こえたのだろうジンがゴギとの鍔競合いを終えて距離を取ると目だけでノア達を確認する。
ジンはアーサーとノアの姿を見てどういう流れかを大体察する。ノアはこれまで見たことも無いほど顔色が悪く。先程泣いていた時よりも顔色が優れないのが見て取れた。
「あの馬鹿、余計なことしやがって」
このままでは最悪、過呼吸なるのではと思わせるほど息を荒くしているノアを見て一刻も早くこの現場を終わらせるべきと判断したジンは一度二人から目を離してゴギに視線を戻す。
「悪いな、だらだらお前に付き合ってる暇はないらしい」
「なに?」
「終わらせるってことだよ」
そう言ってジンが腰を極限まで落として伸脚のような下半身。両手を顔の横まで持ってくると鋒をゴギに向けて霧の構えを取る。
霧の構えは多くの流派で用いられることがあるためゴギも見たことがあった。
基本的に霧の構えは横薙ぎをするための構えであるが、多くの流派で用いるためそれをブラフに使った剣筋もよくある。
それに普通はあそこまで腰を落としたりはしないのでゴギは警戒する。
「そう構えんなって。一瞬だから」
ジンが静かに言い終えると曲げた右足で地を蹴る。
掻き消えたジンが一瞬にして目の前に現れたゴギは咄嗟の反応で剣を振るう。
腕が動き出す瞬間、ジンの声が耳に入った。
「第二門、緋剣、
「あえ?」
ゴギがその言葉を聞いたと認識した時には体から力が抜け、ジンを払い退けようとした剣が手から離れて回転して飛んでいく。
大剣に近い剣が何度も回転して飛ぶ先にはノアとアーサーがいた。
ノアはその剣を目を見開いて追うことしかできない。
剣がスローモーションのように見えている二人の前に自分たちと同じくらいの背丈が一瞬で現れるとその剣を弾いたのだった。
それがジンだと認識するタイミングでジンが振り返る。
「怪我は?」
「ありません」
「ふう」
ジンが息を吐くと正面に向き直る。
ノアはジンの背中を見ていると、荒くなった呼吸が落ち着いていくのだった。
一方ゴギは訳がわからなかった。
何故こんなにも全身に力が入らないのか。頭も殆ど正常に働いていない、立っているのでやっとだった。
「ゴギさん!!」
そこまで遠くにいないはずのボルカの声がえらく遠くから聞こえた気がするが、声のする方へ顔を向けるとボルカの顔を見て自分の体を見ていることに気づき、自分の体を見下ろす。
そこには数カ所血が滲んでおり、胸、腹、下腹に血が滲んでいた。今になって痛みがやってくる。
「てめぇ!ゴギさんになにしやがった」
「須臾天狐は突きによる技だ」
自分の体をしばらく見つめた後ジンが喋り出すので顔を上げて、ジンの話を聞く。
「人間誰しも手足を動かすのに脊髄を通して動かす。その脊髄を正確に切断する技だ」
「ぜきずい?」
「つまりお前はもう、首から下の体を動かすことが出来ないって事だ」
ジンにそう言われた瞬間、とうとう脚の力が入らなく成り、その場に尻餅をつくように倒れ込む。
「本当は最後に脳天に放つんだがな」
そう言いながらジンはその場に片膝をつく。
するとジンの肩に血が滲んでくる。
「やっぱり、開いちゃったか」
鬼門を開けば十中八九、傷が開く事は分かってはいた。傷が思ったよりも深く、最後の一撃を決めきれなかったのだ。
「でもまぁ、てめぇの負けだ」
ジンは弾いた剣をチラッと一瞬見てすぐにゴギに視線を戻す。
ゴギは強者と戦う時、剣を研ぐことで精神を統一するのがルーティンだった。だが、今回、入念に研いだのに、ジンと剣を合わせられたのは一合だけだった。
ジンがあの構えをしてからはなにも見えなかった。ジンの姿を一瞬だけ目で捉えただけで、がむしゃらに振ったあの剣だってもしそのまま振り切っていたとしても、おそらく当たってはいなかっただろう。
自分は見誤ったのだ、ジン・オオトリの強さを、だが、それでもゴギは笑ってしまう。
ここまでの力の差を感じたのは初めてで、最早清々しくすらあったのだった。
自分でもわかる。おそらく自分の人生で目の前の男が最後の敵だという事は。それでもゴギは後悔も未練もなかった。何度やってもこいつには勝てないとそう確信したからだ。
ジンと最初会った時、ここまで力の差があるなど分かっていなかった。これはアーサーの行動や、アッセンブルグの死でジンが動揺していたからなのが原因だった。
「げげげ、まげだ、だのじがった」
ジンは肩を押さえて何とか立ち上がるとゴギにゆっくりと近く。ジンがゴギの前までくるとゴギはジンを見上げて、尚も口を端を吊り上げていた。
「得てして、お前はもう動けない。この後、洗いざらい吐いてもらう事になるが、その前に」
ジンはゆっくりと振り返り、ボルカたちを睨む。
「お前らも覚悟はできたか?」
ジンの眼光に少し怯むが、ジンの肩を押さえている状況にボルカが少し強気にでる。
「その肩で、なに言ってやがる!てめぇら!怖気付くんじゃねー!奴は満身創痍だ!全員で囲めば殺れる!」
ジンは立ち上がる。
「確かに俺はあんまり動けそうもないが......お前らは終わりだよ」
ジンは一人だけ気付いていた、こちらに近づいてくる多くの気配を。
「最後の通告だ。抵抗をやめて武器を置け、命あっての物だぞ?」
「うるせぇ!いくぞてめぇら!」
「はぁ、わからねぇ奴らだな。もう積んでるって言ってるんだよ」
ジンがそういうと誰にでも聞こえるほどの足音がドアの向こうから響いてくる。
その場にいる全員の視線がそちらに向くとドアから騎士団が押し寄せてきた。
「大将!無事かよ!?」
一番に入ってきたのはダリルだった。
「一応な、でも頭がクラクラする」
「全く!無茶すんじゃねーよ!」
駆け寄ってくるのは青龍騎士団の紋を甲冑に刻んだ騎士たちだった。
「何とか間に合ったか」
ジンはそういうとボルカたちに顔を向ける。
「ダリル、どうやら投降する気はないらしい」
「了解です。てめぇら!殲滅だ」
「「「「「おおおお!!」」」」
ジンの横を青龍騎士団が駆け抜けていき盗賊たちと戦闘を開始した。
ジンの横にダリルがやってきてジンに上着を渡す。ジンは出てくる際上着を忘れており、それを援軍できた青龍騎士団のダリルが持ってきたのだった。
「不覚をとったみたいだな」
「ああ、この様だ」
ジンは肩をチラリと見てからダリルから受け取った上着を着ないで自分の後ろに向かう。
「ダリル、こいつは生きてるが天狐をぶち込んだ、後のことは任せる」
「了解だ」
「外は?」
「もう終わってます。順次手当てを開始してます」
「わかった」
ダリルはジンが向かおうとした方に顔を向けた後、少しにやけるがすぐに顔を盗賊たちのところに戻す。
ジンはそのままノアの元まで行くと自分の上着を彼女にかける。
「よくがんばったな。もう安全だ」
「......ありがとうございます」
ジンはノアに頷くと近くでしゃがんでいるアーサーに目を向けるが、その目には一切の熱がなかった。
ジンはすぐにノアに意識を戻すと手を差し出す。
「立てるか?」
ノアはジンの手を遠慮気味に取るが、下半身に力が入らないのか立てずにいたのをジンが見かねて、ノアを抱き上げる。
「きゃっ!」
「少し我慢してくれ」
「でも肩が!」
「問題ない」
ジンに顔が見えないようしがみつくノアの顔を見たのはアーサー以外いなかったのだった。
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