第133話 大根役者
ジンはノアを抱え上げて出口へと向かおうとすると肩を掴まれ、振り返る。
「まて」
「なんだ?」
ジンを止めたのはアーサーだった。
「ノアは僕が運ぼう」
「は?何言ってんだ?」
ジンは冷え切った目でアーサーを見る。
「君は怪我もしているし、それに僕とノアの方が関係も近い、僕が運ぶべきだろう」
「てめっ!」
ジンはアーサーを怒鳴りつけてやろうと思うがノアの手が震えているのを感じ、膨張した怒りが萎えていく。
「はぁ、もうお前はしゃべるな。不愉快だ。自分のしたことを考えて発言しろ」
ジンは肩に置かれたアーサーの手から逃れるように肩を揺らすがアーサーはジンの肩から手を離さない。
「おい」
「僕の言ってることがわからないのか?ノアは僕が運ぶ」
「いい加減にしろよ?手を離せ」
「君こそいい加減に聞き分けてくれ、ノアが震えている。早く代われ」
ジンの萎えた怒りが再度膨張していく。
「ふざけるのも大概にしろ。お前は自分の保身のために、自分を信頼しているやつを裏切ったんだ、にも関わらずそれを言うのか?」
「仕方がないだろう!王命だ!逆らえば僕は反逆者になってしまう。それにあの勅命書は嘘だったんだ、なら僕がノアを裏切ることはない」
ジンは怒りを通り越して頭が痛くなるのを感じる。
「お前武園会の決勝を覚えてるか」
「それが何だ!今は関係ないだろう!」
「覚えているのかって聞いてんだ」
「......覚えている」
「ならその直前にドール殿下と何を話していたかも覚えているな?」
「な!?お前聞いたてたのか!」
「ああ、もうわかっただろう?例え、この子がお前を許そうとも、この子はもう俺が守ると俺が決めた。下がれよ外道、これ以上近づくなら俺は容赦しないぞ」
「うるさい!俺がノアを、フガッ!」
「容赦しねーつったろ」
ジンはノアを抱えたまま思い切りアーサーを蹴り飛ばす。
もうすでに殆どが戦闘不能となった盗賊たちを飛び越えて壁に激突するとアーサーは地面に倒れる。
肩からさらに血液が流れるのをジンは感じたが、顔色は変えなかった。
「オオトリ様」
「ジンでいいって前も言ったろ?」
「......ジン様、ありがとうございます」
「礼は要らないさ、俺は俺の怒りをぶつけただけだ」
ノアにそう伝えると肩の震えが少し収まったのを感じたジンは再度出口へ向かって歩き出す。
「化けの皮が剥がれてんだよ、大根役者」
けれどジンの怒りが収まることはなかったのだった。
洞窟を出るとリナリーたちの姿が見えてノアを地面に下ろす。
リナリーはジンに顔を向ける。ジンはそれに頷くと、すぐにリナリーが駆け寄ってきてノアに抱きついた。
「ノア!」
「リナリー様......」
「良かった、本当に良かった」
リナリーは泣きながらノアを抱きしめていてそれに走り寄ってきたカナリアもノアを抱きしめる。
ノアはリナリーとカナリアの暖かさに心からの安堵感で涙がこぼれ、三人は周りにいる人の目を気にすることなく大泣きしてしまう。
ジンがそんな三人を見ているとジンの元にもテオとイーサンが走り寄ってきた。
「「ジン!」」
二人は心配した表情で駆け寄ってくるのでジンはそれを笑う。
「なんだよ、そんな心配そうに」
「心配もするだろ!」
テオが本気でそう言うのでジンも少し申し訳なく思い、すぐに謝罪する。
「すまん。イーサンも無事でよかった」
「なんとかな、騎士団やエドラ小隊長のおかげだ」
「そうか」
ジンは二人を見て、自分が守りたいと思った存在を守れた事と無事帰って来れた事を実感して体から力が抜ける。それをテオが慌てて受け止める。
「ジン!」
「大丈夫、少し疲れただけだ」
ジンは何とか足に力を入れると、自力で立つ。
まだ、気を失うわけにはいかなかったからだ。
「ジン様!」
ちょうどその時、リナリーの声が聞こえてそちらに体を向けるとリナリーが抱きついてきた。
正直そのまま倒れてしまいそうだが、何とか足に力を入れて受け止める。
「心配かけた」
「いいえ!いいえ!リナリーは信じていました」
「そうか」
信じていたと言うが、ジンが無事に戻ったことでリナリーは尚も涙を流していた。
ジンはそれを優しく抱きしめ返す。
ジンはリナリーを抱きしめたまま等々意識を失ってしまうのだった。
こうして、波乱を呼んだ遠征が本来ではあり得ない終わり方をするのだった。
ジンは今回の騒動でテングラムがいったい何をしたかったのかわからず、意識を取り戻した後も一悶着あるのだろうと、薄れいく意識の中で思うのだった。
ジンが意識を取り戻したのは自室のベッドだった。見知った天井を数秒見つめて、首を動かすと、ルイが椅子に腰掛け本を読んでいた。
「母上......」
ルイはジンの意識が戻ったことに気がついて本を床に落として、ジンを抱きしめる。
「心配したのよ!」
「ごめん」
ルイはジンが危険な目に遭うのをオオトリ家の中一番気にしている。
そして今回、自分が大怪我をしたと言うことは相当怒っていると思いジンはすぐに謝った。
「あなた、丸三日も寝てたのよ?」
「そんなに」
「お医者様は命に別状はないと言っていたけど本当に心配したわ」
「ごめん」
「......反省してるようだし、今回は許します」
「え?」
ルイが思ったよりもすぐに許してくれたので少し驚く。
「女の子、助けたんでしょう?」
「えっと、まぁ」
ジンが体を起こしながら頷くとルイの手が頭に乗る。
「流石、わたしの息子。誇らしいわ。けれどあなたが危険を顧みない所を許すわけではないですからね」
「はい」
ルイに頭を撫でられてジンは恥ずかしさと同じくらい嬉しさが込み上げてくる。
「それじゃわたしはいくわね。お父さんが気がついたら書斎に来る様にって言っていたわ」
「わかった」
ルイが本を拾いながら立ち上がるり部屋のドアへと向かう。
「母上」
ジンがルイを呼び止めるとルイが振り返る。
「ありがとう」
ジンがそう言うとルイは笑顔で手を振って部屋から出て行くのだった。
ジンはルイが出て行ったあとベッドから出ようとすると部屋のドアが開く。
ジンはルイが帰ってきたのかと思い顔を上げると、部屋に入ってきたのはジゲンだった。
「親父殿」
「おう」
ジゲンは片手をあげると、ルイが座っていた椅子に腰掛ける。
「ルイとそこで会ってな、お前が意識を取り戻したと聞いたからな。顔を見にきた」
「俺もちょうど今から書斎に行こうと思ってた」
「そうか......手酷くやられたな」
「まぁね、やっぱり実践は模擬戦とは違うね」
「当たり前だ、今一度噛み締めることだ」
「うん」
「お前が寝てる間に状況が大きく動いたからな。その話をせざるを得ないだろう」
「うん」
「まず、お前だが、評判は最悪と言っていい」
「え?」
「命令無視で大怪我を負い、ダーズリー家の令嬢を拐われた挙句、アッセンブルグの死の直接的原因となり、更にはダーズリー令嬢奪還の際には命令無視をした後、アーサーという平民がダーズリー令嬢を救出した功績を横取りしようとアーサーを後ろから襲った。という事らしいな」
「何でそんな.......」
無茶苦茶な、と続くはずの声は消え行く。
「おそらくこれが、テングラムの狙いだったのだろう。ここまで用意周到にお前の評判を落としにかかる。これを即興で行うのは流石にボロが出る。が、今回に関しては動きが早く、ボロも出していない。お前の意識がない事をいい事にヴァーチャスが言いたい放題だ」
「でもその場にいた騎士達が」
「エドラ含め、元アッセンブルグの部下達は殆どが騎士団を追いやられた」
「まじか」
ジンはまさかそんなことになってるとは思わず、驚きが隠せない。
「報告書まで偽装されたからな。今回打つ手は無いだろう。そして今回の件でお前の名誉男爵の地位も剥奪された」
「てことは、陛下も信じたと言うこと?」
「そうではない。これはお前がその地位を持っていると今後もテングラムに狙われ続けるからという、ディノの判断だ」
「まぁ、別に周りにどう思われても俺は知ってくれている人がいるならいいけど......そうだ!ノアは?」
ジンは自分の話よりもノアの話を身を乗り出して聞いてくる物だから、ジゲンも少し笑ってしまったが、すぐに真剣な顔に戻り沈黙した後、話始める。
「......ダーズリー令嬢だが」
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