第134話 話すこと

「ダーズリー令嬢だが」


 ジゲンは一度言葉を区切る。

 ジンはその間が、あまり良くないことを察して次の言葉を待つ。


「あまりいい状況ではないだろう」


「......」


「噂で彼女が純血を失ったと広がっている」


「それは!」


「わかっている。あの場にいたダリルから報告ではそうでないことをこちらはわかっているが、貴族社会だ。確証がない以上、一度噂が広まればそれまで、彼女は家から勘当された」


「な!?」


 ジンは確かに貴族社会のことをあまり理解していなかったと思うが、まさかそこまでするとは思ってもいなかった。


「学園の形式上一年間の学費は入学時に納めることになっていて彼女の家も例外ではない。彼女は今、フォルム侯爵家に身を置いている現状だ」


「これからどうなるの?」


「彼女次第だろう。まず初めに学園にこれからも通うかどうか、それとは別に今後どう生活していくのか」


「......俺行かないと」


「どこにだ」


 ジンは重い体をなんとか動かしながらベッドから出ようとする。


「もし今までの話が本当なら、ノアが現状置かれている状況は俺のせいってことになる」


「......」


「彼女は現場を目撃した証言者としてテングラム侯爵家の陰謀に巻き込まれたってことだろう?」


「だろうな、彼女だけがお前の潔白を示せるただ一人の存在だからな、貴族社会から追放されたとなれば、彼女を信じるものは少ないだろうな」


「俺の潔白なんてどうでもいいんだよ!誓ったんだ......だから動かないと!」


 ジンは居ても立っても居られずベッドから出ようとするが、ジゲンがそれを止める。


「お前が行ってどうなる」


 ジゲンにそう言われてジンは体を止める。


「俺のせいですまんとでも言うつもりか?それがなんになる?」


「でも!それじゃ俺はどうすればいい!守るって大見えきっておいて、確かに目の前の脅威からはノアを守れたかもしれない。でもこの結果はノアを守れたとは言えない!なら動かないと」


「だから待てと言っているだろう!わしは何もお前に動くなとは言っていない!......ジン考えろ。動くなら打開の案を出してから動け、思考することを放棄するな。心に身を任せて動くばかりではいい結果などあり得ない。思考を突き詰めてから動くことを学べ」


「考える?」


「そうだ、どうすれば彼女の助けになるか、守れるか、お前が思考を放棄すれば守れる者も守れんぞ」


「......でも」


「いいか、わしは、わし達はお前の味方だ、お前に守られてばかりの存在になる気はない。ならば頼れ」


「親父殿......」


「そうだ、わしはお前の父親だ。頼り甲斐はないか?」


 ジゲンにそう言われて、ジンは黙り込んで考える。

 ジンが数秒考えたあと顔バッとあげる。


「......親父殿、頼みがある」


 ジゲンはジンの目を見て嬉しそうに笑うと身を乗り出す。


「聞こう」


 リナリーはリビングでノアと共のお茶を飲んでいた。ノアは心情的にお茶を楽しめる余裕などないが、このままでは滅入ってしまうとリナリーが無理やりに近い形で連れ出したのだった。

 ジンが意識を取り戻したと知らせが来たのが一昨日の事でジンはすぐに顔を見せにくると思っていたが、まだ体調が悪いのかフォルム家には来ていなかった。

 ノアとお茶を飲んでいるが、雰囲気はいつものように落ち着いていると言うにはあまりにも重い空気だった。


「ノア......」


 リナリーはそんなノアを見ているのが辛くなり声をかけるが、自分がノアになんと声を掛ければいいかわからず、その後の言葉が出てこない。そんな自分に無力感を感じるのは仕方のない事だった。


「リナリー様、そんなに気を使われなくても大丈夫ですよ。父と母がああいう人達なのを私は知っていましたから」


「でも、あんまりだわ!あなたの話をろくに聞かずに勘当だなんて、許される事ではないわ」


「本当にいいんです。私は不思議とスッキリしていますし、それに私はもう救っていただきました。これ以上何かに縋って生きて行くのはやめます。縋ったものに手を払われるのは縋るものがない時よりも痛いことを私は知りましたから」


「ノア.......」


 それはあんまりな話だった。人間生きて行くには何かに支えられて生きて行く。それは飾りを取って仕舞えば、縋ると言ってもいい、それをしないで生きて行く人生の先に果たして幸福などあるのだろうか?自分はジンや家族、もちろんノアやカナリヤ、友人がなによりも大事だ。その人達に縋って、時に縋ってもらい生きていく。それがリナリーの幸福な人生だとリナリーは自信を持って言える。

 自分の価値観をノアに押し付けるつもりはないが、今のノアが幸福そうにはどうしても見えないリナリーは何か自分にできることはないかと思い悩む。


「私は!私はあなたの手を振り払ったりしないわ!伸ばしてくれるなら必ず掴むわ!だって私達、友達でしょう?少なくとも私はそう思っているわ」


 リナリーは話が纏まっていなかったが、それでも自分の正直な気持ちをノアの手を取って伝える。ノアはリナリーの温かい手を少し怯えるように握り返す。


「私も、リナリー様とカナリアだけは信じています。感謝もしております」


 そう言って笑うノアの姿は今にも壊れてしまいそうでリナリーは握っている手に力を込める。

 その時部屋のドアがノックされる音が響きリナリーが反応する。


「どうしました?」


「ジン・オオトリ様がお見えです」


 その言葉に二人は顔をあげる。

 ジンが来た。リナリーはそれだけでこの空気をなんとかしてくれるかもしれないと想いと、単純にジンに会えることへの喜びで立ち上がる。

 リナリーが立ち上がると同じタイミングで、ノアも立ち上がっていて、リナリーと同じ顔をしていた。

 ノアと目が合い、すぐに視線を逸らされてしまったが、リナリーはこの時全てを察した。


「オード」


「はい、お嬢様」


「ジン様には少し待っていてもらって、お父様とお話しすることもあるのでしょう?」


「そうですな、お嬢様方にお会いした後は旦那様も少しお話しされるご予定です」


「なら、お父様の後でいいわ。少しノアと話したいことができたから」


「承知いたしました。そのようにお伝えいたします」


 ドアの向こうから気配が消えるとリナリーは俯いたノアの顔を覗き込む。


「ねぇ、ノア?」


「.......はい」


「私ね、わかってるつもりよ?」


「......なんの事でしょうか?」


「カッコいいもんね」


「......言ってる意味が」


「ノア」


 リナリーはノアの頬を両手で掴み顔をあげさせる。


「わかっちゃうものなのよ?こういうのって」


 リナリーは笑顔でそういう。その笑顔には悪い感情が一切ない事はノアにも伝わったのだった。

 ジンはフォルム侯爵家の玄関で待っているとオードバルが戻ってくる。


「申し訳ありません。少しお嬢様とノア様のお二人で大事なお話がおありとのことで、先に旦那様のところへご案内いたします」


「わかりました」


 出来るだけ早くリナリー達に会いたかったが、自分に話せない内容も女性ならあるだろうとジンは素直に頷きオードバルの後に続く。

 応接間だと思われる部屋の前でオードバルが止まるとドアをノックする。


「旦那様、ジン様がお見えです」


 オードバルがドアに向かってそう言うとドアの向こうからキリルの声が返ってくる。


「入れ」


 オードバルがドアを開き、どうぞと手を出すのでジンが失礼しますと一言言って入室する。

 椅子に腰掛けこちらを見ていたキリルが手を振って歓迎してくれた。

 ジンは会釈をする。


「久しぶりだね」


「お久しぶりです」


「少し長話になる。立って話のは疲れるだろう」


 キリルがジンに対面に座るよう促すのでジンも特に何も言わず、失礼しますと再度一言かけて対面の椅子に腰掛ける。

 同じタイミングでオードバルが紅茶をジンとキリルの前に置くと、そのままキリルの後ろに控える。


「さて、今日は君から話があると聞いていたが?」


「すみません。その話はリナリーと話した後で相談させてください」


「ふむ、そうか。構わないよ。なら僕の話をいくつか聞いてもらおうかな」


「なんなりと」


「ははは、そんなに畏まらないでくれ、今日話したいことは三つ、一つは、まぁ君もわかっているだろうがノアちゃんについてだ。これは君の話したい事を聞けば解決できると思っていいのかな?」


「おそらくは」


「そうか、なら二つ目、これは君についてだ。ジゲンから聞いているだろうが君の名誉男爵という地位は剥奪された。これは僕が提案したことだ」


 キリルの話にジンは驚く。ジゲンはそこまで言っていなかったからだ。


「その分じゃあいつめ、伝えていないな。わけはジゲンから聞いたね?」


「自分をテングラムのターゲットから外すためだと」


「そうだ、おそらくこの件であちらが君をこれまでほど重要視することは無いだろが、ターゲットから外れたわけではないから油断は禁物だよ。それに今回は後手に回りすぎた。まさかここまで大規模なことをやってくるとは思っても見なかったし、捕らえた盗賊とゴギだったかな、彼らは始末すると言う用意周到ぶり。正直油断していたよ」


「自分もです。まさか自分がターゲットである事は考えてはいましたが、それが周りを巻き込むやり方だとは思いもしませんでした」


「ノアちゃんや犠牲なった騎士団の騎士には悪いが、君単体で言えば今回はこの程度ですんで良かったと思う他にない。けど、問題はここからだ。君はテングラムやドール殿下からの注目を下げると言う名目で今回、僕たちがこう言った手段を取ったが、これによって君の名声と呼べるものは無に帰した、いやそれよりも下になったと言ってもいいだろ」


「承知の上です」


「まぁ、僕もあまり君のことは心配していない。僕が認めたんだ、これくらい跳ね除けてくれないと困るしね」


 悪戯っぽく言うキリルにジンは苦笑いで返すが、キリルはすぐに真剣な顔に戻る。


「でも今回の件ではっきりとした、テングラムはドール殿下につくと言うことだ。こうなっては近い未来、ロイ殿下とドール殿下の後継者争いは必ず起きる。さらに言えば騎士団を二分化する大きな内戦になるかもしれない」


「鳳凰と白虎、青龍と玄武ですか」


「その通りだ。まぁこれは予想していた通りだからそこまで衝撃的な話ではないけど、問題はここからだ」


「と言うと?」


「君に話したい三つ目だけど、君は物語を読むことはあるかい?」


「本、と言うことでしょうか?」


「まぁ、そんなところかな」


「幼少にはそんな時期もありました」


「なら、魔法と呼ばれるものも知っているね?」


「まぁ、物語には魔法使いや、魔法の道具なんて物も出てきますから」


「隣国のホイル王国で、初めての魔法実験に成功したと言う報告が入った」


「な!?」


 ジンは衝撃的な内容に椅子から腰を上げてしまう。


「落ち着きたまえ、まだ話は始まったばかりだ」


「すみません」


 ジンは浮かせた腰を下ろすと真剣な面持ちでキリルの言葉を待つ。


「その報告があったと同時に魔法を実現した開発者のガーネーム伯爵が捕らえられて処刑されたそうだ」


「っ!?」


 言葉が出なかった。まさかの展開にジンは目を見開く以外のリアクションが取れなかったのだ。


「まぁよくある話であり胸を締め付ける話だが、世界の進歩のために犠牲を厭わない人間は歴史を紐解いても一定数いる。彼もその一人と言うわけだ、非人道的な人体実験の末、魔法と言う技術が完成したと報告では聞いている。二十年前から奴隷に対してであっても最低限の人権という物は保証されているが、彼はそれを無視して実験を続けていたらしい」


「なるほど」


 ジンは顔をわかりやすく歪めて納得する。


「その犠牲者は数えるのも難しい数だそうだ。彼の実験内容を監査官が確認したところ真実がわかり、法のもと裁かれたと言うわけだな」


「ですが」


「ああ、技術は本物だ。確かに多くの犠牲を出した非人道的な人体実験の結果ではあるがガーネーム伯爵は天才と言えるだろう。そしてその技術は一人娘に全て受け継がれたという」


「そうですか」


 ジンもキリルも人間だ、人の道に反する行いに嫌悪感も軽蔑もあるが、技術としてそれが有用ならそれは使って然るべきと考えている。


「して、その魔法はどう言った物なんでしょうか?」


 もしジンが考えているような物であれば、戦争が一変すると思っていた。


「それがね、治癒魔法と言うらしい」


「治癒?」


「ああ、詳しくはわからないが、空気中には魔法の元となる元魔、魔素と呼ばれるものがあるらしくそれを人を介すことで治癒力を高める魔法に変換するんだそうだ」


「ならば、その魔素を使って人間の身体的機能を向上させることも可能と言うことですか?」


「それはわからない。私も使者の話でしか魔法と言うものを知らないからね。けれど今回ホルス王国から交換留学の話が持ち上がった。期間は約三ヶ月、生徒を互いに5、6人交換留学と言う話に纏まっている。彼の国は長い間交友関係を結んでいて、多くの王族の婚儀が行われているほどだからね」


「そうですか......」


「興味があるかい?」


「そうですね、可能であれば立候補するくらいには」


「ならそうしてくれ、テングラムも同じ場所で私と話を聞いていた、もしかしたら何かしら動くかも知れない」


「工作は」


「しないよ、ドール殿下が卒業するまでは表立って動かないだろうし、何より我々が阻止する。今回のようなことが起こらないと明言はできないが、でき得る限り我々大人が対象できるようにすると誓おう」


「キリル様.......」


「そう言うわけだから、君はしっかりと青春を謳歌しなさいと言いたいが、君も渦中の一人だ、もしリナリーに何か有れば頼んだよ?」


「もちろんです」


 そう言ってジンはキリルの目を真っ直ぐ見返しすのだった。

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