第201話 思惑

 ジンが応接間から退室していくと、ヴァーレンハイトは深く息を吐いて椅子の背もたれに全体重を預ける。


「陛下だらしがないですぞ」


「そう言うな、彼と話すのはディノケイドと話しているようで疲れる」


 ヴァーレンハイトはそう言うと応接間に用意された本棚に目を向ける。


「もういいぞ」


 ヴァーレンハイトが本棚に向かってそういうと、数秒して本棚が動き出し、隠し部屋につながる通路が現れ、そこから二人の人物が出てくる。


「せめぇ」


「文句を言うな、レウス!不敬だろう!」


 姿を現したのは後ろ頭を掻きながら文句を言うレウス・アーデウスと、それを嗜めるユークリウス・アーデウスだった。


「これでよかったのか?ユークリウス」


「はい、ありがとうございます」


「兄上は堅いな」


「お前が雑すぎるのだ。大体なお前がそう言う態度を取ると陛下への周りの目というものがだな」


「ユークリウス、その話は後にしよう」


「も、申し訳ありません」


「良い良い、それよりも本当に良かったのか?愛娘だろう?」


「......大変失礼な物言いになってしまいますが、あの学園にレイラの居場所は残念ながらありません。彼のお陰で嘲笑の対象にはならないとは思いますが、現状時間が解決するのを待つしか手立てがない。そこに来て将来有望な若人が娘のために隣国で汚名まで着て助けようとしてくれたのです。彼ならばと」


「......そうか、すまない。全ては私の不徳だ」


「そんな、決して陛下を責めているわけではありません」


 ユークリウスはヴァーレンハイトをフォローした後ジンが出ていった扉を見つめる。


「ただ、私も弟のように彼に少々期待しているんですよ」


 ヴァーレンハイトはその言葉に無表情を貫いたが、内心顔を歪める。自国の公爵にこう言われるべき人間が自国に居ない事への反応だった。


「だろう?レウス」


「......俺は兄上がそれでいいならいい。確かにレイラは俺の可愛い弟子であり姪だが、あの子はもう何もわからぬ子供ではないからな。兄上がそれで良しとしてレイラもそれでいいなら俺に文句はねーよ」


 レウスはヴァーレンハイトに少しだけ気を遣った事がわかったヴァーレンハイトは苦笑いを浮かべてユークリウスと同じようにジンが出ていった扉に目を向ける。

 ここまで黙っていたロードがそこに加わり。


「彼は勘違いをしてくれるでしょうか?」


「どうだろうな」


「驚く程に彼は賢かった」


「ああ、だが学校の成績は大した事はないらしいぞ?」


 ヴァーレンハイトは学校の成績とロードの言う賢さは違っている事はわかっているが、揶揄うようにそう言って場を和ませる。

 自分で和ませたあと、少しだけ真剣な顔に戻してから一言だけ口にした。


「次世代が頭角を表すのも、そう遠くない未来なのだろうな」


 ジンは城から出た瞬間に後ろを振り返る。

 目の前には今しがた出てきた城が堂々と聳え立っている。


「ここまで来れたってことは消す気はないか」


 ジンは正直ヴァーレンハイトが先程言っていたレイラの件をあまり信じておらず、城から出る前に暗殺者の数人差し向けられるのではと多少なりとも疑っていたが、驚くほどすんなりとジンは城の外にいた。

 ジンは城から目を離して、テズームの屋敷に向けて歩みを再開する。

 帰りの馬車はジンから断った。理由は一人で先程の話を整理したかったからだ。

 ジンは歩きながら自分が置かれた現状を整理する。


(現状から推察するに、ジョナサンの情報は置いておくにしても、魔法の情報はベータルに流れるのは確定している。にも関わらず特に何もしてこないのは、そこまでする情報じゃないからか)


 ジンは帝国とジョナサンが繋がっていることを思い出して納得する。帝国と繋がっているなら魔法の情報のほとんどが帝国に流れていることはほぼ間違いない。

 魔法の存在はそもそも全世界に公表している。各国の密偵もいずれ潜り込んで来るだろう。いつかバレる事ではある。

 では、ジョナサンの情報はどうか?

 

(彼のやってきたことは国家への裏切りよりもだいぶ重い。にも関わらず領地への謹慎のみの処分しかできないのは、それだけ公爵家という看板が重たいからか)


 ジンはそれでも相応の罰を与えるべきだとは思うが、もしかしたら自分の知らない何かがあるのかもしれないと、ジョナサンの処遇については横にやる。


(だが、そうなるとジョナサンの件を知る俺の予防線としてレイラを寄越した......結局のところ俺がジョナサンの件をどこに持っていったところで不利益にしかならないし、封印しておくのが得策か)


 ジンはそこまで考えて、思考を切る。

 ジンにとってこれ以上この件で頭を悩ませるのはカロリーの無駄だとすら思ったのだ。

 ジンからすればジョナサンのことなどデディの気持ち以外に気にする存在ではなく、デディの自分への扱いからそれすらも薄れていた。

 レイラを預けるという結論以外で言えば、ヴァーレンハイトの会話から得られた情報は魔法の詳細以外ジンにとっては必要としていない。ならば考える必要は無いと結論付けるのだった。

 一方、ヴァーレンハイトはユークリウスの願いを聞き、ジョナサンの情報をダシにレイラをジンに預ける事にした、これはユークリウスがこれからこの国の行く先に不安を覚え、ならば、娘のために汚名を来てまで救おうとしてくれた彼に預けるのも、また選択の一つだと決断したからだ。

 結局のところ、レイラをジンに預けたのは、ジョナサンの情報を守るためにジンを縛る枷などではなく。ユークリウスの親としての決断。ただそれだけだった。

 そんなことは全く知らないジンは、深く考えることはせず、仕方がないと受け入れる姿勢をとった。

 ジンは結果としてあの時深読みしなかったことでヴァーレンハイトやユークリウスを刺激しないで澄んだと、後に一人の妻に漏らしていたと、伝承されている。

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