第116話 一難去ってまた一難

 武園会から一週間経ちジンに絡んでくる者はいなくなった。

 最近の快適な学園生活にジンは朝向かう足が軽かった。

 ただ、その中でもジンに絡んでくる相手の顔を思い浮かべて足取りが少し重くなる。

 コールとレペレンス教諭だった。

 コールは今までと変わらずリナリーにアタックを続けジンが近づくとジンに嫌味を言って去っていく。毎回コールが去った後リナリーの機嫌を取り戻すのにジンは苦労していた。

 ジンはコールに対して何かした覚えもなく顔を合わせたのだってロイに紹介された時が始めてだ。何故あそこまで突っかかってくるのか、未だにわからなかった。

 けれど、ロイの側近であるため、あまり事を荒げない様相手にしていないだけだが、もしジンの癇に触れることさえ無ければジンは何かを起こす気もなかった。

 レペレンスに至ってはジンもそうだが、テオ、アーサーにも絡みに行くのであれはああいう人種なんだと割り切るのが簡単だった。

 ジンは幼い頃から自分に対する誹謗中傷は慣れているため何も思っておらず、テオもアーサーも気にしていない様なのでレペレンスの事は特に話題にすら上がらないほどだった。

 

「一回ロイに相談しようかな」


 ジンはコールのことをロイに相談しようか本気で悩み出す。ジンは構わないのだが、流石にそろそろリナリーの堪忍袋が切れるんじゃないかと思い始めたからだ。

 そんなことを考えていると教室が見えてくる。

 教室に入るとそこにはよく知った後ろ姿があった。

 ロイである。


「おお、ジン。おはよう。遅いぞ」


「え?」


 ジンはロイにそう言われて固まる。

 クラスメイトの視線を一身に受けるジンはさりげなく周りを観察する。

 ロイに気安く呼ばれたジンを見て驚くクラスメイト、ニッコニコのリナリー、親の仇の様にこちらを睨むコール、驚愕の表情を見せるアーサー、クラスはカオスになっている。 

 何故こうなっているかと言えばジンが教室に入ってくる本の十分前の出来事だった。


「失礼します。リナリー嬢はいるかな?」


 朝、気怠げな雰囲気の教室で一年Sクラスでは気の許せる友人と各々ホームルームが始めるまでのお喋りに花を咲かせていた。

 そこに入ってきた金髪の美男子にクラスを静寂が支配する。

 その男子のことを知らない者はこのクラスにアーサーしかおらず。アーサーは一気に静かになった教室に困惑する。

 その静寂を破ったのはその男に呼ばれたリナリーだった。


「殿下、どうかされましたでしょうか?」


「殿下......え!?」


 アーサーはリナリーの言葉を聞いて驚く。


「ああ、そこにいたのかおはよう。すこし話があってね。ジンもいるかい?」


「ジン様はまだいらしてません」


「そうなのか。それじゃリナリー嬢だけでもいいかな。今日の放課後、生徒会室にきてもらえるかな?」


「え?あ、はい、わかりました」


 このタイミングで生徒会室に呼ばれるという事はリナリーの生徒会入りは殆ど確定だとクラスメイトの大半が理解する。

 そんな二人の会話に入ってくる者がいた。


「殿下!」


「ん?コールか、おはよう」


「お、おはようございます。ではなく!」


「どうした?」


「何故、殿下がジン・オオトリの名前を出すのでしょうか?」


「何故?用があるからだが?」


「用とはなんでしょうか?」


「ジンにも放課後生徒会室に来てもらおうと思ってな」


「な!?お考え直しください!殿下!」


「考え直す?何をだ?」


「ジン・オオトリのことです」


「何故だ?」


「何故って!奴に生徒会など、ありません!」


「ふむ......コール」


「はい」


 ロイの雰囲気が変わりクラスの温度がグッと下がった様に皆感じる。


「これは生徒会の決定だ。お前がどうこう言う事ではない」


「っつ!?」


 ロイのこの雰囲気をコールが体験するのは初めてだったので言いどもってしまう。

 ロイの一言でクラスを静寂が支配したその時にジンが教室に入ってきたのだった。


 ジンは教室の異様な雰囲気に目を泳がせる。


「これはどういう......」


「おはようございます!ジン様!」


「ああ、リナリーおはよう」


 そんな空気の中でいつもと変わらず元気に挨拶をしてくるリナリーにこの子はもしかしたらとんでもない子なのかも知れないと思うジン。


「放課後生徒会室にお招きされました!」


「ああ、そうなんだ」


「お前も放課後、生徒会室に来てくれ」


「え?」


「話がある」


 そういうとロイは教室のドアの方に歩き出す。

 ジンはロイを呼び止めようと振り返り名前を呼ぶ。


「おい!ロイ!」


 その瞬間クラスの空気が更に張り詰めるのを感じたジンだがもう出てしまった事は仕方がないので後ろを振り返らなかった。


「それじゃ、ジン、また放課後」


 ひらひらと手を振って笑顔で出て行くロイにジンは呼び止めたのは失敗だったと思わざる終えない。

 ロイが教室を出て行ってすぐにエドワードが入って来て、リナリーの周りに集まった生徒がわらわらと解散して行くのだった。

 ジンも自分の席に着きテオに話の流れを聞こうと思ったが、テオが隣にこないことを疑問に思い辺りを見回すが、テオはどこにもいなかった。

 ジンの疑問を解決したのはエドワードだった。

 

「おはよう。テオだが、熱が出たとのことで今日は欠席だ」


(まじかよ!なんでよりにもよって今日なんだ!)


 テオの欠席はジンにとって痛手だった。最近イーサンとも仲良くはなったが、まだこういった事を相談できる仲ではない。テオがいないことでジンは話の整理がつかず悶々と授業を受ける羽目になったのだった。

 それからジンはこの日の休み時間を狸寝入りでなんとか過ごし、放課後まで乗り切った。

 放課後になると素早くリナリーを連れて教室を出ようとしたが、今一番捕まりたくない人物に捕まる。


「待て」


 ジンは後ろから呼び止める声にげんなりするがここで無視をするのは今後よろしくないと思いゆっくり振り返る。

 そこには朝同様、親の仇のでも見るみたいにこちらを睨むコールだった。


「なんだ?」


「どこへ行く気だ」


「......生徒会室」


「貴様、その意味を理解しているのか?」


「まぁ、ある程度は」


 ある程度とは言ったがジンは十中八九、先日ロイと話したあの件である事は察しが付いていた。


「ならば貴様が行う行動も理解しているだろう?」


「?」


 コールの言葉にジンは本気で訳がわからず首を傾げてしまう。


「辞退しろ」


「はい?」


「聞こえなかったのか?辞退しろと言ったんだ」


 このクラスで朝、ロイがリナリーを生徒会室に呼んだ。このタイミングでの生徒会室に呼び出しと言えば貴族なら誰でもわかる。

 生徒会への勧誘である。

 その事をわかっているコールは一緒に呼ばれたジンに生徒会入りの誘いを辞退しろと言っているのだ。

 これにはジンも少しカチンとくる。


「たとえ、俺がどう言う答えを出そうが、おま、あなたに強制されるいわれはない」


「なに?」


 コールは不機嫌を全面に出す。


「貴様は自分の存在を理解しているのか?」


「どう言う意味だ?」


「はっ!これは飛んだ笑いものだな、わからないなら教えてやろう」


 コールはジンに一歩近づいてジンの胸に指を突き立てる。


「殿下のお隣にいるのが、貴様のような忌み子だと殿下の評判が悪くなると言っているんだ」


 ジンはその言葉に急激に頭が冷えるのが自分でもわかった。


「殿下はお優しいため何も言わないが、貴様の存在は殿下の足枷になる。今からでも分のわきまえた行動をしろ」


「はぁ」


 ジンはひとつため息をついて言い返そうとしたがジンが言い返すよりも早く、教室にパンと乾いた音が響く。

 ジンもコールも二人を静観していたクラスメイトもこれには驚いた。

 なんとリナリーがコールの頬を叩いたのだ。


「謝ってください!」


「リナリー様?」


「今までの事はジン様が何も言われなかったので許していましたが!今回のことは容認できません!謝ってください!」


 リナリーは目に涙を溜めてコールに怒鳴る。

 初めて見るリナリーの激昂にジンも含めたクラス全員が固まってしまう。

 一瞬呆けていたコールだったが、すぐに正気に戻るとリナリーに取り繕う。


「リナリー様、たしかに私は言葉が過ぎたかも知れませんが、私の言ったことは紛れもない事実です!貴方もお分かりになるでしょう!」


「いいえ!わかりません!ジン様に対する罵るような言葉の一切を私がわかり得るはずもありません!」


 コールはリナリーの勢いに押されて少し怯む。そのタイミングでジンがリナリーの肩に手を置く。


「リナリー、ありがとう」


 ジンは人を叩いたことなど無いのだろう。コールの左頬を叩いて震えているリナリーの右手を空いた手で包む。

 そこでリナリーの視線がジンに向く。

 ジンは涙を溜めたリナリーの目を見て心が熱を取り戻す感覚に満たされる。

 リナリーは自分が罵倒されれば怒ってくれる。ジンが遠い昔に忘れた感情だ。そのことがなぜかとても嬉しくて、自然と顔が綻ぶ。


「ありがとう。でももう十分だよ。俺は大丈夫。リナリーが怒ってくれるなら俺は大丈夫だ」


 知っている。

 人間の醜悪さと同じくらい愛というものを知っている。

 知っている。

 血の繋がりや、他人の浮評ふひょうも関係なく自分自身をしっかりと見てくれる人がいる事を知っている。

 だからジンは迷わない。


「コール、やはりあんたになんと言われようがやはり俺の答えは変わらない。あんたにとやかく言われる筋合いはない。それとリナリーがあんたに手を出してしまった件は俺から謝罪しよう。すまない。だが、リナリーからの謝罪は期待するな。これでこの話は終わりだ」


 ジンは言いたいことだけ言って、軽やかにリナリーごと振り返るとそのまま教室を出て行く。

 残されたコールはより一層増悪の籠もった目でジンの後ろ姿を睨みつけるのだった。


 

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