第187話 型の剣
「あの子達は本当に十六歳なのか?」
ユークリウスはコロシアムの真ん中で木刀を交える少年二人を見てそう漏らす。
「昔瞬刃流について少しだが、調べた事がある」
レウスの言葉に一瞬視線を送るがすぐにコロシアムの真ん中に視線を戻す。今、コロシアムの真ん中で行われている一進一退の攻防を一瞬でも目を離してはいけないと無意識にそう思ったのだ。
「そもそもベータル王国と我らが祖国では剣術の基本が違う。ベータルでは型を重要視しており烈火流を軸に型に特化した教育をしている。そして瞬刃流とはベータル発祥では無いが、正に型で戦う剣術の究極とも言えるだろう。そしてあのガキは、英雄ジゲンの倅はそれを高いレベルで体現している。逆にホイルでは型はあくまで基本、それを用いた臨機応変な剣術に重きを置く.......どちらが正しいかと良く議論に挙がるが、どちらも間違ってはいない。そこにメリットとデメリットが存在するだけだ」
「確かにそんな話は良く聞くが、彼のあれは......学生の力量を遥かに超越している」
「まぁ、あれだけ大口を叩いていたんだ英雄の倅はこれくらい見せてくれんとな。だがあのセイン殿下に付いていたチビは何者だ?あそこまで出来る奴で俺が初見ってのはちと疑問だ」
レウスの言葉にヴァーレンハイトが珍しく口を開いて。
「あれは」
そこまで言ってヴァーレンハイトはレウスと騎士達を交互に見る。
「お前ら、護衛は俺一人で構わねぇ。扉の前で待機しろ」
レウスの命令に、その場にいる近衛騎士は頷いて、速やかにVIP席から退場する。
騎士がないなくなったことを確認して、先程の続きを話始める。
「あれはディダスター子爵家の者だ」
「ディダスターってあの暗殺の?」
「そうだ。あれの表向きの役目はセインとレーダスの護衛だな」
「なるほどな。だがそれにしては些か目立ちすぎじゃねーか?」
「彼もまた十六歳。まだ子供ということだろう」
「だがあの腕は」
「ああ、本家が推してくるだけのことはあるな」
二人の流れを聞いていたユークリウスは頭の中で整理する。
ディダスター子爵家は王直属の暗殺貴族でその役割を知っているのは王とその側近だけだ。
王の命令以外には絶対に頷くことのないその一族は表向きは、リー子爵家の分家という定で暗躍している。
そこまで考えてコロシアムの中央に集中を戻すと、未だにジンとネムがレベルの高い攻防を続けている。
その攻防はユークリウスから見てもレベルが高く、自分がその場にいた場合割って入れるかも怪しい。ならばあの場にいる一学生であるセインにそれが出来るとは到底思えず、立ち尽くしたままのセインとローズの後ろ姿は中々に無様と言えた。
「そ、それにしても決着がつかないな」
ユークリウスは自分の浅ましさを心中で叱責しながら話題を少し変える。
「お互いに本気ではあるが、ルールが邪魔ってところだろう。無音流を軸にしたディダスターのガキと瞬刃流のガキだ、どちらも本気になれば殺し合いになる。どこまで行っても獲物を使う武術は人を殺すために考えられる。その中でも殺傷力という点で言えば瞬刃流も無音流もピカイチだからな」
「では今、彼らは」
「簡単な話だ、ここまで決着がつかないとなるとあの二人の現状の実力はほとんど一緒って事だ」
「ならば決着はつかないのか?」
「そうじゃない。色々と条件が重なって拮抗しているだけだ。無音流は暗殺の剣。正面からじゃ明らかに不利だ。一方で瞬刃流は型の剣、殺傷力の高い型が使えないこの状況じゃ翼を捥がれた鳥同然とも言える。互いが互いに不利を背負った結果、現状が拮抗しているだけだ。そしてこの拮抗はすぐに崩れる」
レウスの言葉通り、ユークリウスがコロシアムに視線を戻すと、ゆっくりとネムが押されだす。
「暗殺の剣は不意打ちが基本というより一番重要と言ってもいい。一流の暗殺者は殺された事にすら気づかせないが、言い方を変えれば気づかれる恐れがあるならその場は引くからだ。それをあのチビは正面切って剣を交えてる。あれは暗殺者の戦い方じゃねぇ、となれば......」
レウスが言うことは戦っている張本人達が一番わかっていた。
ジンの横薙ぎの一撃をネムは空中で体を捻り避け、その流れでジンの側頭部を狙った一撃を放つが、ジンもそれを首を傾げるだけで躱す。
ネムはジンに背中を向けたまま着地するとそのままの体制で一気に距離を積めると背面のまま左手で切り上げるが、それすらもジンは体を逸らすだけで躱し、まだこちらに顔を向けていないネムに左下から右上に向かっての切り上げを放つ。
ネムはそれを身を屈めて躱すが、ジンの狙いはその場に取り残された左手だ。だが、ネムは取り残された左手から木刀を離し、左手をジンの放った木刀の軌道スレスレで腕を抜くと、ジンの木刀が通り過ぎたのを確認して、抜いた左手を地面見つけ、まだ宙に浮いている木刀を逆立ちする流れから、右足の踵で木刀を蹴り下げ、ジンの頭部に蹴り落とす。
ジンはそれを切り上げた木刀の柄を利用し受け止める。
ジンとネムの攻防は殆ど一瞬で交わされたものだ。
ジンがネムの木刀を弾くと、ネムはその勢いのまま転回跳びで距離をとりつつ、木刀が落ちる地点で止まり、木刀を左手で掴む。
距離の取れたお互いが、間合いを取りつつ沈黙する。
ジンは木刀を腰に収める構えを取る。
「そろそろ終わりにしようか」
「ああ?ふざけんな!まだこっからだ!」
ジンと戦う中でヒートアップしたネムは最初に会った時の人見知りのような性格ではなく、最早バトルジャンキーと言える程に豹変していた。
「キャラ崩壊してないか?」
「うるせぇ!やり合ってると衝動が抑えらんねぇんだよ!」
「暗殺者向いてなくね?」
「うるせ!けどこのままやっても先がねぇことはわかってる。殺す気でいくぞ、瞬刃流」
ネムは暗に自分が出せる無音流、必殺の一撃を放つと言ったのだ。
「おーけー、わかった。その必殺、俺の技を持って防いで見せる」
必殺の一撃を止める。それは矛盾と言える。つまりどちらかが破れると言うこと。
二人が互いに腰を落とす。
「無音流、邪死の法」
「第八門、緋剣」
ここに日輪祭、一番の山場が訪れる。
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