第188話 有利不利

「さぁ!ここまで一進一退の攻防が続いていた両者が距離をとりました!等々決着の時でしょうか!!」


 ジンとネムの攻防に言葉を失っていた実況が、思い出した様に実況を再開する。すでにその中にセインとローズの存在は無かった。

 ジンは居合いの構えのまま走りだし、ネムは右方向に両手を持って行き、木刀の鋒で地面を削りながら走り出す。

 

 

「無音流、邪死じゃしの法」


「第八門、緋剣」


 殆ど時間を要さず二人は接近し、交錯する。


歪爪いがづめ


八咫烏やたがらす


 ジンの技のチョイスは瞬刃流の中でもジンのアレンジの加わった技かつ、カウンターに近い受け流す型だった。ネムの構えからも下段からの切り上げは、無音流を知っているジンにとっては『歪爪いがづめ』であることがほぼ確定していたので、迷いなく八咫烏を選択した。

 一方ネムは瞬刃流という流派は知ってはいるが、技を見たのは何年も前で、ジンの剣速から特定したに過ぎない為、技の断定ができていない。

 ネムの『歪爪』は一ノ太刀を囮にニノ太刀で命を刈り取る、言わばアーサーの『地獄神の虐殺ハデスカルネージ』とタネは一緒だ。だが、そのスピードも二撃目の精度も比べものにならない。だからこそジンは『八咫烏』を選択したのだった。

 『歪爪』による一ノ太刀はジンの予想通りの軌道で迫る。ジンはそれを地面を蹴って空中に飛び、木刀の軌道に合わせるように体を捻り傾けて避ける。ネムはジンの背中が眼前に入り、ここまでなかった明らかな隙に体が反応してしまう。それがジンの誘いと気づいたのは、右腕が動き出した瞬間だった。

 ジンの構えを居合いの構えだと思っていたが、それすらもブラフで左手で逆手に木刀を持ち、背後に振られたネムの木刀を防ぐ為に動いていた。

 ネムはそれを視覚した瞬間、内心相当の衝撃を受ける。


(左手だと!?)


 ネムは衝撃は受けた物の努めて冷静に対応しようとする。


(左手は明らかに利き手じゃねぇ、いくら俺に力がねぇって行っても左手で防げるわけがねぇ!)


 そこまで思考したネムは、渾身の力を込めて木刀を振るう。

 ジンは確かに利き手ではないし、左手での『八咫烏』はネムに背中という最大の弱点を見せることで斬撃を誘導する中で、右手で木刀を扱えば、その意図に気づかれかねないと危惧した末の策だ。

 結果、ネムがジンの行動に気づくのにコンマ遅れ、『歪爪』を強行する形になる。

 そして強行すればジンは十中八九勝てると確信していた。

 ジンとネムの木刀がぶつかり合った瞬間、ネムは素っ頓狂な声を上げる。


「え?」


 ネムの予想ではジンの苦肉の策のような左手での防御を弾いていたはずなのにも関わらず、自分は今、右腕を振り切った状態で体制をもろに崩していた。

 前のめりに流れる自分自身を感じながら、今何が起こったのか思い出そうとする。


(防ぐんじゃなく、去なされた)


 そう結論に行き着いた時にはネムの意識は飛んでいた。

 ネムが地面に倒れるとジンは木刀を振って腰に戻す素振りをする。

 数秒の静寂にコロシアムが包まれるが、すぐに歓声でコロシアムが揺れる。


「な、何ということでしょう!!一瞬の交錯の末、地面に伏したのはネム・リー選手!いったい何が起こったというのでしょうか!!」


 実況の男子生徒はコロシアムの真ん中で行われたジンとネムの攻防が殆ど目で追えていなかった。


「解説したいのは山々なのですが、正直私も何が起こったのかさっぱりです!ですが、現状がジン・オオトリ選手の勝利を確定付けています!」


 盛り上がる観客達とは反して、ジン達は静かだった。セインからしてみれば確かにネムの実力は高い物ではあったが、手合わせで自分が負けたことは記憶している中では無かった。しかし、ネムの今見せた動きも自分の記憶になかったのだ。

 ローズはローズでネムの戦闘中の性格の変化に唖然という感じだった。

 そして対面したジンは倒れ伏すネムを見ながら口を開く。


「正直、そっちの戦場だったら逆だったかもな」


 ジンは今まで同世代で自分と渡り合う事の出来る存在をテンゼンとガクゼンとの修行中に会った数人しかいなかった為、久しぶりの攻防に興奮と切なさを感じていた。

 もっと剣を交えていたかったが、お互い制限のついた、更に言えばネムの方が不利なこの状況での勝負など、ジンからすれば勝った気など微塵もしていなかった。


「また今度やろうぜ」


 聞こえていないとわかっていながらそう言うとジンはセインとローズに視線を向ける。


「さて、お待たせしました殿下。存分にやり合いましょうか?」


 ジンに名前を呼ばれたセインはビクッと肩を揺らすとジンと視線を合わせる。


「さぁ!大接戦の末、勝利したジン・オオトリ選手!何とここまで一人で六人中四人を戦闘不能にして、未だかすり傷一つありません!」


 ジンとネムは互いの攻撃をすれすれで躱していた為、外傷と言えるものはジンが最後にネムに見舞った一撃のみだった。

 ジンが一歩踏み出してセインに近づくと、セインが手を前に出してジンにちょうど聞こえる音量で言葉を発する。


「ま、まて!何が目的だ?何かあるなら俺が、このホイル王国第二王子がなんでも叶えてやるぞ!」


 セインの言葉にジンは足を止めて、頭を押さえる。


「なんだ?何が欲しい?」


 ジンとネムの戦闘を蚊帳の外で眺めている間にセインのちゃちなプライドなど粉々になっており、現状武力が全てではないという言葉でなんとか自分を保っている状態だった。


「殿下、それは些か配慮に欠けるのでは?」


「な、なに!?」


「部下達は戦い果て、背中には守るべき大切な人がいる。実践という命の掛かった状況なら一考の予知があるかも知れませんが、現状では貴方の信用を失う行動以外の何物でもありませんよ?」


 ジンはセインの取った行動を否定するつもりはない。恐らく自分の力が及ばず、友人や、婚約者がいた場合、なんとか交渉を試みることは考えられる。だが、それもこれも実践だった場合の話だ。現在は国を挙げての催しではあるが命を取られるわけではない。ならば、自分が力及ばない相手であろうとも一歩前に出ることに意味があるとジンは思っていた。

 セインも恐らくわかっている。この行動は潔く戦って負けるよりも周りの評価を下げることを、それでもセインの中のプライドがこの状況で負けるという事を許さないかった。それ故の交渉だった。


「ふざけやがって」


 セインはそう口汚く吐き捨てると、木刀を強く握る。

 その場にいるジンとローズにしか聞こえない声で話していたことは計算高いと言えなくはないが、直接買収を持ちかけれたジンからすればセインへの評価は地の底を突破していた。

 努めて冷静に返答していたジンだが、セインがやる気になったのを見てスイッチを切り替える。


「俺からしたらあなたも、彼等も許せる存在ではない。一人の少女に寄ってたかって悲劇を押し付けた飛んだクズ野郎だ」


 ジンの脳裏にはレイラが過ぎる。


「ですが、あなたの先程の言葉は彼らを裏切る行為だ」


 ジンは後ろに倒れるネム達に視線を送る。


「彼らは間違いなく貴方のために戦った。別にあなた達がどういった友人関係を築いていようが知ったことではないが、私は貴方の今の行動をどうしても許せない」


「な、何を言っている!知っているぞ!部下のほとんどを失いながらおめおめと生き残ったのだろう?そんな貴様にどうこう言われる筋合いはない!」


 セインの言っていることは断片的な情報ではあるが、それもまた事実なのでジンはその言葉は甘んじて受け入れる。


「ええ、そうかも知れません。ですからこれは八つ当たりです。そもそもここまでの全てが私の八つ当たりですがね」


 ジンは木刀をゆっくりと面前で構える。


「それでは、超絶個人的な理由ではありますが、一撃入れさせて頂きます」


 もう話ことはないと、ジンはゆっくりと面前に構える木刀を右下に下げて下段の構えを取る。

 セインは口では強がっていても、すでに心で負けている。その構えはいつもよりぎこちなく、少々震えてすらいた。

 ジンは準備完了と見ると、力強く一歩を踏み出そうとする。

 そんな中、置いてけぼりのローズはネムの激戦が、セインの行動が、ジンの言葉が、頭の中をぐるぐると回るのだった。

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